紫陽花に告げた
「…ただいま、悠歌」
「ん。おかえり三郎」
ちょっと立て付けの悪い戸を引くと、私の愛しい妻が出迎えてくれた。
今日は雨が降っているので足音では気づかれないかと思っていたのだが、彼女は察してくれたらしい。いつも笑顔で帰りを待ってくれている、そういう心配りが大好きだ。
「今日は早かったんだねぇ」
「あぁ今日の仕事は簡単で…あっ」
「ふふっ、忍務は家族にも言わない。忍者ってそういうものでしょう?」
「あぁ。…ごめんな、隠し事してるみたいだ」
「しょうがないよ」
忍術学園を卒業したあと、私は雷蔵と一緒にある城に就職し、くの一でその頃から私の彼女だった悠歌はフリーの忍者になった。
だがあまり仕事がこないようで、ほとんど専業主婦のようになっている。
私としてはその方が嬉しい。可愛いこいつの顔に忍務で傷がついたらたまったものじゃない。
「…??三郎、何考えてるの??」
「悠歌は可愛いなーってこと」
「もうっ…あ、そうだ、雷蔵くんは元気?」
「あぁ、二人で一緒にやってるよ。もしかしたら、雷蔵は私より行動的かもな」
「いいねぇ、双忍って」
「…私より雷蔵のこと心配してるのか?」
「そ、そういうことじゃなくてっ」
「分かってるさ。悠歌のこと、信じてるし」
「…うん。私も三郎のこと信じてるんだからね」
そう微笑み返してくれる悠歌が愛しくて愛しくて。思わず私を魅了してやまないその唇に私のそれを重ねた。
その時の悠歌の顔なんて、驚きと戸惑いが混ざってまるで林檎みたいに真っ赤になっていた。やっぱりこいつは可愛いな。
「さ、三郎!!」
「んー?これだけで顔赤くするのか?」
「もうっ三郎ったら」
「ははっ。さぁ、ご飯できてるんだろ?一緒に食べよう…私の可愛い奥さん」
「…もちろんです。大好きな旦那様」
それから二人でご飯を食べ、部屋でゆったりとした時を過ごす。これが私たち夫婦の日常というやつだ。
その時の雨が降るしとしとという音や、時折庭に咲いている紫陽花に雨粒が当たりぽつっと地面に吸い込まれていく感じが、すごく心地よかったのを覚えている。
紫陽花に告げた
(一生一緒に生きること)
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