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※竹谷視点



「兄さん、相談があります」


夏休み初日、頬を少し染めながら夕璃がそんなことを言うものだから、てっきり恋の悩みを俺に相談するのかと思っていた。
もちろん、もし夕璃を大切にしない最低なやつだったら五年生総出で殴りにいくつもりだ、冗談抜きで。

だから、夕璃がそのお願いとやらを口にしたとき俺は拍子抜けと同時に若干の安堵感があった。
まだ、夕璃に悪い虫はついてない。そんなのがもしあれば、即刻駆除してやる。



***



「すみません。付き合ってもらって…」

「気にすんな、それくらいだったら俺はいつだって夕璃に付き合うよ」

「ありがとうございます」


夏休み初日、どうしても買わなければものがあったので兄さんに無理を言って一緒に出かけることになった。
兄さんも部活はなかったらしく、二つ返事で了承してくれた。本当にありがたい。


―――浴衣が欲しいんです。


昨日中等部のみんなと話していてふと思った。
この前の遊園地に遊びに行ったときもそうだったけど、私はおしゃれな私服というものをあまり所持していない。
興味がない訳ではないが、私に似合うのかとか考えすぎて結局買えないことがほとんどだったのだ。

夏休み中にはお祭り、そして花火大会がある。学校では知ってる人に会う度に「絶対浴衣着てきてよね」と念を押される始末だ。
持ってないわけじゃないけれどかなり昔に着ていたものだし。この際だから、新しいのを買って着てみるのも、いいのかもしれない。


「…なあ夕璃?」

「何ですか、兄さん?」

「どうして俺なんだ?美的センスなら、お前のクラスの滝夜叉丸とか喜八郎の方がいいと思うんだが…」


確かに滝夜叉丸君や喜八郎君、それに三木ヱ門君やタカ丸君といった私の周囲にいる人たちは、みんな服のセンスがずば抜けていい。本当、私が隣にいるのが申し訳なくなってくるほどに。
でも、私が兄さんに一緒に来るように頼んだのはちゃんとした理由があるんだ。


「えっと、兄さんって、私のことちゃんと見てくれているじゃないですか」

「!!」

「ち、違ってたらすみません…でも、従兄ってこともあるし、兄さんに任せたら安心かなぁって」


子どもの頃から、私の一番近くにいたのは兄さんだった。決して会える回数は多くなかったけれど、年が近いということもあり会う度に一緒に遊んだりしていた。
日が経つにつれてお互いに離ればなれになってしまったけれど、またこうして一緒に過ごせているんだ。


「私に一番似合う浴衣、兄さんに選んでほしいんです」


もう一度、昔みたいに兄さんにお願い事をしてみたかったんだ。


「…おう、任せろ!そこまで言われちゃ、絶対一番夕璃に似合うやつ選んでやるからな」

「はいっ」


明るい声で私に言った兄さんの笑顔は、昔と変わらない、私をいつでも安心させてくれるような頼もしいものだった。

二人で並んで歩いているうちに、目的地であるデパートの夏服売場に到着した。
祭事の季節ということもあり、浴衣類は一番目に入るところにディスプレイされていた。
柄違い、色違い、全部見るのが大変なくらいの数があり、少し手にとって見てみたがどれも可愛くて、この中から決めるのは自分だけじゃ相当難しそうだ。


「兄さん…どれがいいんでしょうか?」

「うーん、こんなに数があるんじゃなぁ…とりあえずもうちょっと見てみるか」

「はい」


二人で歩きながら浴衣を眺める。赤、桃、白、黄色…見てるだけでもすごく華やかな気分になってくるのは、やっぱりお祭りが近いからなんだろうか。
みんなはどんな服を着てくるのかな…甚平とか着てくれるかな?

少しだけ関係ないことを考えていた私だけど、兄さんはちゃんと見てくれていた。
そして、一着の浴衣の前で足を止めた。


「これ、似合うんじゃね?」


兄さんが指を指したものを見てみる。濃い紫地に小さな白い花が散りばめられていて、すごく大人っぽい印象を受ける浴衣だ。


「こ、これですか?」

「ああ。夕璃には紫が一番似合う気がする」

「そうですか…ありがとうございます兄さん。じゃあこれ、買ってきますね」

「おう!」


兄さんが選んだんだから、間違いはないんだと思う。

だって…いつだって兄さんは、私をちゃんと見てくれているんだから。
それが、今の私の自信にも繋がってる気がする。



選んでもらいました。
(夏祭りがすごく楽しみです!)

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