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「また殴られたのかよ?飽きねぇなお前も」

乱雑な口調は彼の容姿からはあまり想像出来ないな、と夕はいつも思う。

サラサラとした艶のある黒髪に、華奢な白い肌。
身長は170は優に超えている筈。
そんな唯一の友人であるバーテンダーの万宮は、いつも通りカウンターの一番端に腰を下ろし、ノブクリークを片手にちびちびと煽る夕(ゆう)に呆れた視線を向けた。

夕は万宮の台詞に答える事はなく、ただ静かにいつも通りにお酒を流し込んだ。
お酒を飲んでも、アルコールしか分からない。
自分の中で何かが回るのは感じている、が、夕にはそのお酒の味なんてよく分からなかった。
ただ、恋人がその銘柄のお酒を頼んでいるのを見て、自分もまた真似をして呑んでいるだけだからだ。

バーでの呑み方なんて分からない。
お酒の種類なんて殆ど知らない。
全て、恋人の真似事だ。

「お前さ、そうやって他人に染まり続けんの疲れねぇの?」

繊細そうなルックスの万宮は、いつもと変わらぬ口の悪さで夕に話し掛ける。
今日は珍しく客は夕しか居ないためだろう。
他の客が居る時は、ニコニコと愛想の良いバーテンダーだ。

夕は万宮の言葉に、表情を変えることなく静かに言葉を発した。

「.......うん」

短く小さい夕の声に、万宮は少しだけ眉を寄せ溜息を吐いてまたグラスを拭き始めた。

夕はその姿をぼうっと見つめながら思う。
万宮が呆れた顔をするのは致し方ない。
それは夕が世間で言うDV男と付き合っているからだ。
その証拠に、殴られた口の端や額、蹴られた腹や足、踏まれた手の甲、煙草を押し付けられた腕や鎖骨がズキズキヒリヒリと痛む。

夕に痛まない日は無い。
だが、上京してから惨めに寒空の下震えていた自分を拾ってくれた今の恋人から離れる理由も特に無い。
きっと、一般的に考えれば浅倉のように、万人が「そんな男から離れろ」と言うのだろうけど、夕はソレをおかしいとは思っていない。
きっと、暴力行為は彼の愛情表現のひとつなのだろうから、それを受けている自分は愛されているだけなのだ。
他のカップルとさして変わらない、そう思っている。

だから、万宮も夕には何度言ってもどんな言い方をしても変わらないと半分諦めてもいるのだ。
だが友人として、いつも呑みに来てくれるお客様として心配だという感情がどうしても溢れてしまう。
毎度、自分に顔を見せる度に虚ろな表情で服から露出している部分にまで内出血や擦り傷、包帯なんかが見えていたら、心配を通り越して相手に怒りさえ覚えてしまう。
それは心配性な万宮でなくても、きっと赤の他人でさえ思うだろう。

それくらいに、夕はいつも傷だらけでいつ死んでもおかしくない.......そんな雰囲気を纏っていた。


だからなのかは知らないが、このバーに呑みに来ると夕は決まって見知らぬ客に声を掛けられる。
しかし夕は、先の返事のように人と会話のキャッチボールが上手に出来ないため、そういう時はいつも万宮が助け舟を出してくれる。

安心して呑める所は、このバーしか知らない。
呑み屋街のハズレに建っている物静かな建物。
常連さんしか来ないこのバーは、店長と万宮とバイトのもう1人の男の子で回している。
今日は万宮1人らしかった。

だから夕は、いつものように安心して日頃の疲れを取るために万宮と他愛のない話をしつつ呑んでいた。
度数の高いウィスキー1杯を永遠と、そう、いつものように。

癒しを求めに来ているのに、万宮は夕が心配だからかいつも以上に小言が多いように感じていた。
少し面倒くさくなった夕は、時折「うん」という返事だけをし聞き流していた。

夕は此処で呑んでいると、ウィスキーを半分で瞼が重くなり1杯呑み終わる頃には、夕は既に夢の中なのだ。

だから今日も、万宮の話を聞き流しているうちにいつもよりペースが早まったのか、短い時間で呑み終わってしまい、カウンターに伏せた。

(あぁ.......眠い)

頑張って瞼を上げようとするけれど、いつもその戦いには負けてしまう。
頬がカッカッして、頭が働かない。
まぁいつものように、万宮が閉店間際に起こしてくれるのだろう、.......そう甘えていた。




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