その声色だけでもう
私が先輩への想いに気づいてから幾月か、そろそろ『卒業』という言葉も耳にする時期になってきた。
その間も私の想いは募るばかりで、でもなぜかそれを伝えるという決心はつかないままだった。
「ただいまー三郎」
ほら、また。先輩はなにくわぬ顔で私と向き合って言葉を交わしている。
まったく、気がついたら目の前に先輩の姿があるなんて、慣れたくないことに慣れてしまったものだ。
「…鏡先輩、あれほど長屋には出入り禁止だって言ったのに」
「聞こえなーいっ」
「はぁ…子供ですか。もう卒業も、就職も近いっていうのに」
「卒業ねぇ」
耳を塞ぐ仕草をする先輩に私は言って聞かせた。
『卒業』という言葉に少しぴくりと反応した様子の先輩。やっぱり、先輩も進路について何か思い悩むことがあるんだろうか。
「何、三郎?もしかして私の進路とか気になっちゃうの?」
「…まぁ、そんなところです」
「!!…そっか。私は就職するよ。どっかの城のくの一としてね」
「先輩でも就職できるなんて、じゃあ私は楽勝だろうなぁ」
「むぅ!言うようになったな三郎っ」
笑ったり、驚いたり、むくれたり、今日の先輩の表情はいつもよりころころ変化していく。
その動作もろもろすべて可愛いと思えてしまう私は、やっぱり先輩に恋をしているんだと思う。あくまで私の推測だが。
「でもそっか。もうこの学園を出て…三郎ともお別れしなきゃいけない日が近づいてるんだよね」
「何ですか急にしおらしくなって。今日の先輩変ですよ」
「変、か…そうかもね。でもさ、私は…」
部屋の障子の外を見ながら先輩は呟く。しかし、その目は障子ではなくその向こう側、外へ向けられている気がした。
時間というのは残酷で、刻一刻と先輩と私が引き裂かれる時は迫っているというのに、私は何をしているんだろう…。
そう思っていた時だったからなのか、その後に続いた先輩の予想外で希望に満ちた言葉は、私の心をぐっと鷲掴んだ。
「そういう三郎、好きだよ」
…期待しても、いいんですか?
その声色だけでもう(私の気持ちは有頂天)
[ 3/5 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]