like,forget and love

※雷蔵視点



子供の頃の僕は、よく『少女趣味』だとからかわれたものだ。
おもちゃ箱の中には男の子が持っているような戦隊ヒーローや怪獣の人形なんてものはなくて、代わりにおままごとで使う食べ物だったり子供心ながらも綺麗で魅力的に思えたお人形が詰め込まれていた。

そのどれもが僕にとっては価値があって大切なものだったが、その中でも特にお気に入りだったものがある。
流れるような黒い髪、同じ色の澄んだ瞳、ずっと僕に笑みを向けてくれる口元。僕は彼女を悠歌と呼んで可愛がっていた。

どこへ行くのも悠歌と一緒。両親は僕に「雷蔵は本当に悠歌のことが好きねえ」と言い、僕はそれに「うん、大好き!」と答えた。

こうやって愛情を注いでいれば、いつか悠歌は僕とお話ができるようになって、本当の意味で微笑んでくれると信じていた時期が僕にも少なからず存在した。



時間が進むのはあっと言う間で、小学校高学年になる頃には僕も普通の男の子と同じように外で遊ぶのが好きになっていた。三郎、兵助、勘右衛門、八左ヱ門という親友もできた。
そして中学校に入り毎日が忙しくなってから…僕は、部屋で一人で人形で遊ぶことは完全になくなった。
それは必然的なことだと僕も感じていたから、別段なんとも思わなかった。気がつけば、大切だったはずのおもちゃたちも母親が処分してしまったようだし。



何事もなく僕は高校生になった。小学校時代からの親友たちも同じ学校で、何一つ不自由を感じることもなく、今まで通りの繰り返し。
そのローテーションの日々の中で、正直昔人形で遊んでいたことも忘れていった。
人から言われれば薄靄がかかったかのように「ああ、そんなこともあったっけ」という程度しか覚えていなく、大切だったあの子の名前さえ思い出せない。その頃の僕が、僕の記憶には存在していないかのようだ。


まあいいか。どうせ、ただの人形だったんだ。



「『まあいいか』って…酷いなぁ、私はずっと覚えているのに」



………??
ここは、どこなんだろう?



「ここはね雷蔵、あなたの夢の中」



そう言えばさっき三郎とメールしてる最中にうとうとしてて…そっか、寝ちゃったんだ。



「そういうこと。…なんか悔しいな、三郎に雷蔵取られたみたいな感じがして」



そりゃあ三郎は僕の小学校時代からの親友だもの。
今もずっと一緒。それでお互い楽しくやってるんだ。



「…私は……?私といた頃は、楽しくなかったっていうの…?」



君と、いた頃…?



「『大好き』って言ってくれたことも、私はずっと覚えてる。もう私はボロボロになっちゃったけど、それでもずっと雷蔵を想ってる。…ちゃんと気持ちは伝わってたよ。すごくすごく嬉しかった」



えっと…僕は誰かと会話をしているんだろうか。

夢の中でもちゃんと視覚は存在した。
僕は目の前にいるであろう言葉を発している人に目を凝らしていると、だんだんとその輪郭がはっきりしてきた。

小さな小さな女の子。さらさらと流れる漆黒の髪に、同じ色の透き通るような瞳。
もはや写真でしか思い出せない幼い頃の僕の顔……


「…悠歌」

「そう、私は悠歌」

「嘘、でしょ…?」

「嘘じゃない。ここは夢の中だけど、私がここにいるのは嘘でもなんでもないんだよ」


そう言って微笑む悠歌の顔はあの頃と何も変わっていなかった。
変わって、忘れていたのは、自分の方だ。


「名前、呼んでくれてうれしかった」

「………」

「完全に忘れたんじゃなくて…少しでも私のこと、覚えててくれて嬉しかった」

「悠歌…っ」

「私が言いたいのはそれだけ…雷蔵、ありがとう」

「悠歌…大好き、だよ」

「うん、私も大好きだよ!」


「大好きだよ」と、過去形ではなく彼女にそう伝えたのは何でだろう?

そう考える間もなく僕の意識は現実世界へと掬(すく)い出された。部屋の机の上に突っ伏して寝ていて、折り畳み式の携帯電話もメール作成画面を開いたままだった。
時間を確認してみると…なんてことだ、記憶が正しければ寝落ちしたのはほんの五分前ということになる。


「…悠歌、か」


夢とは思えないくらい鮮明に覚えている彼女の姿。
今想えば、僕の初恋は間違いなく彼女だった。



起きていた母親に聞いて、昔持っていたおもちゃの場所を聞いた。
駄目もとだったが処分したわけではなく地下室に全て仕舞ったということを聞いて僕はすぐさまそこへ向かった。

埃っぽい段ボールを漁って、思いの外小綺麗なままだった悠歌を手に取る。

昔と変わらず、そして夢の中でも変わっていなかった口元のほころびを見て、涙が溢れた。



like , forget and love
(好きで、忘れて、恋をする)

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