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滝夜叉丸君、喜八郎君、三木ヱ門君、タカ丸君。
少しだけ呼び慣れてきた同級生たちの名前だ。他にも先輩方や後輩のこともできるだけ名前で呼ぶように心がけている。
それは、私たちが友達だということを確認するためだと…そう、それ以上の深い意味は、無い筈なんです。
***
「あぁ、いたいた」
「…利吉さん?どうしてこちらへ…三郎先輩たちなら今は席を外していますが」
「いや違う。今日は夕璃、君に会いに来たんだ」
「…はぁ」
午後の授業が始まる前、早めに確かめておきたかったことがあったので特別に会議室にいた私。その私に会いに来たと聞いて、少なからず驚いた。
利吉さんが突然訪ねてきたことが今までなかったというわけではない。
けれども、それは山田先生や他の生徒に用があったからであって、私に何かがあったということはなかったのに…。
「…そう言えば私、利吉さんについて知らないことが多すぎると思うんですよね。年齢とか、職業とか」
「あれ?言ってなかったっけ。僕は山田利吉、21歳、職業は…何だと思う?当ててごらん」
彼はいたずらっ子のように私に問いかけた。
えっと、利吉さんは今日もそうだけど平日の午前中から学園に来れる…ということは、これはあれか。真っ昼間から働かないで、自由気ままに暮らし、もしもの時は女性に依存しながら生きているという、伝説の職業…。
「…ヒモ?」
「夕璃の僕に対するイメージが酷いことはよく分かったよ」
「す、すみません…」
だ、だって!普段の利吉さんからはそういう印象しかないんですけど!
他の職業、何だろう…私が一生懸命考えていると、彼は案外あっさりと正解を口にしてくれた。
「時間切れ。僕はね、塾の講師をしてるんだ」
「あ、そっか…だから午前中は比較的暇なんですね」
「そういうこと。だから、今日もこれから仕事なんだ」
「そうですか…で、私に用事って何ですか?」
「ちょっと、夕璃に言いたいことがあってね」
「??」
「君は、同級生や先輩のことを名前で呼ぶようになったんだってね」
「は、はいっ…友達だから、だから名前で呼びあいましょうと」
「『友達』、か…」
私が今思っている気持ちを利吉さんに告げると、彼は複雑な表情を浮かべて私を見つめた。
その瞳は、同級生や先輩方とは違う…何ていうか、『大人』という感じがした。そんな目で見られるのは少しくすぐったい。
「あの、利吉さん。私に言いたいことって何でしょうか?」
「うん。僕はね、夕璃…君に告白しに来たんだ」
「…また、そんな冗談言って」
「冗談なんかじゃない。僕は、いつも本気だよ」
「………」
「君は、とても魅力的な子だね」
「…そんなことありません。私のような人は、世の中にたくさんいると思います」
「いや、少なくとも君はこの学校の中では特別な存在だ」
「…そんな……」
「でも君は、いずれ誰か一人を選ばなくちゃいけない。そういう時が必ず来る」
「……よく分かりません。利吉さんの言ってること」
「分からなくてもいいさ。今はね」
真面目な顔をしたり、はたまた私を子供扱いしたり、笑ってみせたり。表情がころころ変わる利吉さんだけど、不思議と子供っぽいという印象はない。
でも逆にすごく大人びて見えるというわけでもない。それはきっと、彼自身が持っている性格のせいなんだろう。優秀で、みんなから慕われていて。
…だから、私は利吉さんが苦手なんだ。自分にはないものを、彼は持ちすぎている。
「利吉さっ」
「急かさないさ。でも…その一人が、私であったらいいんだけどね」
やっぱり利吉さんの言葉は理解できない。
私が一生懸命頭を回していると、利吉さんはその頭にぽんと手をおいて、そして教室を後にした。…やっぱり最後まで笑顔だった。
なんでだろう。今、彼に言われた言葉の正解を見つけるのは、どんな問題を解くよりも難しくて、そして辛いことなんじゃないかと思った。
意味不明なんですけど。(今の私には、まだ分かりません)
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