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「……陽太、そろそろ仕事……」
輝明は陽太から身体を離し、目線を合わせながらそう静かに言った。
そしてもう、二度とシロネコ急便に荷物を頼まない事を決めて陽太の頭に手を置いた。
陽太はそんな輝明の顔を見て、一瞬ハッとした顔をしながらまた真剣な顔になって言った。
「輝明さん」
「……なに?」
輝明は出来る限り、もう関わらないことを胸に留めながら最後の会話だと決め、颯に返事を返す。
「……アナタが今何を考えてるのか知りませんが、俺はこれからもアナタと話したいです。 だから、明日の夜失礼を承知でまたここに伺います。 絶対に、家に居てください。そして必ず出てください。 ……最後にするのは、それから決めてください」
「……っ」
陽太の真剣な瞳に輝明は声が出なかった。
なぜわかったのか、そう問いたいのに問うてしまったらそれを事実だと認めてしまうことになる。
真剣な言葉と声、そして瞳。その全てが、陽太の本音だと、冷やかしでないと気づいてしまったから、輝明は余計に何も言えなかった。
子供の戯言だと、軽く流して明日の夜出掛けてしまえばいい……何故かその考えが輝明には浮かばなかった。
何故なら輝明には、全てを取り払っても払い除けることが出来ない唯一のモノが残ってしまうと知ったから。
「それじゃあ、また明日」
陽太は赤くした目尻を隠すこともせず、会釈をして出ていった。
(……結局、……)
残るのは、陽太を好きだという気持ちだった。
己を否定され続けたこれまでの人生。
親にも友人にも打ち明けられないままだったのに、会社にバレてそこに居られなくなった。
理不尽な社会を呪うことも恨むこともせず、ただなるがままに『仕方ない』と思いながら今日まで過ごしてきた。
だからきっと陽太に打ち明けてしまったんだし、後悔した。
己を想って泣いてくれた陽太を抱きしめた時、輝明の鼻腔に広がったのはシトラスの爽やかな香り。
その香りが陽太をよく表していると思った。
その香りをもっと感じたいと思った。
こんなオッサンに好かれて迷惑だろうと、思いながら陽太と話していた。
そんな自虐的な事を考えながら輝明は陽太と会っていた。
けど、その蔑みは俺を慕ってくれていた唯一の人間を蔑む事と同じだと、どうして気づかなかったのだろう。
陽太で良かった、陽太が良い、陽太以外なんて、嫌だ。
陽太を、愛したい。
人生で最後になるかもしれない恋は、陽太で終わらせたい。
そんな自己満足で重いオジサンに、お前は付き合ってくれるのか……?
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