22

さっきの斉藤君の提案で、二人で絶叫マシンに乗った。怖いのは駄目な私だけど、こういうのは大丈夫だ。
がたがたとゆっくり昇っていき急に落ちる。一度ふわっ体が浮いた感じになるのがちょっと怖かったけど、その後二人で叫べてすっごく楽しめた。


「(でも、少し疲れちゃったかな…)」

「はい、夕璃ちゃん」


後ろから斉藤君の声がして、振り返ってみると笑顔で小さなボトルを私の方に差し出した。ちょっと彼の姿が見えないなと思っていたが、飲み物を買ってきてくれるなんて。
おそるおそる受け取りキャップを開く。かちっという音がし、そのまま口につける。疲れている身体に甘いオレンジ味が身体に染み渡る感じがした。…ちょっと大げさかな?


「…ふぅ。あの、ありがとうございます。今お金を…」

「いいよいいよ、僕の奢りってことで」

「お、奢ってもらうなんてそんなこと…」

「僕がしたいから、するんだよ」


そう言って財布を出そうとした私の手を押さえるように掴んだ。
初めて触れた斉藤君の手は、私なんかよりもずっと大きくて、温かくて。なんか気恥ずかしくなって、それを隠すためにジュースをもう一度口にした。…やっぱり甘い。



***



※竹谷視点


「こちら尾浜勘右衛門。どうやら斉藤タカ丸は夕璃に飲み物を買ってあげた模様。どうぞ」

「こちら鉢屋三郎。どうやら中身はオレンジジュースの模様。引き続き、警戒を続けます。どうぞ」

「おいそこの学級委員長共、何をふざけてるんだ!」

「三郎も勘右衛門も、楽しそうだね」

「っていうか別にここにいるんだから無線でやる必要ないんじゃないか」


俺の必死の声も、この自由奔放な学級委員長共には届いていないらしい。
後ろから雷蔵と兵助の冷静な突っ込みが入る。くそっ、こいつら止める気ねぇな!!


「あの…竹谷先輩?」

「何だ、滝夜叉丸!!」

「ひぃっ!あ、あのですね…さすがに、ちょっとやり過ぎじゃないかと」

「そ、そうですよ…これじゃ夕璃もタカ丸さんも全然楽しめないんじゃないかと」

「三木ヱ門まで弱気になって!じゃあ、このデートがきっかけで夕璃がタカ丸に取られてもいいって言うのか!?」

「「い、嫌ですけど…」」

「じゃあお前らも大人しく見張りを続けろーっ」


弱気な表情で俺に提案した滝夜叉丸と三木ヱ門。もちろん即座に却下した。
俺の目の前で身を縮こまらせている後輩を見て辛いと思わないこともないが…夕璃のこととなれば話は別だ。ああもう、爆発すればいい!!…あ、もちろんタカ丸が。


「あーあ、穴掘り飽きちゃった」


俺らの後ろで今まで一心不乱に穴を掘り続けていた綾部が、突然気だるそうな声で言った。
思わず振り返ると、いつも持ち歩いている鋤で今さっき掘ったばかりの穴を埋めている。落とし穴としてではなく、普通の地面に戻すためだ。


「喜八郎頼むぞ!?お前のトラップで夕璃とタカ丸を足止めしなきゃいけないんだから」

「んー、それなんですけどねぇ…」


掴みかからんとする勢いで綾部に近づいた俺だが、綾部は気にした風もなく穴を埋める作業を続けている。


「夕璃が楽しそうだからさ。なんか、もういいかなーって」


喜八郎の目は相変わらず何考えてるんだかよく分からなかったけど、思いは伝わってきた。滝夜叉丸も三木ヱ門も同じ…夕璃の幸せを願う目だ。


「お前ら…」

「…うん。そうだよね」

「さっきから俺たちずっと見てたけど、夕璃が楽しそうにしてなかった時なんてなかったもんな」

「よく考えろよ八左ヱ門」

「妹が…夕璃が心配なのは分かるけど、お前のやってることは少し大人げないと思うぞ」


雷蔵、兵助、勘右衛門、三郎も同じ目で俺を見る。
くそっ、俺よりこいつらの方が『兄』みたいな顔してるじゃねえか…。

確かに、俺にとって夕璃は大切な『家族』なんだ。でも今同居してるのだって一時的なことで、いつかは俺から離れていってしまう…それこそ兄離れのように。
でも、俺自身それを認めたくなくて、夕璃が離れていくなんて考えたくもなくて。
だからこんな大人げないことしてたのか…?


「…ごめんな。もう、帰るか……」


俺の提案に誰も言葉を発しなかったが、黙って園を後にした。
夕璃…ごめんな。今日は目一杯楽しんでくれ。

…でも、誰一人としてタカ丸のことを許しはしなかった。



***



楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去るもので、気がつけばもう日も暮れて空のオレンジ色が私たちを照らしている。
もうすぐ閉園の時間だから、そろそろ帰りましょうと斉藤君に言おうとすると…なんだろう?斉藤君、さっきまでと全然違う。


「…斉藤君?」

「夕璃ちゃん…観覧車、乗らない?」


斉藤君はちょっと痛いくらいに私の腕を掴んで、この園の中で一番の大きさを誇る観覧車へ向かって走り出した。
彼の声からさっきまでの優しさは感じられなくて…でも、不思議と怖い感じもしなかった。


「ちょ、ちょっと斉藤君…!?」


私が名前を呼ぶと、斉藤君は少し振り返って笑って見せた。

その時に見せた決意を抱えた瞳を、私は一生忘れることはできないと思う。



意外と楽しいものです。
(順調に楽しんでます…?)

[ 23/34 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -