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会社を辞めた理由は細かく言えば色々あるが一番大きな理由は輝明が『同性愛者』だという事がバレたのが一番大きな理由だった。

根強い差別があらゆることに対して残る現代の日本では、輝明のような事例は別に珍しくはない。確かに他と比べれば閉鎖的な会社で上司も同性愛者は異常だと捉える人種ではあった。
それに伴って社員達からも風当たりが強く、輝明に対して陰湿な嫌がらせをした。

見て見ぬ振りをする上司とその部下達。

そんな空気の悪い所に輝明の居場所なんて無かったし、それ以前に輝明はこんな所に俺の居場所があってたまるか、とも思っていた。
ただ同時に『そうだよな』と異常者扱いをする異常者に対して共感する自分も居た。

会社側は『異常者』なんて要らない、輝明もそんな会社の一員だと思われたくない。
会社と輝明の利害は一致した為、輝明は会社を辞めることを決意した。


会社を辞める事は決して逃げではない。
それでも、世間からの目は厳しい時もあるし実際今年四十三にもなる立派なおじさんである輝明の再就職先なんてたかが知れていた。

輝明は適当に貯金で食い潰している時、ふと思い立った。
元々、小説を書くことが趣味だった輝明。
何かを文章で書き上げる事が好きだったのを思い出した。

それを思い出した時が会社に使い潰されなんとなく生きてきた輝明の目に、再び生気が戻った瞬間だった。

もういっその事、この歳で就職先が決まらないままハローワーク通いを続けるのなら、自分の経験や感情を形にして残したい。
自分の想いを、『ゲイ』という自分を隠さずに自分を文章を通して正当化したい。

そんな綺麗事を言っているけど、ただ単に輝明は書きたかった。

小説を、また、書いてみたかった。

輝明の第2の人生は小説家だった。


「じゃあ、ここにサインお願いしまーッス」

シロネコくんは相変わらず爽やかな笑顔で輝明に笑いかける。

それが輝明の劣情を煽るとも知らずに。
シロネコくんの首筋から垂れる汗、もう秋だと言うのに何故そんなにも汗が垂れるのか。

(代謝の悪いオジサンには理解出来ん……)

ただ額から流れ、首筋に伝うその汗は紛れもなくシロネコくんの中から出てきた物で、それらはシロネコくんを造り出していたモノ。
そう思うと何処と無く舐め取りたくなる衝動に駆られる。

(いかんいかん)

若い者に手を出して将来を潰す事だけはしたくない。
輝明は柔く頭を振り、邪心を追い払う。
輝明はシロネコくんからペンを受け取り、適当に名字を書いて丸で囲む。
角張った雑なその文字は男らしく、それでも輝明は自分の書く字はなんとなくあまり好きではなかった。

「それじゃあ……」

「あ、ちょい待ち」

シロネコくんにペンを返した途端、シロネコくんはいつものように一つ会釈をして立ち去ろうとしてしまう。
今まではそれで良かった。
でも。
輝明は、シロネコくんの腕を掴み引き止める。

「はい?」

コテンと首を傾げたシロネコくんを可愛いと思いながら、輝明はその持ち前のポーカーフェイスで笑いかける。

「今、時間あっか?」

内側から絞り出した必死の言葉。

輝明はこの言葉を口から出すまでにどれだけかかっただろう。
去年の秋からどれだけ来てもらっていただろう。

「あ、はい大丈夫ッスよ! なんかありましたか?」

シロネコくんは爽やかに了承した後、どことなく不安そうな顔をする。
その表情を見た輝明はグワッと何かに心臓を鷲掴みされた感覚になった。

「あ、いや特にねぇんだ。ただ、ちと待っててくんね」
そう言い捨て、輝明はいそいそと部屋に戻り冷蔵庫を開けて中からキンキンに冷えた麦茶のペットボトルを取り出し、また玄関へと戻る。

「これ、いつもあんがとなってヤツ」

輝明はニコッと笑いかけ、シロネコくんに差し出す。

顔は平気でも輝明の中では大変な事になっていた。

(……なに、小っ恥ずかしいことしてんだ……俺……)

営業で身につけたスマイルは本当に役に立つ。
仕事していて唯一良かったのは営業スマイルが身についた事だろうか。
輝明は別な事を考えて心を落ち着かせようとしていた……が、そう上手くはいかない。
なんとなく衝動的に己の頭を掻きむしりたくなる。



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