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「わあ!!」
その声に輝明はハッとし、目を見開きながらシロネコくんを見た。
「……え」
シロネコくんの表情を見た輝明は思わずポカンとしてしまう。
「これ、貰ってもいいんスか?!」
いつもキリッとした二重が澄んだ瞳をより一層輝かせていたのに、今はなんだという。
輝明は今まで感じた事の無いような猛烈な熱さに襲われていた。
奥の方からゾワゾワとくるような、猛烈な、熱さ。
乾く喉に言葉が張り付いて、中々出てこない。
引っ付く言葉と動かない口。
そんな輝明の様子を見てシロネコくんは首を傾げる。
「島矢さん?」
「っ!!」
その問い掛けに輝明はバッと顔を上げシロネコくんを見た。
やっと、言葉が喉を、通る。
「……は、初めて……」
「え?」
「……初めて、キミに呼んでもらえて、嬉しいな」
輝明は物凄く充足感に満ち溢れていた。
久しぶりにこんなに嬉しいという感情を感じた。
会社を辞める前も辞めた後も、生きていてこんなに嬉しいと思った事は無かった。
こんなに人の笑顔を見て、湧き上がるような興奮を覚えた事も無かった。
名前を呼んでもらえて、嬉しいと思う事も無かった。
そして、輝明が心から笑えたのも久しぶりだった。
輝明にとって、今日は……そして彼は、やはり愛おしい存在だった。
(……なんて、俺は何言ってんだ)
慌てて、輝明はさっき口走った言葉を訂正する。
「わ、悪ぃな。1人で住んでっとちょっとした事でも大袈裟に感じちまって」
ハハハ、と乾いた笑いで誤魔化す。
シロネコくんはポカンと輝明を見たまま動かない。
それが輝明にとってどれだけの恐怖を与えただろう。
引かれていたらどうしよう、気持ち悪がられていたら、配達区域を変えられてしまったら─……
ここまで考えて輝明は案外自分が、他人からされてきたこと、言われたことを気にしていたんだと気づいた。
そう本当は自分が一番思っていたんだ。
男なのに男が好きなこと、女に興奮しないこと、もう一生親に孫の顔を見せてやれないこと。
当たり前の幸せが輝明にはこの世に産まれたときから与えられていないこと。
自分を嫌いだとは思わない。
生まれ変わりたいだとも思わない。
ただ俺がこの世で一番俺に対して、他と違うことに劣等感のようなものを感じていたんだ。
自己嫌悪には慣れている。
それと同時にけなされることにも慣れているから、今目の前に立つ彼にネガティブな言葉を投げられたとしても、笑って対応できると……思っていた。
「……島矢さんって、……可愛いんですね」
「……へ?」
予想だにしていなかったセリフに今度は輝明がポカンとする番だった。
冷えた麦茶が汗をかき、ペットボトルの周りに現れた無数の雫達が、ボトルから地面に垂れてコンクリートに黒い染みを作る。
(……か、かわいい……?)
「俺、島矢さんがそんなにふにゃあって笑うの初めてみました!」
悪気なしの満面の笑みでシロネコくんはそんな事を言う。
輝明はそんなシロネコくんの手に無理矢理ペットボトルを持たせ、頭に手を置いて言った。
「キミの方が充分、可愛いッスよ、シロネコくん」
口角を上げ、一般的に笑みと呼べるものを上手に浮かべ、輝明はシロネコくんの瞳を覗き込んだ。
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