needy

 

[世界線設定]
由伊と律のオメガバ世界線のお話。律の発情期編。以下、年齢とちょっとした補足。

律→25歳。水津の花屋でバイトをしている。
由伊の事は好きだけど、自分のせいで縛りつけたくないと思っていた、が……。

由伊→25歳。心療内科医を目指してる研修医。
律くんと医者になるために日々、頑張ってる。



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律くんはオメガである。
俺は律くんと幼少期に初めて会った時から、一目惚れをし勝手に律くんを運命の番だと思って付き纏っていた。
初めは律くんに引かれたし、邪険にされたし、何だかんだ気持ちの押しつけあいで喧嘩も多くて、一時期は「ああ、自分たちは運命の番ではないかもしれない」と思った時もあった。

けど、学生の時に律くんに発情期が来て、学校で倒れた時、周りから見ればただの体調不良で倒れたように見えたらしいが、俺だけには分かった。
あの時のあのバニラのような甘くて濃い、鼻の奥や喉に張り付くような甘ったるさ、身を焦がすような強烈なフェロモンを、世界中でただ1人、俺だけが感じた。

だからやっぱり、俺は律くんと運命で結ばれてると再確認して、そこからはもう早かった。

律くんは、上手く発情が出来ない子らしく発情期前後や発情期間中、体調不良に見舞われてしまう。
俺にはフェロモンが分かるから、発情期なのかただの体調不良なのかは1発で分かるが、逆に言えば運命の相手以外にはフェロモンを感じ取れない程、微弱にしか香らせらせられないらしい。
通常、オメガのうなじを噛めば俺だけにフェロモンが分かるようになり、……なんて言われているが、律くんは初めから俺だけにフェロモンを匂わせていた。
だから出会って15年経った今でも、律くんのうなじに噛み跡は無い。

律くんは、自分よりも他人を優先してしまう性格が故に、自分がオメガな事によって、良い遺伝子が残せない事、アルファに組み敷かれる運命なこと、もし万が一自分たちの運命が偽物で、別の運命の番が現れてしまったら、俺も相手もソレに捕らわれてしまう事に恐怖を感じているらしい。

俺は律くんが不安定になる度に、そんな事はない、キミが1番だと伝えてきた。
それでも、律くんの中に残る不安を取り除けない。

何度、うなじを噛もうとしたか、分からない。
何度も何度も発情期が訪れ、行為に発展する度に無防備に見せているうなじを噛もうとした。
でも、その度に律くんは、やめて、嫌だ、と泣き叫ぶ。
必死に震える手でうなじを抑えて、快感が苦しい筈なのに、俺に噛ませない為か、俺の下から逃げようとまでした。
意地になって無理矢理噛もうとすれば、パニックを起こしてセックスどころじゃなくなった時もあった。

それ程までに律くんは、俺と番になる事を拒む。
俺は毎回発情期がくる度に、体に合わない抑制剤を飲んで動けなくなる律くんから溢れ出るフェロモンと、戦いながら看病をした。
律くんのお父さんには、「僕がみようか」だなんて気をつかってもらったけれど、意気地が無く、うなじを噛めないダメなアルファの俺にせめてもの出来ることは、律くんの側で看病して理性を失わずにうなじを噛まないこと、襲わないこと、それを律くんに行動して証明していく事しか出来ないんだと、伝えた。
律くんのお父さんは、「そうか……」と切なげに呟いたけれど、「よろしくね」と笑って貰えた。

今日、律くんは起きてこない。
つまり、ヒート前なんだろう。

体を起こせないぐらい辛いのも、俺がうなじを噛めばマシになるし、合わない抑制剤も無理矢理飲まなくて済むようになるのに、……ラクにしてあげられない自分の不甲斐なさに泣けてくる。
いや、泣いている暇は無いんだけど。

律くんと3年前から同棲している俺は、いつも通り朝食を作って時計を見る。
午前8:30……。

今日は休日だから仕事は無い。
律くんも、バイトは無いと昨夜言っていた。

恐らく今日からヒート休暇を入れているのだろう。
様子を見に行くか。

エプロンを外し、椅子に掛け律くんの居る普段2人でねむっている寝室へ向かう。

1歩ずつ近づく度に甘い匂いが仄かに香る。
市販の香水や柔軟剤よりも、甘くて美味しそうな香り。
例えるなら、クッキーかな。
お菓子のような香りが段々近づき、扉をノックする。

「律く〜ん、おはよう。体調悪い?」

いつも通り返事は無いので、こちらも特に待たず扉を開けた。
開けた瞬間から、ふわふわとお菓子の香りが一層強くなる。

「……っ、……律くん、おはよう」

ドクドクと、フェロモンに充てられて発情しそうになる己の体に鞭を打ち、布団にくるまっている律くんにそっと触れた。

びくり、と体が震えている。

「律くん、おはよう。今回も辛そうだね、顔出せる?」

こういう時期の律くんは、幼児退行していたり、意識が曖昧で、終わった頃には記憶が無かったり、精神面が不安定になるので目が離せない。
他人の事も怖がるようになって、初めの頃は俺を見ただけでパニックを起こしていたりした。
「ごめんなさい」とひたすら謝って、そのまま意識を失っていた。

その時の事を思い出し、毎度怖がらせぬよう怯えさせぬように、ゆっくり静かに声をかけるようにしている。

「……律くん、おいで。由伊だよ」

こんもりしている布団を一撫ですると、もぞもぞと動いて律くんのアホ毛がぴょこんと顔を出した。

「お、もうちょっとだ律くん。あと少し、お顔だしてごらん」

頭をさらさらと撫でてやれば、律くんはまたもぞもぞ動いて、ゆっくりチラリとこちらを見た。

熱に浮かされて潤んだ瞳がポケッと俺を見つめている。

「よく出来たね律くん、偉いよ」

スリスリ頬を撫でると、頬がジンジン熱い。
発情だけでなく、発熱もしてるな……。
今回もまた重めなのだろうな……。

解熱剤を持ってきておこうかな。

「律くん、俺ちょっと忘れ物したからまた来るね。ゆっくり寝てて」

応答しない律くんの頭をそっと撫でて、寝室を出た。





朝食を冷蔵庫にしまい、とりあえず洗濯物を干して、一通り家事を終わらせて抑制剤と解熱剤、念の為座薬タイプのものと、タオルと、嘔吐癖のある律くんの為に、ガーグルベースを持って再び寝室を開けた。

「りつく、……あれ?」

布団がもぬけの殻で、律くんが居ない。
慌ただしく動いていた為か、香りが薄い事に気づかなかった。

えっあの子どこ行ったの。
まさかあんな状態で外に!?

律くんは意識が朦朧としてしまう為、何をするか分からない。
言わば、子供と同じなのだ。
少し目を離した隙に、命に関わるような危険が迫ったりしてしまう。

やべぇ

道具達を落としてしまったが構わない。
慌てて周りを見渡して、香りがする方へ走る。

よかった、この匂いだと家の中にはいるんだな。
ゆっくり慎重に、足音で怖がらないように匂いを辿って行く。

……あれ?ここ……

匂いが一層濃くなったその部屋の扉の前に立ち、不思議に思う。

……俺の部屋?

この時期に俺の部屋にいる事なんて初めてじゃないか?
律くんは俺にうなじを噛ませないのと同じように、発情期でも俺を頼ろうとしない。
意識が朦朧としてても俺に甘えはするかもしれないが、俺を使って性処理しよう、ラクになろうなどと行動してこないあたり、頭の中にそういった考えが微塵も無いんだろうなと思っていた。

だから、発情期になっても律くんは他のオメガのように巣作りもしなければ、俺の匂いで自慰をしようともしない。
腕を血が出るほど噛みまくったり、延々と泣いていたり、時には水風呂に入って落ち着こうとしたり、とにかく、俺を使わないのだ。

こんな身近に利用出来るチョロいアルファがいるというのに……。

という事はつまり、だ。
律くんは俺では発情しないか、もしくは俺の事を普通に性的対象では無いのでは、という疑問が残る。
一時期俺はそれに悩まされて律くんにぶつけた事があった。
律くんは、俺をそばに置くことを許すのに、どうして頼ってくれないのか、と。
番になりたくないのなら、せめて傷だらけになるまで自分を痛めつけずに、俺に慰めさせてくれ、と泣いて訴えた。
そしたら律くんは、ポカンとして、「……そんなの考えたことなかった」なんてキョトンとした可愛らしい顔で言うもんだから、拍子抜けして涙が止まったのを覚えている。

だから律くんの頭の中には、多分、誰かに頼って何とかしよう、という考え自体が無いのだとそこで知った。
それからはもう自分が医療従事者であるのをいい事に、発情期の律くんには医者として関わることにした。
だから、薬で治めようとしたり宥めようとしたり、律くんの精神が大丈夫そうな時だけ、抱いた。

そんな律くんが、何故、この時期に俺の部屋に居るのか。

皆目検討もつかない為、少し緊張しつつ部屋の扉を開けると、さっき寝室に居た時よりも強い香りが鼻腔に広がり、鼓動が速くなる。

ああ、こんなの初めてだ。

心臓がうるさい、……折角家事で和らいでいた己の発情が一気にクる。

……正直、キツイ。

吐き気がしそうな程、快感を……律くんを求めている。
そんな獣のような自分も気色が悪い。

部屋に入る前に、俺は先程飲んだ抑制剤の効果を信じて、1度己の腕を噛み鉄の味が口に拡がった所で、深呼吸をして部屋に入った。

ズキズキと噛んだ腕が痛む。

そう、その痛みに集中しろ。
匂いは感じるな。

大丈夫、出来る。

室内を見渡しても人がいる気配がない。
でも確実に律くんはここに居るんだ。

室内の中でもっとも匂いの強い元に歩いて行くと、それはクローゼットだった。

……え、

驚きつつも、控えめにコンコンとノックをしてみた。
ガタッと物音が聞こえ、再び室内に静寂が戻る。

「……り、律くん?……そんな狭いところにいるの?」

クローゼットは、俺の服でいっぱいだ。
いやそれが正しい使い方なのだから、当たり前なのだが。
問いかけてもシンとしていて、返ってこない。

「律くん、開けてもいい?律くんのお顔みたいんだけど……」

開けたら爆発してしまいそうな溢れる性欲に、唇を噛む。

大丈夫、襲わない、俺は獣ではない。

「律くん。俺、律くんに会いたいなぁ。いい?」

はたから見たら、クローゼットに話しかけてる変な奴だな、なんて思う。
もう一度声を掛けようかと考えていると、クローゼットの扉が僅かに、キィと音を立てて開いた。
ほんの少し、1センチ程度だったけれどそれは紛れもなく律くんが俺を1センチだけ受け入れてくれた証拠だ。

それと同時に室内に溢れかえるフェロモンに、頭が灼かれそうになる。
熱い、体が、熱い。

やばいやばいやばい。

律くんに声をかける前に、もう一度腕の同じ部分を噛み、唇も噛んだ。

「……っ」

痛みが勝たない。
それに勝るフェロモンの強さに、目眩がする。
襲ってしまいたい、押し倒して、うなじを噛んで、腹の奥に己の欲を吐き出したい。

「…………ゅ、……ぃ」

「……っ!!」

一瞬、意識が飛びかけた。
抑制剤の効果が無いのではないかと思うほどに濃いフェロモンに、俺も他の猿のようなアルファと同じになるところだった。

律くんの小さな声が聞こえなければ、襲っていた。

慌てて、立ち上がり返事をする。

「律くん、どうした?由伊だよ」

平気なフリをするのはもう慣れた。

ニッコリ笑って、中から覗いているであろう律くんを安心させる。

「…………ゅ……い」

さっきよりも少しだけ大きな呼び掛けに、俺は「うん、由伊だよ」と返す。

「どうしたの?俺もそこに入ってもいいの?」

何となくそう聞けば、少し間を置いて再びキィと錆びた金具の擦れる音が聞こえ、5センチ程、扉が開いた。

こちらからも律くんの蕩けた顔が見える。

「そこ、暗いし狭いし、俺の匂いいっぱいで苦しくない?出ておいでよ」

そっと手を出すと、扉がまたさらに開いた。

ぶわっと香りがひろがって、汗がダラダラと垂れ落ちる。

やばい、苦しくなってきた。

こんなに濃いフェロモン、俺だって耐性が無いんだ。
意識が吹っ飛びそう。

「……ゆい」

ハッキリと名前を呼ばれ、ふらふらする頭を振って笑顔を作る。

「うん、なあに」

しゃがんで目線を下げ、怖がらせないようにすると律くんはポーッと俺を見つめて言う。

「……きょう…………ゆいのふく、……いっぱい……ほしい……」

「………………え?」

思わぬ台詞に驚き、目を丸くする。
俺の反応が拒絶の為だと思ったのか、律くんは肩をピクリと震わせて、いきなりボタボタと大粒の涙をこぼし始めた。

「……っひぐっ、……ごめんねぇ……っ、ごめ、……ねぇ……ッ」

「わ、ちがう!違うよ、律くん。嫌だなんて思ってないよ、びっくりしちゃっただけ。俺の服いっぱい欲しいの?好きなだけあげるよ、運ぶの手伝おうか?」

慌てて頭を撫でると、心地良さそうに擦り寄ってきて、ぽろぽろ涙をこぼす。

「……ん、…………ゆい……の、いつも、……きるやつの、……ぐれーのと、……わいしゃつのと、……ゆいの、……ぱんつ……と、ゆいのおふとんで……きょう、……ねたい……」

それはいつも俺が仕事に着て行っている服たちだ。
パンツもご所望か。

いくらでもくれてやるが、どうしたんだろうか。
今回は巣作り?
初めてだな……。

「OK、いいよ。全部あげるよ。だからとりあえずここから出ようか。一緒に運んであげるから」

こんな狭いところに閉じこもられたら、何かあった時気づきにくいし、酸欠になってしまう。
頷いた律くんを確認して、そっと体に腕を回しお姫様抱っこをしてとりあえず2人の寝室に運ぶ。

道中律くんは、すりすり俺の胸に頭を寄せてはふはふ息をしていた。
腕にはいっぱい俺の服を抱えてぎゅっとしている。

汗ばんだ体、全身が熱っぽくて苦しそうだ。

「よし、ねんねしようね」

とす、と布団に寝かせてあげると、服を抱きしめたまま俺をぼうっと見上げてくる。

「……ゆい…………ち、……でてるねぇ……」

手を伸ばして唇に触れられ、ドクンッと心臓が脈打つ。

「…………〜っ、……りつ、くん、……」

「……いたいいたい……?」

「……痛く、ないよ」

幼児退行してるな。
ダメだ部屋から出たい、襲ってしまいそうで嫌だ。

一旦出よう、外の空気を吸おう。

思い立ち、律くんに笑顔を向けた。

「律くん、俺ちょっと準備に─……っ!?」

グイッと力強く引っ張られ、ガツンッ、と歯が律くんの歯に当たってしまった。

「う゛〜っ」

痛そうに唸る律くんに、慌てて離れて「大丈夫!?」と声を掛ける。
……え、でも今引っ張ったの律くんじゃね!?

え、なになに今回どうしたのマジで。

頭ん中混乱状態で律くんの唇の安全確認をしていると、またグイッと今度は胸ぐらを掴まれた。

……律くん、ガラ悪くなっちゃった……!?

「……ゆいの、……くち、ちゅー、……すんの……」

「ち、……ちゅう?きす?」

俺を求める事はしない律くんに、まさか唇を求められるなんて思いもせず、目が白黒してしまう。

「ちゅー……するの……。ねえ……」

不機嫌そうに顔をゆがめて言う律くんに、思わず「は、はい……」と返事をして顔を近づけると、律くんは、ちゅ、ちゅ、とつばむようなキスをしてくる。
もっと近づければ、ちろちろと舌で舐めてくる。

……な、なんだこれは……拷問か?

脳内が宇宙になり花が咲いた。
……宇宙って花咲くんだ……

頭悪い事を考えていると、「う゛〜ッ」と唸る声が聞こえたので、パッとしたを向いた。

律くんはぽろぽろ泣いて俺を見ている。

「どうした?もっと、ちゅーする?」

「ゆいがして……!」

苛立ったように言われた。
この子、キスが上手に出来なくてイライラして泣いてるの?
何それ?可愛いね?

いやなんだそれ、かっっっわ!?

「はぁ……かわいい」

「はやく!」

可愛さに浸っていると怒られたので、苦笑しつつベッドに腰掛け、律くんに顔を寄せて軽くキスをする。

律くんが「もっと……」と眉を寄せるので「うん」と返事をして深く、口付けた。

いつもは堅く口を結んでいる律くんなのに、今日は薄く開かれている。
その隙間に舌を入れ、律くんの熱い咥内を貪った。

自身の中心もどんどん熱を持ってくる。

俺自身も、律くんに強く充てられて視界が歪んできた。
うっとりと、気持ちよさそうに目を細め俺の舌に絡めようとしてくる律くんが可愛くて仕方がない。

今日は、えっちさせてくれる日なのかな。
でもこんなに俺を求められた事ないな……。

しかもまだ巣作り段階だからなぁ……。

「ん……ッ、ふ、……ゆ、ぃ……ッ」

口の端からどちらのものか分からない唾液がこぼれおち、律くんが苦しそうに俺のシャツを掴んだ。

「……うん、なぁに」

口を離して問えば、律くんはへにゃりと笑う。

「……きょ、う…………、うなじの、とこ……かむ……?」

え?

……うなじ、……かむ……!?

「えっ、律くん、それ……」

「……いいよ……」

うなじを噛んでいいって事?

でも律くんはきっと、意識が曖昧だ。
今日は巣作りする程、ちゃんと発情出来てはいるけど、きっと正気に戻った時、後悔してしまう。

うなじが痛んだら、律くんは悲しくなるかもしれない。

噛みたい。

自分のものにしたい。
でもそれを、こんな時じゃない律くんに望まれなきゃ、噛みたくない。
噛めない。

「……ありがとう、嬉しいよ」

そう言って、ちゅ、と瞼にキスを落とせば律くんは嬉しそうに「……ふへへ」と笑っていた。

可愛いな。
……でも、今は噛まないから、……そのセリフは、また今度きかせてね。

「……ゅい、……えち、……しよ……」

律くんからのお許しが出た。
両腕を俺に伸ばしてふにゃふにゃ笑う。

「うん……。巣作りは?しなくていいの?」

「……?……あとで、する……」

「そっか。じゃあ今は気持ちよくなろうね」

律くんの伸ばした腕に包み込まれ、素肌を擦り合わせ快楽に溺れた。

今日も、快楽にのまれて欲望を吐き出し合う。

ただ1つこれまでと違うのは、律くんの左肩に俺の歯跡を残せた事だった。

ただの獣の行為の中に、一筋の愛を証明出来た気がした。













「ねえ由伊!?肩痛いよ!?いっぱい噛んだでしょ!!」

元気になった律くんは今まで通り、ヒート期の記憶が無いらしくプンスカ怒りつつ起きてきた。
俺は苦笑して朝食の準備をしていた手を止め、律くんに謝る。

「ごめんね、思わず噛んじゃった」

「もー!ピリピリするよ!!」

頬を膨らませて怒る律くんがリスみたいで可愛い。

「ごめんごめん」

頭を撫でると、律くんの視線が下がり俺の手をぎゅ、と握ってくる。

「?……どうしたの?」

無理させすぎてしまっただろうか。
いつもよりも激しかったかもしれない。
もっとも、体を重ねる度に今回が1番激しいなと思ってしまうのだが。

律くんは俺の手を、ぎゅぎゅ、と握ってぽそり、と口を開いた。

「……もう、言ってあげないかんね。……うなじじゃないなら……」

「……」

……………………………………え?

「え!?」

「あ、今日焼き鮭だ〜、美味しそぉ」

律くんは爆弾発言をした後、コロッと態度を変え焼き鮭に駆け寄って行く。

いや!?
焼き鮭どころじゃなくね!?
え、何今の、今のって、今のって……そういう事!?

「……り、りりりつくん!?」

慌てて律くんの手を取り、引き止めると、律くんは俺に顔を向けずに立ち止まった。

「りつ、くん」

後ろ姿の律くんは、耳も首も、僅かに見える頬も真っ赤で、震えていた。

「律くん!!」

嬉しい嬉しい嬉しい!!!

がばり、と律くんを抱きしめると、律くんは「くるしいよ!!」と怒る。

でも今の俺は律くんを離してあげられそうにない。
嬉しくて嬉しすぎて、仕方がない。
ずび、と鼻をすすると律くんは、「え、由伊ないてるの!?」と声を上げる。

泣くよ、泣くに決まってるでしょ。
だって今の律くんに言われたら、それは本当に、心から、俺を受け入れてくれたって事になるじゃないか。
律くんの心がどうやって変化したのかは分からないけれど、俺を受け入れてくれたのは紛れもない事実だ。

熱に浮かされた思考でない、至って正常な律くんが、顔を赤らめて俺を受け入れてくれた。

こんな幸せ、訪れるなんて思わなかった。

涙が溢れて止まらないに決まってる。

「……由伊、待たせて、ごめんね」

ぎゅ、と背中に手を回されて、一層涙が零れた。
律くんの肩口が濡れてしまう。
涙を止めなきゃいけないのに、ダメだ、止まんない。

「俺、……由伊のこと、好きだよ。……今回のヒートね……今までみたいに、くるしいって気持ちだけじゃなくて、……なんかね、その……由伊の香りをね、……いっぱい体の中にいれたいなっておもったの……誰かが居ないとやだ、……ってなるの、……初めてだったから……」

あの時の、噛んでいいよ、のセリフは嘘じゃなかったんだ。
そっか……そっか。

「その誰かもね、……由伊がいいなって……おもったの。……由伊がね、……居てくれるとね……すごく、安心して……好き〜って気持ちが、いっぱいになる」

僅かに震えながら必死に、泣く俺に言葉をくれる律くん。
腕の中のこの子が愛おしくて仕方がない。

ああ、愛おしい。

「……由伊、今度、……噛んでね。いっぱいだよ、……強く、消えないやつ……、痛くないから……」

「……っ、うん、……うん!!」

ぎゅうっと強く抱き締めれば、律くんにクスクス笑われた。

「ふへへ、由伊のぎゅーって強いんだよぉ〜。あいかわらず、泣き虫さんだねぇ〜」

嬉しそうに言われたら、尚更離してなんかやれない。
今後一生、俺は律くんを離す気は無い。
元々離す気なんて無かったけれど、今確信した。

律くんを一生かけて幸せにする。
離してと言われても、一生離す気なんてない。
離してなんかやらない。
うなじの噛み跡も、消えるまでに何度も何度も噛んでやる。

律くんは俺ので、俺は律くんのものだ。

誰にも渡さない。

「……律くん、大好きだよ」

「ふふ、目真っ赤だね由伊。……俺もだよ」

2人、顔を見合わせてやさしいキスをした。

甘く蕩けてしまう、そんな時を過ごすのは初めてだった。

ああ、俺は今世界一幸せだ。











由伊の腕には傷跡が沢山ある。

俺が我慢させてしまった数の分だけ、腕いっぱいに痣や噛み跡がある。
ヒート期になると、由伊の下唇はいつも切れている。

なのに由伊は、痛そうな顔もしなくて、平気そうに笑いかけてくれる。

俺のワガママでそんな事をさせてしまうのは嫌だ。
俺が痛い時、苦しい時、素直に涙をこぼせるのは由伊が抱き締めてくれるからだ。

……だから俺も、由伊が痛くても苦しくても我慢しないで俺にぶつけられるように、ちゃんとした形で繋がりたいと思った。

由伊のことが好き。
大好きだから、愛を注いでくれた分、腕に作らせてしまった傷跡の倍以上沢山受け止めるから、だから、





……俺以外の人間に、
絶対目を向けないでね、由伊。




由伊の嬉しそうな泣き顔を見て、心が満たされていくのを密かに感じ、彼の無防備な白い首筋にキスをした。

end.


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あとがき
小さな春(前後編)の世界線で律に重きを置いたお話です。2021.04.05 みやの
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