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【第二部:淡雪は咲きすさぶ】
















※主要そうな人達だけ ※随時更新します
(キャラについて追記が欲しい事項、その他何らかのリクエスト等あればコメントもしくはTwitterまでお願いします)




◆宮村 律?ミヤムラ リツ

─PTSD持ちで体が弱い。明るく元気に、大切な人、好きな人と生きたいと夢見ていたが、諸事情により全てを自分から手放した。由伊の事が大好き。


◆由伊 陽貴?ユイ ハルキ

─律の事が8年前からずっと好き。律のことしか考えて居ないため、他人に対しての対応が極端。律が居ればそれでいい。律が居ない世界で生きる意味が分からない。


◆橘 宇巳?タチバナ ウミ

─大阪弁で軽快に話すのが特徴的な、律の友人。律を大切に思っている。


◆仲野 愛莉?ナカノ アイリ

─律をイジメていたリーダー格の女。あの時の自分を殺したいぐらいに猛省し、今は律の良き友人。


◆宮村 文崇?ミヤムラ フミタカ

─律の父。精神面に不安定な部分がある。律の前ではグラサン+マスク姿で現れる。


◆由伊 京子?ユイ キョウコ

─由伊の母。看護師。懐深い、皆のお母さん。


◆由伊 孝?ユイ タカシ

─由伊の父。警察官。情に厚く穏やかで温かい人。


◆由伊 真?ユイ マコト

─由伊の妹で寛貴の双子の妹。気が強く言葉がストレート。でも悪い子じゃない。


◆由伊 寛貴?ユイ ヒロキ

─由伊の弟で真の双子の兄。興味あるもの以外には基本無関心。最近のお気に入りは文崇さん。(?) 地頭が良い。


◆宮村 央祐?ミヤムラ オウスケ

─文崇の双子の兄で律の叔父。昔、律を誘拐監禁強姦し、つい先日まで服役していた前科持ち。自分なりの正当なものがある。





















生涯、1番愛していた人が炎に焼かれたと聞いた。



























頭が真っ白になった。

なんでそんな事になったのか、どうしてあの日家に帰ってきてくれなかったのか、聞くことは出来ないけれど何となく悟った。

宮村 律という人間は、人に上手く頼れない、甘えられない。
一度何かに対して少しでも責めれば、一生それは悪い事だと思い込んで自分の中に溜め込んでゆく。
例えば俺が、「今疲れてるから後にして」と言えばもう一生来ないほど、極端な男だった。

そんな彼に一目惚れをした由伊は、必死に追いかけてやっと手に入れたと思った。

彼が自分の家族に馴染めていない事は知っていた。けれど、それでも必死になってニコニコしてる姿に「俺が居なくても平気なんだ」という浅ましい感情が生まれて意地悪をした。
最初は、律の心が弱いことを分かっていたけれど嫌われる覚悟で厳しい事を言う『だけ』のつもりだった。

頼って欲しくて、助けてって言って欲しくて、由伊を信じてるから、と言葉が欲しかった。

今思えば、焦っていたのかもしれない。

いつかこのまま、律が自分から離れてひとりで生きていけてしまうんじゃないか、と。
律に、言うつもりのなかった『嫌い』を言ってしまった時、自分の中でも何かが終わった気がした。

好きな気持ちは変わっていなかったと思う。

けれど、それは綺麗なものじゃなくなった。

自分だけのものにしたい、所有物にしたい、独占したい、閉じ込めて、自分だけを視界に入れて、自分が律くんの体を作り替えたい、そんな醜い感情が一気に溢れだしてきた。

俺の『嫌い』にとらわれた律くんが愛おしいと思ってしまった。
そしてそんな感情を持った自分を酷く嫌悪した。

傷つけて、俺に縋ってくる姿に安心を覚えていた。

ただ、一つだけ言い訳をするとしたら、俺は律くんから気持ちが欲しかった。

なんでもいい、

俺と付き合える付き合えない、好き嫌い、

そう言ったハッキリした言葉を求めていた。

待つと決めたのは自分だったけれど、我慢するのも辛かった。
好きなのに、振り向いてもらえないかもしれないのにそばに居ると安心した顔をしてくれる。
期待しそうになった自分を慌てて押さえ込んでしまって、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて─……

全部が溢れ出した時には遅かった。




律くんは、死んだ





……そう思った瞬間に、体の力が抜け座り込んだ。

両親や真は慌ただしく家を出る準備や、電話で警察と話していた。
寛貴は倒れ込んだ文崇を支え、孝や京子と車に乗り込んだ。
放心していた由伊も真に引きずられ病院へ連れて行かれた。

道中、誰の声も耳には届いてなかった。


世界から、色が消えた。
……色のない世界でただ一つ、律くんが最期に送ってくれた『アネモネ』の写真だけは、鮮明に色鮮やかに由伊の瞳に映っていた。

……律くんは、アネモネの花言葉を知っているのだろうか。
いや、知らないんだろうな、きっと。

車窓から眺める景色も、何の色もなくてノイズは聞こえるけどそれが人の言葉だと理解するのにも時間がかかった。

今ここで息をしていても、彼はもう世界に居ない。

まるで自分も、死んだかのように思えた。

もしかしたら今ここでこうやって、座っているけれど皆には俺が見えて居ないんじゃないか。
もしかしたら俺には羽が生えていて、天使になれたのでは?
このまま車で天国へ行くのかもしれない、……

なんて、意味のわからないことを考えては目を閉じた。

真っ暗な世界が広がると、途端に浮かぶ彼の笑顔。

どうして自分は彼を真っ当に愛してあげられなかったのだろう。押し付けるだけじゃなくて、愛を伝えて彼が俺の気持ちについてこられるまで自制して、待って─……

だってこの恋を始めたのは俺なのだ。
俺から始めたことで振り回して、最愛の彼のSOSに気付けなかった。
愛をうたうのは簡単だ。でも愛を信じることは難しかった。

ああもういやだ、いやだ、いやだ、死にたい

彼のいない世界にはもう、なにもない。

信じたくない。
だって彼は今朝、俺に好きだと伝えてくれた。
俺はこの手で律くんを抱き締めた。
小さくて細い体を、俺は確かに抱き締めた。


いつの間にか、停車していて真に引きずり降ろされ病院へと連れて行かれた。
ズンズン俺の腕を引っ張って歩く妹に、強さを感じる。

けど、その手が震えている事に気づいていた。

いきなり立ち止まった家族の視線の先は、『集中治療室』の文字があった。
「……え?」
思わず声を出していた。
「何呆けてんの」
真の険しい顔に、由伊はポカンと口を開ける。

「……りつくんは、まだ、いるの……?」

自分の声は震えていた。
家族の視線を一気に感じた。文崇は未だ泣き崩れている。

……でも、律くんは生きている?

「……助かるかどうかは、……五分五分だそうだ」

ぐしゃり、と悔しげに歪まれた孝の顔にやっと現実に引き戻された気がした。
瞬間、体が突発的に動き病室の扉を開けようと手を伸ばした。

「止めなさい陽貴!!!!!」

グッと腕を掴み止められキョトンと父親を見上げる。

「……なんで?……いきてるんでしょ?ならあわなきゃ……律くん、喘息持ちなんだよ……ひゅーひゅーしちゃうでしょ……せなか、さすってあげなきゃ……」

律くんは生きてる。でも火事に遭ったのなら喘息になっちゃってるよ。
今日は寒いし、朝俺が泣かしちゃったから余計心も疲れてるだろうし、抱きしめて摩ってあげなきゃ、律くんに「ごめんね、もう大丈夫だよ」って言ってあげなきゃ、いけないよね。

「……陽貴。今は強くなくていいんだ。泣きたいなら泣きなさい。……お前だってまだ、高校生なんだ」

昔から、孝の言葉には不思議な力があった。
どれだけ反抗したくても、どうしても素直に聞き入れてしまう不思議な力があって、親父の言葉を聞けば落ち着けた。
それなのに、今はどうだろう。
落ち着くばかりか、ぽろぽろ涙が溢れて止まらない。
泣くなんて格好悪くて律くんに笑われるから止めなきゃいけないのに。
泣き虫な性格も、律くんの前じゃなるべく我慢してたのに。

……ああ、でも律くんはもう……居ないんだっけ……?

ただ呆然と宙を眺める俺の瞳から、重力に従って涙が落ちていく。





______________



「……火事の詳しい起因はまだ分かっていないが、二人が倒れていた場所から推測して恐らく仏壇のマッチの火が何らかの形で周囲に引火したのではないか、と刑事課は言っている」

文崇がいない所で、段々落ち着きを取り戻した由伊は孝と二人きりで話をした。

買ってくれたココアの缶を見て、ふと思い出す。
律くんが生徒会室の前で待っててくれたこと。
あの時、ムキになってココア受け取らなかったけど……律くん、悲しかっただろうな。

……思い返せば、律くんに酷いことしかしてない。

「……律くんが火傷も少なく助かったのは、律くんの上に覆いかぶさって守ってくれた人が居たかららしい」

律くんを、守った人物……?

「……それが……」

親父は言いにくそうに顔を歪める。
なんとなく、察しがついてしまった。

「……律くんを襲った犯人で……文崇さんのお兄さんだそうだ」

……やっぱりな。

「……なぜ、律くんが彼とあの家に居たのかもうこれは本人たちしか分からないし、……ただ、」

力を込めた孝の手は白くなってしまっていた。

「俺はあの時の自分が許せない」

自分の心の声が、思わず出てしまったのではないかというぐらいリンクした言葉に、思わず孝を見つめた。

「……初詣の帰り、律くんは一人で寄りたい所があると言った。けどその辺から様子がおかしかった。……帰るのを諦めてるような……」

帰るのを、諦める……。

「文崇さんも怪訝に思って律くんにちゃんと帰ってくるよう釘をさしていた。……彼は、嘘をつけない子だから……まさかとは思っているけど……」
「……それはつまり、律くんが自分であの男との死を選んだってこと?」

親父はこくり、と頷く。
怒りに震えたような、憎しみ、憎悪、後悔、懺悔……色んな負の感情が親父を襲っているように見えた。

ただそれは親父だけじゃない。
病室の前で、窓ガラス越しに律を見つめる皆がそうだった。

もちろん、俺も。

「……その男は今どこの病室にいんの」

低くなった自分の声に気づきながら、孝に問うた。

「…………行っても無駄だ」
「どういう事」

唇を噛み締めて血が滲んでる孝を見つめ、問い返す。

「…………彼は、……律くんをアパートの外に連れ出してこの病院に運ばれた後、病室から抜け出して失踪したらしい。……刑事課が前科も含めて殺人未遂として詳しい事情を訊くために彼を探している」

……意味が分からない。
律くんを死に追いつめたのはアイツなのに、なんで庇って助けたんだ。

おかしいじゃないか。

「…………ッ意味、分かんねぇよ!!!!!」

ダンッと横の自販機をぶん殴ると、静かな病院に音が響いた。
息子の叫びに孝は何も言わなかった。

あの男が居なければ、律くんはああやって人に怯えることも無かったし、普通に恋して普通に結婚して、幸せに暮らしたかもしれないのに。

好きなことを好きなだけたくさん出来たかもしれないのに。

……でもそれは、俺だって同じだ。
俺だってあの男と変わらない。律くんを責めて、焦らせて、結局こうやってひとりで抱え込ませた。

俺だって、同種じゃねぇか。

守ってあげなきゃいけなかった。
抱きしめてあげなきゃいけなかった。
大丈夫だよ、って、……頭を撫でて、安心して泣ける場所を作ってあげなきゃいけなかった。
律くんの幸せを、一番に喜んで望んであげなきゃいけなかった。
笑顔を見届けて、笑い返さなきゃいけなかった。

それなのに、俺はずっと何やってたんだ。




_____________



律が集中治療室から一般病棟にうつり酸素マスクをつけられて寝かせられるまで約一ヶ月半かかった。
まだ意識は戻らない。

同じように由伊たちの時も進み、由伊は三年へと進学した。

律の居ない学校に通う気がなく、由伊は不登校になっていた。
孝や京子も、進路のことをなにか言いたげにしていたが、息子の憔悴ぶりに口を出すことはできなかった。

由伊は文字通り毎日、面会時間終了まで律くを見つめ続けた。
時に手を握って温かさを確かめて、心臓に触れて鼓動を確認した。
小動物のようにちょっと早い鼓動が、嬉しくて安心する。

すやすやと眠る律の顔色は、心做しか起きてた時より良い気がする。

……何かいい夢でも見ているんだろうか。

「よぉ由伊、元気しとったかぁ?」

ガラガラと音を立てて軽快な大阪弁で入ってくる橘に、由伊は適当に「……ああ」と返す。

「なんやもちっと明るく挨拶出来へんのかい」

ぐちぐち言われつつ、律から目は離さない。
もしかしたら、瞬きしたその一瞬で彼が目を覚ますかもしれない。

「りっちゃん今日も可愛ええ顔して寝とんなあ」

ニコニコ律を見つめる橘を無視して、律をじぃっと、眺めた。

「なあ由伊。お前顔色ごっつ悪いで。寝とるんか?お前まで倒れたら親御さん可哀想やろ」

不意に心配され、ボーッと橘を見る。

「……おーい、聞いとんのか?」

呆れたように覗き込まれ、橘を越えて律に目を戻した。

「……お前なあ。りっちゃん死んだわけとちゃうやん。ここで必死に生きてんねん。今はちぃとばかし目覚められへん夢でも見とんねやろ。そのうち目ェ覚めるて医者にも言われたんやろ?」

酸素マスクが、律が息を吐く度に白く色づいてくれて安心する。
その色を見ないと怖くてたまらない。
呼吸が止まったらどうしよう、ふとした瞬間に死んでしまったら……

「由伊!!!」

ガッと肩を掴まれ、揺さぶられる。
その衝撃に軽く目眩がした。

「顔真っ青やん。自分食べて無いんちゃう。あかんで由伊。りっちゃんが目ェ覚めた時、お前が倒れとったらどう思う?寂しくて泣いてまうやろりっちゃんが」

寂しくて?泣く?律くんが?どうして?

「どうして……って、お前なあ。りっちゃん、火事に遭う前、俺と仲野に電話してきてん。今思えば、……アレは最期の挨拶のつもりやったんやろうけど……」

電話……最後の挨拶……

律くんは、ちゃんと準備をして死のうとしたんだ。

死にたくて、死のうとしたのは、俺のせい?

「……由伊と両想いになれたんだ、って笑って教えてくれたよ」
「……え」
「りっちゃんの様子が変やったから、胸騒ぎもしとったし……。でもちゃんとりっちゃんは電話で、お前を好きになったこと教えてくれたんやで」

……そういえば、律くんの異変に気づいて駆けつけたのが橘で、病院に連れ添ってくれたんだったような。

あの後病院に居なかったのは、たしか警察で事情を聞かれてたからだったような……。

「お前のことをハッキリ好きやと言うた人間が、お前のせいで自殺を選ぶわけ無いやろ。絶対別の理由があったんや。お前のせいやない」

……俺の、せいじゃない

他人から言われるとは思わなかった。
俺はあの日からずっと俺のせいだと思っている。

……いや、実際俺のせいなんだ。俺がもっと大人なら、上手くやれた。

俺が餓鬼だったから、こうなった。
馬鹿で、クズで、頼りなくて、だから……

「由伊。悲観するのはもうそろそろ止めにしようや。自分のせいやと思いたいんやったら、それはりっちゃん自身に言われた時そう思えばええ。今はりっちゃんが目覚めたら何さしたろか考えよ?な?」

甘いもん食べさしたいなぁ、りっちゃん甘味好きやし、なんて笑う橘の口角は引き攣っている。

橘だって吹っ切れてないんだ。
一番最初に友人が死にかけてるのを発見したのだから。


無理矢理笑顔を作ってもすぐに分かる。
悲しみから抜け出すには、あまりにもまだ日が浅すぎるんだ。

ねぇ律くん。
もうそろそろ、夢から醒めてもいいんじゃないかな、

俺は君がいなきゃ息もできない弱虫なんだ。
起きて、「馬鹿だな」って笑ってよ。







______________




「由伊くん、いつも来てくれてありがとう。でも今日は僕が見てるから君は少し休んだ方がいいよ。京子さん達も心配してたし、何より顔色が凄く良くない」

今日もいつものようにボーッと管で繋がれた律くを見ていたら、文崇がやって来た。

文崇は律が火事に遭った後から、何かに取り憑かれたように仕事をしていた。
由伊からしたら、平日早朝から終電まで仕事して土日はつきっきりで律くを看ている文崇の方が、いつ倒れてもおかしくないぐらい痩せこけていた。
疲労もあってか、律に似た穏やかな笑顔は見る影もなかった。

「……それは文崇さんの方ッスよ」

ガラガラとドアを開け、真と寛貴も入ってくる。

ああ、そっか。
こんなに皆が来るのは、今日が日曜日だからか。

寛貴は何故か文崇を甲斐甲斐しく世話しているようで、文崇も寛貴を見ると安心した顔を少しだけするようになった。

「ハル兄、そこ詰めて」

ぶっきらぼうに真に言われ、譲るとドスッと隣にかけてきた。
あの日以降、真は毎日何かを考えているような顔をする事が増えた。

律が火事に巻き込まれて、全員の生活が変わった。
でも逆に言えば、皆が変わってしまうぐらい律は愛されていた。

律くんはちゃんと理解していただろうか。
俺らが本当に律くんを大切に思っていたこと。

母さんは気丈に振舞っては居たけど、やっぱり何処か疲れている。
父さんと文崇さんも仕事の合間に警察から連絡が来たり何なりで休む暇も無い。

寛貴はそんな文崇さんのケアをしていて、真はずっと何かを思案している。

「……兄貴、なんか飲む?買いに行こうぜ」

珍しく寛貴が話しかけてくる。

「あたしも行く。文崇さんは?何飲む?」
「コーヒーだって」

寛貴はまだ返事をしていない由伊を無理矢理引っ張って立ち上がらせる。

「……っでも、みてないと……っ」
「いいから。来いって」

イラついた寛貴の様子に何も言えず、大人しく着いてくことにした。
ロビーの自販機で人数分の飲み物を買い、珍しく兄妹三人になった。
ソファに並んで腰かけ誰も話さない。

「……なあ。そろそろ学校行けよ」

沈黙を破ったのは寛貴だった。

「…………」
「あのさあ、確かに律さん所は今大変で文崇さん見てればキツいのは分かる。けど同時に兄貴も大事な時期だろうが」

一つ下の弟に諭されるダメな兄貴だな。

「……でも、律くんの居ない学校行ってどうすんだ?俺は律くんの為に全部頑張ってたんだ。居なくなったら意味が無い」

諦めたように、フッと笑えば寛貴はガタンッと立ち上がった。

「……それは、原動力が律さんだっただけで兄貴が全部努力した事に変わりはねぇだろ。母さんも親父も下向いてばっかいらんねぇからって聞きたくねぇことまで聞かされてても、笑顔つくって働いてんだよ。お前は、何とも思わねぇのか」

……それは、思う。両親には大きな負担がかかってると、思う。

「兄貴には、律さんのために兄貴にしか出来ねぇことがあるんじゃねぇの。それは兄貴が自分の頭で考えなきゃ他の誰も分かんねぇよ」

寛貴は元来地頭がとても良いんだと思う。
物事の肝が分かっているんだ、きっと。

「……あたしはさ、」

ずっと黙って聞いていた真は静かに発した。

「全部、後悔してる。律さんと最期の会話、あたしなんて言ったと思う?"あんたのこと、大っ嫌いだから"だよ?……でも律さん、泣くの我慢して、あたしが悪いのに"ごめん"って謝ってきた」

あの時の律くんは、全部我慢していたよな。
耐えて耐えて耐えて、ダメだったから死を選んだのかな。

……死にたかったのかな

死にたかったならもしかしたら、このまま意識が戻ることを望んで居ないんじゃないか。

「……あたしは律さんが起きたら、思い切り甘やかしたい。あたしが律さんにしてきた事言ってきた事、全部謝ってやりたい事させてあげたい」

真は耐えるような顔で、苦しそうにそう言った。

「……俺は、律さんに興味無かった。いや、無いわけじゃないけど別にって感じだった。きっとそれでも良かったんだろうけど、もう少し気を配ってればこうはならなかったかもしれない。律さんは俺らに気を遣ってくれてたのに、何一つ出来なかった」

震える息を吐き出す寛貴。
いつもの俺なら二人を慰めて励まして笑いかけれたけれど、今は到底駄目だった。
ボーッと宙ばかり眺めている。

「……お前らは悪くないよ」

俺のセリフに二人は「え?」と見てくる。
ふらりと立ち上がって缶を捨てた。
律くんの所に戻らなきゃいけない。もしかしたら目が覚めてるかもしれない。
早く戻って呼吸してるか確かめなきゃ。

ゆらゆらと病室に戻りドアを開けようと手を伸ばした時、部屋の中から啜り泣く声が聞こえてきた。

「……っごめん、ごめんなぁ……っ」

苦しそうに吐き出される言葉たちに、これが文崇の叫びだと知る。

……だからアイツら、俺に出てけって言ったのか。
……そうか、俺が馬鹿みたいに律くんのそばにいるから吐き出したい人が吐き出せて無かったんだ。

馬鹿だ、俺

自分の事しか考えてない。なんで周りはこんなにも、誰かの事をおもって動けるのに俺は俺の事しか考えてないんだろう。
こんなんじゃ、もし目が覚めてもまた律くんを泣かせちゃうな。

開けようと伸ばした手をだらんと脱力させ、病室に背を向けた。


俺は初めから分かっていた。
俺じゃ律くんを幸せに出来ないこと。笑わせてあげられないこと、全部分かってた。
だから律くん達と温泉に行ったあの日、思わず橘に言ってしまったんだと思う。

"橘だったら"と。

あれは本当に本心だった。どれだけ想いが強くても、好きで好きで仕方なくても、想いが強いだけじゃどうにもならない事。
結局、独りよがりなだけだということ。
他人を見て、考えて、行動して、それが出来る人間じゃなきゃ他人を幸せになんてできない。
どれだけ律くんの好きな物をリサーチしても、行動把握しても、それは意味が無いんだ。
好かれることを考えてちゃ、好いてくれるわけ無いのに。
なのに律くんは俺を好きだと言ってくれた。

あれは嘘じゃないんだよね?信じていいんだよね?

律くんは、死ぬつもりだったから『俺とは幸せになれない』って言ったの?

どうして俺たちはいつもすれ違ってしまうんだろう。
好き同士であるはずなのに、どうしてうまくいかないんだろう。
好きなら好きでくっつけばいい、嫌いなら離れればいい。
どうしてこんな簡単なこともできないんだろう。

俺の何が悪かった?
律くんを突き放したことだ。

突き放して、一人にしたことだ。

やっぱり閉じ込めておかなきゃいけなかったんだろうか。
ちがう、そんなんじゃ駄目だろうが。

「はぁ……」

寒空の下、俯いた顔を上げて深いため息をついた。
白い息がふわりと流れて消えていく。

そういえば、律くんは白い息でよく遊んでいたな。
そんな律くんを隣で見守るのが好きだった。
どうしようもなく愛おしかった。

俺は、律くんが好きだった。

恋をしていた。
それだけなのに、なんでこんなに苦しいの

どうして隣に律くんがいないの

他のだれかじゃない

心から、キミだけがよかったんだ。





_____________





相も変わらず目を覚まさない律を今日も見つめていた。

「由伊くん、大丈夫?疲れてない?」

並んで座っていた文崇に微笑まれ、驚く。
文崇の方が痩せこけて、疲労感溢れているのにどうして律もだったけれど、親子そろって他人の心配ができるのだろう。

でもそれを言ってしまっていいのだろうか。

アナタの方が疲れてますよね、って言えるのか。
言ってしまったら、文崇は崩れ落ちてしまいそうで怖かった。

「……いえ」
「……そう。由伊くんは律の事好き?」

至極、穏やかな声とトーンでそんなことを言われドキリと胸が鳴る。
それはどういう意味で?
恋愛として?友人として?

文隆には律から言ってほしかったけど、この場合言ってもいいのだろうか。

……まぁ、もういいか。

「……はい。好きでした」

「……ふふ。過去形?」

悪戯顔で笑われ、ハッとする。

「……ぁ、っ違います!!違うのに、おれ……っ、おれ、すみませ……っ」

自分の幼さに吐き気がする。
なんで俺はいつもこうなんだ。
他人を傷つけて、……苦しい

「ううん、大丈夫だよ。ごめんね」

なんで文崇が謝るんだ。
謝るのは俺なのに、

心臓がバクバクして痛い。

「……なんとなくね、律くんと由伊くんは想いあってると思ってたんだ」
「え……」

思いもよらぬ言葉に、文崇を見つめる。
文崇は遠くを見つめ、ぼそりと呟いた。

「……僕はね、律を、守れなかったから……。守れない挙句、傷つけた人間とそっくりなせいで怖がられちゃうなんて、滑稽でしょ?……ダメな父親なんだ」

「っそ、んなこと……っ」
「ううん。いいんだ。……今は、責めてほしい。自分の息子を二度も救えなかったダメ親だって殴ってもらいたい……っ」

瞳をうるわせて必死に泣くのを耐える姿が、律と重なり何も言えなくなった。

「……自分を責めてたってどうしようもないからね。律が目を覚ますわけでもない。だからといってぼーっとしているわけにもいかない」

文崇さんはきっと、俺の背中を押そうとしてくれている。
俺は、文崇さんに気の利いた言葉一つかけてやれないのに。
いや、かける権利ないな、俺なんかに。

「僕は、律に何があっても律の父親だからね。お金を稼いで律を眠らせておいてあげることしかできないけど、……それだけは、できるから」

どうしてみんな、自分の役割をそんな明確に見いだせるのだろう。
真も寛貴も、律くんが目を覚ますことを祈って日々生きていた。

母さんや親父も、律くんの目が覚めたら、文隆さんも連れてあそこに行こう、なんて話をしていた。

俺は?

俺は何をしているんだ。

「……陽貴くん。律を愛してくれてありがとう。律、いつも楽しそうだよ。あんなに安心しきった顔を他人に見せる日がくるなんて思わなかった」

それは違う

「……っおれは……、律くんを、なかせてばっかりで……っ、すみませっ、すみません…っ」

下唇を噛み締めた。
血の味がしてしまうくらいに、強く、強く噛み切った。

そこまでしなきゃ、涙を流してしまう気がして恐ろしかった。
俺が泣けるわけない。

文崇さんの方がよっぽど泣きたいのに。

「……ううん。恋なんて、そんなものだよ。苦しくて、つらいものだ。陽貴くんは、律と居て幸せになれた?」

ぎゅっと律くんと同じ香りに抱きしめられ、思わずすがってしまう。
こんな、俺より細くて繊細で今にも折れてしまいそうなほど弱っている人に何をさせているんだろう、俺は、

でもきっとこれが、無償の愛 の暖かさなんだな。

親父の大きくてごつい手にがさつに撫でられた時とよく似ているけど、やっぱり違う。

文崇さんはきっと、律くんを抱き締めたかったんだ。

でも出来ない。

「……っ、幸せでしかないです……、俺は、律くんが……いちばん大切なんです……っ」

抱きしめられる強さに、安心すると同時に、なんで律くんが居ないんだと寂しさが募っていく。

さみしい、さみしい、さみしい、さみしい、さみしい

律くんが笑ってくれないこと、目を開けて俺を見てくれないこと、嫌だ、信じたくない

俺はずっと夢を見ているんじゃないか?

覚めない夢を

「陽貴くん。……今僕には、陽貴くんがいちばん、律が目を覚まさないことを信じているように見えるよ」

その言葉にハッとして文崇を見上げる。

「……陽貴くんは律を失ったと思ってない?律はね、まだ……っ生きてるんだよ。生きて必死で呼吸してる。律はきっと今のこの世界を生きたくないと思ってしまったのかな。だからこんなことしたんだ」

俺は、何から何まで人任せで、何一つ頑張ってない。

「……律が目を覚ますと決めて戻ってきてくれた時、また同じ世界じゃ申し訳ないと、僕は思うんだ。……っだから、陽貴くん、……僕と、がんばろ……っ?」

ぼろぼろと涙を溢す文崇さんを見て、俺は何をやっているんだと激しく後悔した。

『前を向こう』という言葉は、文崇さんがかけてもらう言葉なのに、どうして俺が慰めてもらっているんだ。
こんなにも苦しく顔を歪ませて、今にも泣きわめいてしまいそうな文崇さんに気づきもせず悲観して、嘆いて、それの繰り返し。

つくづく俺は、人をみることができない人間だな。

……そりゃあ、律くんも俺とじゃ幸せになれないわけだよね。


ごめん。


ごめんなさい。




_____________




翌日、由伊は事故が起きてから初めて律の病室には顔を出さず、図書館へと向かっていた。

別に前を向いたわけではないし、律に飽きたわけでもない。
むしろ本当は彼の元へ行きたいし、自分が外にいる間に律が目を覚ますんじゃないかと居てもたってもいられない。

でも昨日、文崇が泣きながら言った『律が目を覚ました時同じ世界じゃ、申し訳ない』という言葉に共感せざるを得なかった。

未だになぜ、あの二人があの場所に居てどうやって火事が起きたのか、火事の原因は分かっているが、火事を起こさなくてはいけなかった動機までは語れるものが居ないのでわかっていない。
央祐の方は警察が行方を追っているらしいがめぼしい情報は何一つつかめていないらしい。

それはいいんだ、そういうのはプロに任せておけばいい。

俺はやっとわかった。

いつまでも俯いて、律くんを見つめて自責の念に駆られるのはもうやめなきゃいけない。
いや正確にはやめなくてもいいんだ。
責めたいだけずっと責めていればいい。

ただそれは、表に出してはいけない。
俺は、律くんを傷つけた央祐という人物となんら変わりない自分勝手な人間なんだ。
そんな人間が、今も自分勝手に『傷つきました、凹んでいます』なんていっちょ前に被害者面してはいけない。

律くんは、我慢強い子だった。
自分で考えられる子だ。

どうすればいいのか、必死に健気に俺と向き合ってくれた。

俺と一緒になれないと言ったのも、自分がこうなることを分かっていたからだろう。
俺のためを思って、苦しかったはずなのに答えを出してくれた。

いつだって相手の事を一番に考えられる素敵な人だ。

じゃあ俺は?

律くんのことだけを一番に考えられる自分は好きだ。

けれどそれだけじゃいけないのも十分わかっている。

俺はきっと人として生きるには何かが欠けているんだ。

『何が』かははっきりと分からないけれど、きっと今のままじゃ律くんと釣り合う男にはなれない。

強くならなきゃいけない。
律くんを守れるくらいに……、いや、律くんだけじゃないな。

律くんや、律くんの大切な人、俺の世界の律くん以外の大切な人、

全員を守れるくらいに強く、賢くならなきゃいけない。

俺が律くんの隣に居ていいかは律くんが決めればいい。
目が覚めて、現実を目の当たりにした律くんがすべて、決めればいい。

律くんの、奇跡的な尊い人生なのだから。





_____________




図書館についた由伊は初めて来たこの建物が五階建てであることを知り、フロアマップを眺める。
目的のものは三階にあるらしい。

静かな空気の中微かに聞こえる本を捲る音や、配慮された足音、時折スタッフと利用者の控えめな話声も聞こえる。階段を一段ずつ踏みしめた。

三階に上がり、ずらりと並ぶ本たちに圧倒されながら、人文学系等の棚に行きタイトルや中身を見漁る。
数冊手にして五階の閲覧スペースに行き、全てに目を通そうと意気込み、深く腰かけた。











数冊読んで、何か道筋が見えた気がした。

自分のこと、人間について。
明確な何かはまだはっきりとはしないが、なんとなくするべき事、したいことが理解できた。
本は偉大だというけれど、確かにそうかもな、なんてひとり苦笑する。
暫く活字と向き合っていたからか、少し眩暈と頭痛がしたため隣接されているカフェに行くことにした。
ここでは本の持ち込みが許可されているようで、本の続きでも読もうかと抱え、適当にサンドウィッチとコーヒーを頼んで窓際の一番後ろの席に着いた。

まだ開館してすぐの時間だからか、人が少なくて落ち着く。

暫く外の景色を眺めていると、「陽貴?」と懐かしい声が頭上から降ってきた。

「やっぱり陽貴じゃん!ひっさしぶりだなぁ〜!あれ?なんか痩せたか?」

金色の長い髪を邪魔そうに後ろで束ね、屈託ないやんちゃな顔で笑いかけてきたのは、疎遠になっていた幼馴染の水津(みづ)だった。

「……みづ」
「おーおーどうしたぁ?元気ねぇじゃん」

あっけらかんとした性格は昔から何も変わっていない。
この何でも笑い飛ばせてしまう男でもたくさん苦労しているのは由伊がいちばんよく知っている。

「なんでここに居んだ、お前」

コーヒーを啜りながら訊くと、水津は紅茶を飲みながら「んー?」とニコニコしている。

「俺ここの近くでバイトしてんだけど、店長がたまには休めっつって無理やり休まされたんよ〜」

本当にこいつはケラケラ楽しそうに話す奴だ。
面白くもないのに、どうしてこう軽快に笑えるんだろう。

「お前、なんかあったべ」

水津にニヤリとのぞき込まれ、ため息を吐く。

「別に何も」

そっけなくそう答えると、「ふぅん」と疑わしい目線を向けて、再び口角を上げた。

「俺の予想はぁ〜、好きな子とトラブった!仲直りしたいけど、相手が何に怒ってんのかわっかんねなぁ〜って感じ?」

当たってはいない。
……けど、外れてもいなかった。

なんて返すべきかわからず、思わず固まってしまう。

「ふはっ、当たりかよぉ〜!ってか、それで、この本読むってお前は本当に不器用な奴だなぁ〜」

ゲラゲラ笑われ、少しムッとする。

「……当たってるなんて言ってねぇだろ」
「でも外れとも言ってないよなぁ」

昔から水津には敵わない。喧嘩も俺と同等に強くて、でも俺は周りに怖がられるばかりで人は寄ってこなかった。これだけ喧嘩して人を殴って暴言吐き続けていれば当然だと思って気にはしていなかったが、水津は違かった。

どれだけ凶暴な姿を晒しても、水津はみんなに慕われていた。
ルックスもいいからか、ずっとモテていたし人当たりもよくて細かな気遣いができる男。

由伊と水津は対局な人間だった。

「なぁ、そんな困ってんなら話してみぃ?俺ならお前より他人の事考えられるぜ?」

クシシ、と悪戯に笑うが今の俺には気遣われない感じはどこか心地よかった。

「陽貴」

おちゃらけているようで、どこか真剣に俺を見てこようとする、全力でぶつかってこようとするコイツが心底苦手で……心から信じていた。

だから、すべて話していた。
今思えば俺は、相当弱っていたのかもしれない。








「馬鹿だな!」

開口一番、盛大に言い放たれ、ガツンと殴られた気分になった。
律くんの事をすべて話した俺に、正直に言ってくれるのは水津だからできることなんだろうな。

「お前は昔から大馬鹿の介だよ。相手の気持ちはちっとも考えねぇで自分勝手に生きてる酷いやつだ」

ムスッと言われ、心にグサグサ刺さっていく。

「お前の悪いところは自己完結しちまうところ。自分の事もよくわかってねぇくせにかっこつけて分かった気になって距離をとって相手を図ろうとする臆病者なんだ」

……今のメンタルにこの攻撃は結構クるな……。
だがその通り過ぎて、反論はできなかった。

「そんで、そんな状況になってんのにお前はいちばん苦しんでるお相手さんの親に自分を慰めさせた。大馬鹿者」

ズキリと心が痛む。
あの時の文隆さんの顔が苦しくて、罪悪感で胸が痛い。

「お相手さんの親が優しくて良かったな。俺が親の立場だったら殴ってたぞ」

水津はふんぞり返って俺を見据える。
その澄んだ瞳に心の内もすべて見透かされていそうで、怖くなる。
心が空っぽに、なってしまう。

「……でもお前は、考えたんだな。考えたから此処に行きついたんだろ」

ふと声が甘く慈愛に満ちていてひどく優しく心に溶け込んでいく。

「……頑張ったな」
「……、」

瞬きした瞬間、ぽろっと涙が流れてしまった。
我慢していた涙が、零れ落ちてしまった。そのままぼろぼろと涙が溢れてくる。
あんなに我慢していたものが、なんで今になってこんなに流れ出てしまうんだ。

おかしい、おかしいな、

「……まったく、昔から泣き虫だなぁ、お前は」

困ったようにハンカチを差し出してくる水津に、こういう気遣いもさすがだなと思った。

「陽貴はさ、全部溜め込みすぎんだよ。だから自分の中で馬鹿な妄想が広がってカッとなってやっと吐き出せた頃には内容が飛躍しすぎて相手には理解できないんだよ。なにが?どうして?って」

……確かに俺は、言わないかもしれない。

というか言えるような相手が居なかった。
水津みたいに俺を見てくれる人が、居なかった。

……いや、居たのかな。
俺が周りを見ないせいで気づかなかっただけなのか。

「いっこずつな、過程を伝えてやんなきゃ、相手はお前の頭ン中なんて見れねぇんだから。お前も同じだろ?」
「……そう、だな」

こんな人として当たり前の事、人に言われなきゃ気づけなかった。
水津は自分で学んでいったのかな。

「そうやって、自分傷つけてまでしなきゃ我慢できねぇ涙は、流していいもんだからな」

またいつの間にか、手のひらに爪を食いこませてしまっていた。
血が僅かに滲んでいる。

「……ほんと、不器用な奴だな」

呆れたように笑われて、俺もなんだかおかしくなってしまった。

「……馬鹿なんだよ、俺は」

どうしようもない大馬鹿なんだ。

「そうだな!お前は馬鹿だ!そしてそんなお前の親友をやめられねぇ俺も馬鹿だ!」

ハハハと豪快に白い歯を見せて笑う水津に、つられて俺もわずかに口角を上げた。
こうやって水津と笑いあえるのは何年ぶりだろうか。

今は、楽しい、という感情を出してよいのか分からないけれど、少しだけ心が晴れた気がした。




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