あなたが去ってしまったら

これは、そうだな…一年前の話。私たちがまだ四年生で、そして先輩は最上級生である六年生だった頃の話だ。
その頃の忍術学園といってもたった一年前のことだから、今とさして変わったところなどない。言うとすれば、あの一年は組はいなかったから今に比べればだいぶ静かなところだろう。
その静かな忍たま長屋で、私はのんきに昼寝でもしようかとしまっていた堅い枕を取り出した。
今日は雷蔵も委員会活動があるとかでいない。八左ヱ門も、兵助も、勘右衛門もみんな留守だ。


「あ、三郎じゃんっこんなところで昼寝?」

「…鏡先輩」


違った。みんな留守じゃなかった、この先輩がまだいた。
鏡先輩。この学園の最上級生で校則を普通に破ったりしている変人。
だが隠密の腕だけは天下一品。一応天才と呼ばれている私に気づかれずにここまで来るなんて、そこだけは認めてもいいかもしれない。

あぁ。その先輩のせいで、眠気なんてどこか彼方へと行ってしまった。


「どうしたの??三郎、変な顔しちゃってさ」

「どうしたのはこちらの台詞です。先輩、くの一は忍たま長屋に出入り禁止という規則を知らないんですか?」

「んー知らなーい」

「知ってください」


飄々としていて、つかみ所がない性格。同級生からは「二人は本当に似ている」なんて揶揄されることがあるが、私は断じて認めてはいない。


「でも、よかった。三郎が元気そうで」

「…なんで私に構うんですか。いちいち来られてこっちは迷惑してるんです」

「迷惑か…でも、その分三郎は私のことを考えてくれてるってことでしょ?」

「…先輩は性格が悪いですね」

「あははっそれが忍者だからさ!」


けらけらと私の言葉など何でもないかのように笑う先輩が腹立たしい。
試しに持っていた枕を背後から投げつけてみても、先輩はこっちを見もせずにひょいとかわしてみせた。くそう、これが学年の差か。

ご丁寧に枕をぽんぽんと叩いてから私の近くに置いて、先輩は言葉を紡ぐ。


「さてと、そろそろ集合時間なんだよねー。これから六年生は野外演習なんだ」

「………」

「また、帰ってきたら来るからね。…行ってきます、三郎」


なんで私のところに来たんだろうとか、そんなことを聞く余裕すらなかった。
すぐに来てすぐに帰る先輩。その意図が分かるのはいつになるんだろうかなんてことを考えながら、先輩の厚意によって近くにあった枕を下にして横になる。


「…行ってらっしゃい、先輩」


きっとこの私の声は、もうすでに背中がだいぶ遠くなっている先輩の耳には入らなかっただろう。今は、それでいい気がする。



あなたが去ってしまったら
(少し寂しかったりする)

[ 1/5 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -