言葉にならなかったからで、
世界は私が思っているよりもずっと残酷で、私一人がいくら頑張ったからといってそう簡単に変わるものじゃない。
そんなこと、最初から分かってたじゃないか。
***
「おいしい林檎、いかがですか?林檎で作ったお菓子もありますよ」
私はいつものように町に出て、家で栽培している林檎とその林檎で作ったお菓子を売っている。
けれども、買ってくれる人など一人もいやしない。それこそ本当に『いつものこと』なのだ。
「あ…っ!!」
「買うわけないだろ。そんな、大罪人の娘が作った菓子なんて」
「そうよねぇ。もう行きましょう、こんな子と関わらない方がいいわ」
勇気を出して歩いていた男女二人に話しかけてみた。が、その二人は私が手に持っていた林檎をうっとおしそうにはねのけて、まるで最初から私がいなかったかのように何事もないような顔でどこかへ行ってしまった。
私は急いで落としてしまった林檎を拾い上げる。…表面に傷がついてしまった。
この林檎はもう売りには出せない。溜め息をつきながら、売れ残り用の袋に詰めた。
父と母はもういない。数年前、流行病で二人とも死んでしまった。
私もよくは知らないが、私の生まれる前に父も母もどこかの殿を暗殺しようとしたとかで『大罪人』として世間から疎まれ蔑まれる存在になってしまったらしい。
その後、私を生んだ。…私は、何も関係がないのに、生まれた瞬間から『大罪人の娘』の肩書きを背負わせれたんだ。
理不尽な世の中だ。自分自身、呪われているんじゃないかと何度も思った。
でも、世間はいつも冷たくて、まるで私をあざ笑っているかのような視線を向けてくる。
一人になった私には、『受け入れる』の選択肢しか残されていなかった。
「…ほら、あの子よ……」
「ああ、『大罪人の娘』の…」
「近づかない方がいい…あの子も何をしでかすか分からんからな」
「………」
途切れることがない噂話。今日も売り上げは限りなくゼロに近い数字。
絶望的な話だけど、私は昔母から聞いた言葉を思い出してこれからも必死に生きる。
―――諦めなければ、救いの手を差し伸べてくれる人が、絶対いるんだ。
「林檎の焼き菓子、二つくれませんか?」
「…!?」
ぼんやりとしていた私の頭に、その言葉が何度も反復されて響いてきた。
…注文、受けたんだ!!
「ふ、二つですねっ…はい、どうぞ」
「ありがとう」
私は急いで薄桃色のレースで縁取ったかごの中から菓子が入った包みを差し出した。
渡すときにその人の顔を見てみる。この町では見たことがない顔で、柔和だが誠実そうな印象を受ける。あと、すごく子どもに好かれそう。
「あの…いくつでも差し上げますんで、お願いがあります。…今、ここで食べて感想を聞かせてくれませんか?」
「え?別に構いませんが…いいんですか?」
「はいっ…どうぞ」
他に誰も買ってくれる人はいないから、菓子はいつでも余っている。結局捨ててしまうものだし、買ってくれる人にはたくさん食べて欲しい。
それに…私の作ったものを、誰かが『おいしい』と言って食べてくれるなら、それ以上に幸せなことなんてない気がするんだ。
どきどきしている私の前で、その人は包みを開けて甘い匂いのする欠片を口に入れた。
そして、私に笑顔で一言。
「おいしいですね。今度、私にも作り方を教えてくれませんか?」
「…っ!は、はいっ!!」
たったそれだけの言葉なのに、私の心で何かが溢れた。今まで見えていた世界が輪郭を失い、急にぼやっとする。
泣いているんだと気づくのに、時間はかからなかった。
「ご、ごめんなさいっ…嬉しくて、つい」
「大丈夫ですよ。こんなにおいしいのに、どうして売れ残るんでしょうね?」
「それは…」
間違いない。この人、私のことを知らないんだ。だから菓子を買ってくれた…。
その瞬間私は怖くなった。もし、彼が後に私のことを知って忌み嫌うようになってしまったら…もうその笑顔を、私に向けてくれないとしたら……
「あの…私、土井半助といいます。貴方のお名前は?」
そう言って差し出された手。これは、握ってもいいんだろうか?…人の温もりを、私が求めてもいいのだろうか?
嬉しさ半分、怖さ半分。少しの間迷って、私が出した答えは…
「…羽沢、滴です」
「よろしくお願いします、滴さん」
まだ輪郭ははっきりしないけれど、差し出されたその大きな手を、私はしっかりと握り返した。
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