23
夕璃ちゃん、夕璃ちゃん。
今日、最後にどうしても、君に言いたいことがあるんだ。
***
斉藤君に連れられて観覧車の前まで来てしまった。
乗るかどうか、迷っていた私だけど半分無理矢理みたいな感じで腕を引かれて乗せられる。…今の斉藤君は、ちょっと怖い。
「さ、斉藤君っ」
「…ごめんね、無理矢理乗せちゃって。でも、僕どうしても夕璃ちゃんに伝えたいことがあるんだ」
「え…?」
真っ直ぐに私を見る斉藤君。
彼の瞳には人を引きつける力でもあるのかなと思うくらい力強くて、せっかくの観覧車なのに外の景色なんて見る余裕もなかった。
ちょっとの間を置いて、彼は私に問いかけてきた。
「どうして夕璃ちゃんは、僕たちのことを苗字で呼ぶの?」
「どうしてって…」
「もう夕璃ちゃんが転校してきて二ヶ月になるよ。みんなは『夕璃』って名前で呼んでるのに、夕璃ちゃんはずっと苗字…理由でもあるのかなって」
「……ごめんなさい。私、異性の方を名前で呼んだことないんです。だから、よく分からなくて…」
「じゃあ、女の子のことは名前で呼ぶの?」
「…呼ぶような同姓の人がいないので」
「!!」
ああ…最低だ、私。斉藤君を困らせて、つらそうな顔をさせて。
事実、私には彼ら以外の友達がいない。
私自身話し下手だし、人に好かれるような特技なんて何もない…普通の高校生だったのに、この学校に来てからというもの、こんなに沢山の人たちが私のことを気にかけてくれて…なのに、私は何一つ恩返しすらできてないじゃないか。
「僕は夕璃ちゃんに名前で呼ばれたいんだ」
「…どうして?」
「夕璃ちゃんが好きだから」
まるで普通に世間話でもするかのように言われた。
『好きだから』、それが友達としての意味じゃないってことくらい私にも分かった。
私、斉藤君に告白されたんだ。
「こ、こんな斉藤君を楽しませることもできない私が…」
「そんなことないよっ。今日は僕から誘ったんだし、楽しくないなんてことはないよ」
「でも……ごめんなさい…今は、そういうの…よく分からなくて」
「…僕のこと嫌い?」
「き、嫌いなわけないじゃないですかっ」
思わず立ち上がって答えてしまった。観覧車が揺れたけど、そんなのお構いなし。
嫌いなわけない。好き、すごく好き。
だから一緒に勉強したりお出かけしたり…今まで一人でしてたことをみんなでして、すごく楽しかったのに。
「…私は、一人ぼっちでした」
「うん」
「友達なんていなくて、勇気なんてなくて。他人を言い訳にして生きていました」
「…うん」
「でも、」
急に出てこなくなった言葉。何かがつっかえたかのように口元が動かなくなった。
私はこの先の言葉を、彼に告げるべきなんだろうか。
日も乗ったころに比べてだいぶ落ちていて、この観覧車ももうすぐ地上に着いてしまう。
それが私の制限時間なんだろうか?
眼鏡をちゃんとかけているのに視界がぼやける。意識してないのに頬が濡れていた。
私、この学園に来てから涙腺が弱くなったのかな。
「でも私は…この学園に来て、たくさん、大切な人ができました」
「…」
「斉藤君も、平君も、田村君も、綾部君も。それに先輩方や後輩や先生も、みんな私を認めてくれた…こんなに、嬉しいことはないんです」
「………」
「みんな、みんな大切な、私の好きな人なんです…!!」
斉藤君は、無言で私の話を聞いてくれた。そしてそっとハンカチを手渡した。やっぱり、こんな時まで優しい。
まもなく観覧車は一周して、私たちは降りた。
夕暮れは早く空はもうほとんどが紫色。乗っていた時間は少しなのに、もうだいぶ経っているように感じる。
「大丈夫?家まで送ってあげるから」
「…はい」
遊園地を出て、電車に乗る。その間はほとんど無言で、お互い何を喋っていいのか分からない感じだった。私も涙は止まっているけど、まだ色々混乱していた。
そのまま何事もなく家路につく。私も少しは落ち着いていた。
斉藤君の隣は暖かくて、安心した。さっき告白された人だっていうのにすごく不思議。
もう家の前に着いてしまった。部屋の電気が付いてる、兄さんは私が帰ってきてご飯を作るのを待ってるんだろうか。
じゃあ、早く入らなきゃ…あれ、足が動かないや。どうしてだろう?
黙ってそこに立っていると、後ろからぽんっと背中を押された。
振り返るとそこには笑顔の斉藤君。
「僕は、君が好きだよ。今は…大切な友達として」
ふっと笑ってくれた。斉藤君は、私よりも私のことを分かってくれてるのかな?
「僕だけじゃない。滝夜叉丸も三木ヱ門も喜八郎も…みんな、夕璃ちゃんの味方だから」
やっぱり斉藤君は…私に対して優しい。優しすぎるよ。
「それじゃ」
「あの…タカ丸君!!」
背を向けて歩き始めた彼の名前を呼ぶ。
少し驚いたような顔をして私を振り返ったのは、私が大声で呼び止めたからだろうか。
それとも…彼のことを名前で呼んだからだろうか。
そして私は、彼の姿に向かって力の限り叫んだ。
よろしくお願いします。(今までも、これからも)
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