07
「「竹谷先輩、大変です!」」
兄さんの忘れたお弁当を届けるというお約束の行為をしに高等部二年ろ組の教室に来てみれば、まだ少し高めの男の子の声が響いた。
どうやらその子たちは兄さんの知り合いらしく、真剣な表情で兄さんのもとへ駆け寄った。
「ん?三治郎、虎若…どうした、そんなに慌てて」
「伊賀崎先輩が迷子になっちゃってーっ!」
「いつものお散歩から、ジュンコだけ帰って来ちゃったんです!」
「何だってーっ!?」
教室内に、今度は兄さんの絶叫が響いた。
「伊賀崎?っていうか兄さん迷子って…」
「こうしちゃいられない!夕璃、お前も手伝ってくれ!」
「ちょ、ちょっと…兄さん!」
どうやら緊急事態らしく、ほぼ無理矢理私の制服の裾口を掴んで走り出した。
…私に断る権利なんてないんだろうなぁ。
***
「…つまり、中等部の生物委員の子が迷子になったので、私に探すのを手伝ってほしいということですね」
「そういうことだ…一平と孫次郎はどうした?」
「一平は勉強が忙しいそうで」
「孫次郎は日陰ぼっこ中でいませんでした」
結局私は手伝いをするはめになってしまった。
連れられて来たのは生物委員会の使用している飼育小屋。
そこで兄さんの後輩(夢前君と佐武君というらしい)が報告する。
どうやら生物委員会もだいぶキャラが濃い人たちが集まっているようだ。
「でも兄さん、そんなどこに行ったかも分からない人を見つけられるんですか?」
「いや、大体の見当はついてるんだが」
「…見当って?」
「あの裏山でーっす!」
そう言って夢前君は後方にある巨大な山を指さした。
この学校には裏山なんてあったんだ。
…そう言えば、綾部君がいつも穴掘りに行ってたっけ。
「そ、そんなに広範囲なの!?」
「大丈夫だ。探す方法がある」
「方法って…き、きゃあぁっ!?」
気配もなく何かが私の背中を這い上がってきた感じがする。
そうして首に違和感。
く、首に何か巻き付いてきた!?
なるべく冷静に対処しようと自分の首もとに目を向けると、そこにいたのは赤い斑模様の生物。
「…ヘビ?」
「孫兵のペットのジュンコ(♀)だ」
「じ、ジュンコ…ちゃん?」
「毒は…あるけど死ぬほどじゃないし、滅多に噛まないんで、安心してください」
「出来るわけないでしょっ!?」
毒あるんかい!!
ということは、今この瞬間にも私に噛みつくことだってありえると思うんだけど…なぜ兄さんたちはそんなに落ち着いているのだろうか。
そうこうしてる間に彼女?はさらに私にすり寄ってきた。
「に、兄さん…助けて…」
「ジュンコ、夕璃先輩のこと気に入ったみたいですね」
「おほー…良かったな夕璃!」
「いいわけあるかーっ!!」
小屋内に私の悲痛な叫びが響く。
ヘビになんて詳しくない私がふりほどくわけにもいかないので、ジュンコちゃんは首に巻かれているままだ。
あれ、私ってこんなキャラだっけ…!?
***
そのままジュンコちゃんは私に任されて、伊賀崎君の捜索を開始した。
思っていたよりもずっと深い森の中、制服のままで動いていいのやら…すごく不安だ。
「シャァーッ」
「?こっち…なんですか?」
ジュンコちゃんは伊賀崎君センサーになるらしい。
声を聞きながら奥へ進むと、たどり着いたのは山の中で一際巨大な木。
その下をよく見ると、同級生並に顔の整った美少年が目を閉じて寝転がっていた。
茶髪で左腕に黒い紐、兄さんから聞いていた特徴と一致する。この子が…
「うっ……んんぅ?」
「…伊賀崎孫兵君ですか?」
「え…あ、あなたは…!」
どうやら目覚めたらしい彼は私を見て目を瞬かせたさせたあと、なぜかいきなり抱きついてきたではないか!
い、イケメンだなぁ…じゃなくて!顔が近いよ!!
「きゃぁっっ!!」
「貴方、名前はなんていうんですか?」
「あ、えっと…永嶋夕璃、です」
「夕璃先輩ですねっ。僕、中等部三年ろ組の伊賀崎孫兵といいます」
「し、知ってますっ。だからこの手を離して…」
何だこのテンションの高さは!?
こんなの聞いてないんだけど…身動きしたくても伊賀崎君は私を離さない。
どうしたら…。
「そ、それよりも…!どうして伊賀崎君はここで寝ていたんですか?」
「僕のことを心配して来てくれたんですねっ。今日、僕はジュンコと一緒にお散歩ついでに昼寝をしていて…って!ジュンコがいない!?」
「ジュンコちゃんなら、ここに…あ、あれ?」
気がつけばジュンコちゃんはもう私の首にはいなかった。
彼はジュンコちゃんを探すために私から離れ、あたりの茂みをがさがさと探し出したが見あたらないみたいだ。
今まで私と一緒にいたということを伝えたくて口を開こうとしたその時、かすかに兄さんたちの声が聞こえた。
「孫兵ー、無事かーっ!?」
「兄さん…伊賀崎君はただ昼寝してただけみたいです」
「竹谷先輩!ジュンコはどこですかっ!?」
私は伊賀崎君と一緒に探してみると、夢前君と佐武君とで一生懸命運んでいるのが見えた。
どうやらジュンコちゃんは兄さんたちを呼びに行っていたらしい。
本当に、よくできたペットだ。
「ジュンコーっ!良かった、もう勝手に先に帰っちゃダメじゃないかっ」
「伊賀崎君って…ぅわあっ!!」
「わぁっ、ジュンコも夕璃先輩のこと好きなのか…これはもう運命ですねっ」
「ま、孫兵っ!何やってるんだー!!」
ジュンコちゃんも私に気づいたらしく、さっきと同じように首に巻き付いてくる。
それだけならまだしも、伊賀崎君も一緒になって抱きついてきた。
さすがに苦しそうな私を見て、兄さんが彼らを制止しようとしている。
その日から、伊賀崎君は毎日のように私のもとへ来るようになってしまった。
その行為自体は許容範囲なのだが…一緒にジュンコちゃんを連れてくるのはやめてっ!!
巻き込まれました。(波瀾万丈生活、始まってました)
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