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浴衣を着付け、髪をまとめて上げて、いつもはしない化粧なんかもしてみたりする。

三郎先輩や勘先輩、兵助先輩と雷蔵先輩にも手伝ってもらいながら何とか支度を終えた。
恥ずかしがりながらもくるっと一回転してみる。下駄は履きなれていないから、まだ足下がおぼつかないが。


「うん、すっごく可愛いよ夕璃ちゃん」

「やっぱり私のメイクは完璧だな」

「な、なんで三郎先輩はお化粧できるんですか…?」


雷蔵先輩と三郎先輩が褒めてくれた。後ろにいる兵助先輩と勘先輩、それに兄さんも私を見て笑顔になってくれた。
これは少し、少しだけど自信を持ってみてもいいのかもしれない。


「それじゃ、行ってきます」

「場所取りは任せとけ!それと帰り、あんまり遅くなるんじゃないぞ」

「八左ヱ門、夕璃のお母さんみたいなのだ」

「本当だよねー。そんなに大事なの?」

「あったりめぇだろ!!」

「ふふっ…行ってきますっ」

「「「「「行ってらっしゃい」」」」」


さあ、待ちに待った夏祭りが始まる。



***




※三木ヱ門視点



天気は快晴、絶好のお祭り日和である。夕方になり少し薄暗くなってきたが、今日だけは特別という風に小学生や中学生が軽装で私たちの横を駆けていく。みんな花火を見るために河原へ行こうとしているのだろうか?


「あ…皆さん、こんばんは」

「夕璃ちゃーんっ」

「夕璃!その浴衣は…それに化粧までしているし…」

「浴衣は先日兄さんに選んでもらって、お化粧は三郎先輩たちに教わりました。…どうですか?」

「すっごい可愛い!」

「ああ、夕璃にとてもよく似合っている」

「ありがとうございます」


私は先に喜八郎とタカ丸さん、それに滝夜叉丸と合流していた。

少し遅れて集合場所に現れた夕璃は…何と言えばいいんだろうか?可愛い?綺麗?そんな言葉じゃ表せないくらいにいつも以上にキラキラ輝いて見えた。
い組の二人は夕璃に最大級の賛辞を述べ続けている。くそっ、こういう時滝夜叉丸みたいにペラペラ褒め言葉が出てきたらいいのに…この一瞬だけこいつが羨ましく感じた、なんて絶対に言わないが。


「それじゃあ、行きますか」

「そ、そうだな…っ」


少しどもってしまった弱気な自分が憎い。
決めたじゃないか。今回のお祭りで、絶対に夕璃のハートを射抜いてみせるって。最初からこんなんじゃ駄目だろっ、勇気だせよ田村三木ヱ門!!



***



「かき氷屋さんってすごく得してますよね」

「?…なぜだ?」

「ほとんどが氷ですし、シロップは香料と甘味料でできてますし、暑いからよく売れるし…原価が安いのにあの値段で売ってるから、すごく得だなぁって」

「まあ、そうかもな」

「分かってるんですけど買っちゃいますしね」


そう言って夕璃はいちご味の氷を口に入れた。あまりの暑さでさっき買ったはずなのにもう半分が溶けてしまってる。
彼女を見ていると余計に顔が火照ってならないので、私はもう一口、ブルーハワイ味の氷を含んだ。すっごく甘い。


「「「「「ごちそうさまでした」」」」」

「花火の前に何か買ってくるか?」

「焼きそばとか?」

「いっそのこと全部買っちゃおー」

「(やっぱり男の子はよく食べるなぁ…)」

「じゃあ役割分担した方が早いね」

「私は焼きそばを買ってこよう」

「じゃあ、私は焼き鳥を」

「僕はフライドポテトにしようかな。…タカ丸さんも来ますよね?」

「いやぁ、僕は夕璃ちゃんと一緒に…」

「来ますよね?」

「…うん、じゃあ喜八郎と一緒に行くよ」


この前の抜け駆けデートの一件以来、私たちの中で『タカ丸さんを夕璃に必要以上近づけさせない』というのが暗黙の了解になっている。喜八郎、GJ。


「あの、私は…」

「夕璃は場所取りしててくれないかな?」

「そんなっ夕璃一人じゃ危険だ」

「場所は大丈夫だそうです。兄さんたちにお願いしていい場所取っておいてもらったんで」


なんでも、すごく花火が見れる穴場スポットらしいですよ。
そう言って微笑む夕璃を見て、竹谷先輩たちにいいところを取られた気もするが…まあいい。今重要なのは、誰が夕璃と行動を共にするかということだ。


「夕璃ちゃんは、誰と一緒に行きたい?」



「あ、あの…三木ヱ門君と一緒に行ってもいいですか?」



「「「「っっっ!!??」」」」

「!えっ…わ、私!?」

「はい。だ、駄目でしょうか?」

「とんでもない!さあ、行こうか!」

「み、三木ヱ門くん…っ待ってください!」


何だこの状況は!?何で夕璃は私を選んでくれたんだこれはまさかの脈アリとかそういうのなのかでも夕璃迷った様子なかったよなこれはもう完全に私の勝ちルートだよなわざわざ甚平着てきた甲斐があったアイドルやってきてよかったもう本当に生きててよかった!…なんにせよ、ざまみろ滝夜叉丸!!


興奮し過ぎて自分でもよく分からない表情をしたまま駆けだした私を、夕璃は必死に追いかけてくれた。
やっと気持ちが落ち着いて、隣にいる彼女をまじまじと見てみる。きょとんとしている表情が、いつにも増して輝いて見えた。


「…あの、夕璃?」

「何ですか?」

「どうして私を選んでくれたんだ?」

「えっと…三木ヱ門君と、少し話がしたくて」


私と、話を…?


「滝夜叉丸君と喜八郎君はクラスが同じだからよく話すし、タカ丸君とは先日遊園地に行ったし…よく考えてみると、三木ヱ門くんとはあんまり話したことなかったなぁって」

「(そ、そうだった…のか?)」

「あの!嫌じゃなかったら…私と、ゆっくり、お話しながら行きませんか?」

「あ、あぁ…!!」


なんだか最初想像していたのとは少し違っていたが、私にとってのご褒美タイムなのは間違いないようだ。

夕璃は何の食べ物が好きだとか、私は何が好きだとか、趣味とか特技の話とか。
他愛もない会話がすごく心地いい。まるで、私たちの周りだけ時間がゆっくり流れているような、そんな不思議な感覚だった。


不意に夕璃が足を止め、横にあった露店の一カ所を食い入るように見つめた。
看板には『射的』の文字。そして視線の先には…なんだっけ、どこかの県のご当地キャラみたいだ。


「これ…!」

「…もしかして、欲しいのか?」

「あ、はい!欲しいんですけど…私、こういうの苦手で」


だから諦めることにします。
そう言った夕璃はいつもより少しだけ悲しそうで。私は夕璃にそんな顔してほしくない!

気がつけば露店の主人に五百円玉を渡し、置いてあった銃とコルク弾を手に持って構えていた。いつやるか?今だろ!?


「私がやる」

「み、三木ヱ門くん…」

「任せろっ!」


ぱんっ
コルク弾がやすっぽい猟銃から放たれ、それは自分で言うのもあれだが見事にプラスチックのプレートを倒した。二発目も三発目も、狙い通りの的に当たり後ろに倒れた。


「…すごい…っ」

「特大ぬいぐるみ一つとキーホルダー二つ…ほら、夕璃にあげるよ」

「三木ヱ門君、ありがとうございます!」


やっぱり夕璃には笑顔が似合う。抱きしめているゆるーい感じのぬいぐるみとは正直バランスが悪いが…それでも、この夕璃の楽しそうな時間を、私が独り占めしてるみたいだ。



宝物になりました。
(ずっと笑っていて。そしたら私たちは、何でもできるから)



「た、ただいま戻りました…」

「お帰り!…ってどうしたのその大きなぬいぐるみ!?」

「三木ヱ門くんが射的で取ってくれたんですけど…あの、やっぱり私が持ちますよっ」

「いや、いいんだ夕璃…男である私が荷物持ちをしなくてどうする…」

「あ、えっと…つ、辛くなったら言ってください!」

「…あのさぁ三木ヱ門…焼き鳥、買ってきたの?」

「「…あぁーっ!!」」

「…三木ヱ門も夕璃ちゃんも、ちょっと抜けてるよね」

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