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「……んで、……」

「……え?」

陽太の怪訝な表情を見て、輝明は目を逸らすしかなかった。
これ以上顔を見ていたら、心が締め付けられて本当に止まってしまうかもしれなかったから。
輝明が自分から言い出した事なのに、こんなにも怖いことだったんだ。
会社で散々嫌がらせをされていた時の事を思い出す。
時折、フラッシュバックする昔の情景。

(馬鹿だな、俺……)

輝明は靴を脱ぎ一個段差を上がって煙草を咥えながら陽太に言った。

「ほらもう帰れ、仕事だろ。 あんま此処に行っとオッサン、ゲイだからキミみたいな若い子襲っちゃうぜ?」

悪戯っ子のような顔をして輝明は言い、しっしと追い払うように手を動かした。

その時の陽太の顔を輝明は見ていなかった。
陽太が俯いていたからよく見えなかった。

「陽太?」

輝明は動かない颯を見て、声を掛ける。
そんなにショックだったか、と輝明は打ち明けたことを更に後悔した。

(……なんで言っちまったんだ)

後悔と自責の念にとらわれ、輝明は目を逸らしたまま煙草を吸い、ただ部屋に入り込む夏風に流れていく支紫煙を吐くしかなかった。
こんなに苦しい雰囲気の中でも、呼吸が出来ることが今はとても、恨めしく思えた。
結局は、期待していたんだ。
輝明は、輝明自身を誰かが認めてくれることを。

「……んで、……」
「え?」

ボソッと呟いたのを輝明は聞き逃さなかった。
陽太はバッと顔を上げ、物凄く怒った顔をしていた。
そんな顔に輝明は呆気にとられ、見つめてしまう。

「なんで……っ、そんな事言うんすかっ?! 輝明さんがゲイだからなんなんスか?! なんでそんな自分を自分で傷つけるような言い方をするんスか!?」

「……は、颯……?」

突然の怒号に輝明は混乱した。
何故彼がこんなに怒っているのか理解ができなかった。
輝明の事なのに、どうして陽太が怒るのか。

「輝明さんは何も悪くない!!辞めたのがゲイだから?!そんな理由?! そんな理由で輝明さんは辞めるまで追い詰められなくちゃならなかったんですか?!有り得ない、そんな世界……気持ち悪すぎる……っ」
陽太はボロポロと涙を流しながらそう、怒鳴った。

(……そう……だ。……俺は男が好き……好きなだけなんだ……。好きなだけだったのに、俺の居場所は無かった。……そこに居ていいって思われなかった……男が好きなだけで……必要と、されなくなった……存在を、否定され続けた……)

輝明の中に思いが溢れ出す。

(俺はただ他の人間と同じように産まれて、飯食って、働いて、寝て、起きて、呼吸をして、そしておまけのように人を好きになっていただけ……)

なんでこんなにも苦しいのか、陽太の泣き顔があまりにも苦しそうだから、輝明も苦しくなった。
輝明は煙草を灰皿に押し付け、ゆっくりと陽太に歩み寄った。
陽太はズビッと鼻をすすり、涙を零しながら真剣に俺を見つめ続けた。

「……陽太」
「……輝明さんは何も悪くないです。正直に生きる輝明さんは強いんです。 悪くなんか決して無いんです……。 だから笑わないでください。 ……自分を卑下して、これ以上、笑わないでください……っ。そんなの、強さじゃない……!!」

輝明は、引き寄せられるように陽太の唇へと己の唇を合わせた。
もう、口を開かなくていいと、己の為に涙を流さなくていいと、そう伝える代わりに。

「……て、輝明さ……っ」
「……ごめんな。泣かせて、ごめん」

輝明は陽太を抱き寄せた。
ずっとこうしたかった。
でもそれは、泣いてる颯をじゃない。
いつものあの笑顔の陽太を抱き締めたかった。

「……ごめんな。ありがとう……颯……」
「……輝明さん」

陽太は輝明に大人しく抱き締められながら、暫くそこに居た。
仕事は大丈夫なのかとか、ゲイに対して何も思わないのかとか、言いたかったけど今はそんなこと言える雰囲気じゃなかった。
そして輝明も、まだ腕の中に颯を閉じ込めていたかった。
自身の為に泣いてくれた唯一の人を、この時間(とき)だけ、縛っておきたかった。



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