俺はΩ性として産まれた。
昔から、ただでさえ体が強くないのに加えオメガ性という体質のせいで、色々辛く苦しい事が多かった。
俺は小児喘息を患っていて一時期発作も起きず治っていたのだが、妊娠をきっかけに今度は大人喘息になり、発作に苦しめられている。
気管支が弱いと、体もあまり強くない印象があるがその通り、Ωであると同時に発情期も勿論ある。
だが俺は、発情期に上手く発情出来ずに風邪の少し重いような症状になってしまうらしく、毎回ヒート期には喘息、高熱に悩まされている。
そんな俺には、大切な家族がいる。
恋人……いや、今は旦那と呼ぶべきか……少々照れるが、旦那でαの由伊 陽貴(ゆい はるき)と、娘の由伊 こはるだ。
陽貴とは、高校時代に出会い紆余曲折あって結ばれた。
あの頃は本当に色々あった。
俺の抱えているものが重すぎて、陽貴に沢山の迷惑や負担をかけてしまっていたのに、陽貴は全てを受け入れて包み込んでくれた。
勿論、優しいばかりではなく、俺が悪い時はしっかりと叱って教えてくれる。
そんな陽貴が世界で1番大好きで、安心出来る存在なのだ。
娘のこはるは今年で7歳になる、小学1年生の活発な女の子で、本当にやんちゃで元気で休日「あそんで!」と言われる度に体力のない俺の方が先にダウンしてしまう。
昔、高校卒業した後俺も一時期社会に出て働いていたが体調が優れずに今は専業主婦をやらせてもらっている。
陽貴の稼ぎだけで生活出来てしまうので、大助かりだ。
俺は体調を整える事を1番に考えつつ、1つ大きな問題に日々向き合っている。
……それは、
「……こはる、また怪我しちゃったの?」
こはるの怪我が学校に行くたびに増える事だ。
原因は恐らく、俺……だろう。
「うん、ころんだ〜」
ケロッと言って退けるこはるは、楽しそうにお絵描きをしている。
そんなこはるの頭を撫でながら、心の中は不安で仕方が無い。
多分こはるは小学校でイジメられているのだろう。
理由は、両親がどちらも男だから。
もっと言えば、母が男の俺だから。
世の中に3つの姓があると言っても、α、β、Ωで成り立っており、最も多い姓はβだ。
普通階級の姓で世の中が成り立っているというのはつまり、世の中の当たり前が『男女婚』だということ。
Ω男性とα男性の結婚、また逆の性別も然りそれは当たり前では無く、今でもまだ根強い差別が残っている。
そしてそれは子供社会にも勿論あり、こはるは多分俺が男だから学校で色々言われているんだと思う。
保護者参観の時や、面談の時の様子で大体分かる。
参観日はクスクス親含め、生徒達に笑われていたし、面談の日はそれとなく担任に聞くと「まぁでも、こはるちゃんは平気そうですよ?」なんて言われた。
担任もこちらの肩は持ちたくない雰囲気を醸し出していたので、それ以上何も言えなかった。
こはるが平気なわけない。
まだこの世に産まれて7年しか経っていないほんの子供なのに、……子供には重すぎる話題だ。
ましてや、こはるは何も悪くない。
俺が産みたくて産んだ子供なんだ。
こはるの怪我には陽貴も気づいていて、見る度に怪訝な顔をしてこっそり俺に聞いてくるけど、ただでさえ激務な陽貴は真夜中に帰ってくるし、休日も中々起きれないぐらい疲れているのだから、心配かけたくなくて、「俺と遊んで怪我させちゃった」と答えている。
陽貴には俺が働けない分、沢山頑張ってもらっているのだから、こはるや学校の事、ましてや俺自身の事なんか俺がやらなくては、陽貴の負担が増えるばかりだ。
俺がしっかりしなくてはいけない。
ニコニコお絵描きをしているこはるに、それとなく話しかけてみた。
「こはる、お友達と最近遊んでる?」
不安がらせずに、そう問うとこはるはぴくっと少し固まり不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「?なんでそんなこときくの?」
……そうだよな、そう思うよなあ。
「最近、遊びに来ないなあと思って。こはるもずっとお家の中じゃ退屈しない?」
「!!おそとつれてってくれるの!?」
パアッと顔が明るくなり、キラキラした目になってしまった。
……いや、そういう意味じゃなかったんだけど。
「お外、行きたい?」
苦笑しつつ問いかけると、こはるは「いきたい!!」と笑顔になった。
こはるもこはるなりに、俺の体に気を遣って外に遊びに行くのをセーブしていてくれているらしく、余程の時でない限り外に行きたいと言い出さなくなってしまった。
つくづくダメな親だな、俺は。
自分に落胆しつつ、こはるに上着をきせ2人で靴を履いた。
手を繋いでぽかぽかの春の陽気の中、あーだこーだ話をしながら歩いていると、近くの公園に着く。
結婚したての時、陽貴と2人で家の場所を考えた。
陽貴も会社から近く、俺も家事が負担にならないように体もラクなようにスーパーやコンビニ、家電量販店、服屋、公園、病院等が近い場所にした。
そのお陰が10分も歩けば公園に着く。
それはイコール、学校の子達も遊ぶ公園なわけで、いつもはあまり人に会わないのだが今日は、運悪く先約が居た。
「あー!ゆいだー!」
ブランコで遊んでた男の子達がこはるを見て指さして叫んだ。
「うわあ!こはるのかあちゃんもいるぜ!!」
「なあなあ、ゆいのかあちゃんは、おかまなんだろお!?」
「おとこなのにおとことけっこんしてんだぜー!!へんなのー!!」
大きな声で無邪気に叫ばれ、通行人がチラチラと俺たちを見ている。
ここに男の子たちの親は居ないらしく、こはると繋いでいる手にじんわり嫌な汗をかいた。
「こはる、おまえおとこからうまれたんぜー!?おれらとちがーう!!」
「きもちわるー!!」
ゲラゲラと笑う彼らの姿は、かつて俺を嘲笑ってきた人間と全く同じで目眩がした。
こんなに小さな子でも思うほど、俺たちはおかしいのだろうか。
昔から散々言われてきた事ではあるが、男が男に恋することは、そんなに爆笑出来るほどおかしいのだろうか。
……いや今は自分の事じゃなくて、こはるを守らなきゃ。
きっとこの子は、学校に行くたびにこうやって言われてるんだ。
1人で、俺らに言わず我慢してるんだ。
「こはる、別の公園行こうか」
しゃがんで声をかけると、こはるはぎゅっと俺の手を強く握ったかと思ったら、パッと手を離して男の子達の方へ走って行く。
「え!?こはる!?」
ビックリして叫ぶと、こはるはドンッと男の子を砂場に突き飛ばした。
「まいにちうるさい!!」
ギャンッと叫んだこはるは、ポロポロと涙を零した。
「おまえ、なにすんだよ!!!」
男の子がこはるに掴みかかり、こはるも抵抗する。
俺は慌てて子供たちの間に入り、「待って待って!!」と引き剥がす。
こはるを抱き上げ、男の子に謝った。
「ごめんね、怪我してない?本当にごめんね、汚れちゃったよね」
男の子に触れようと手を伸ばしたら、バシンッと思い切り叩かれた。
「ちょっとアナタ!!うちの子に何してるんですか!?」
キンッと甲高い女性の声がしたかと思えば、数人の女性が俺らを睨んでいる。
男の子を抱き締めているので、恐らく男の子たちの母親なんだろうと思う。
「……す、すみません。ちょっと転んでしまって……」
「はあ!?転んだんじゃなくて転ばしたんでしょ!!」
「……ったく、家庭環境がよくないとこのお子さんは、育ちもよろしくないわよね」
「あの、うちの子に関わらないでいただけます?面倒事はごめんなので」
完全な敵意を向けられ、謝ろうとした時腕の中のこはるが暴れ出した。
「うるさいうるさいうるさい!!!おまえらみんなきえちゃえ!!」
こはるはギッと男の子たちやお母さん達を睨んで叫ぶ。
こはるのセリフに男の子のお母さん達は、「口が悪いわ」「育ちが悪いわねぇ、野蛮」など口々にこはるの悪口を言う。
流石に俺も苛立って言い返そうとすると、またこはるが叫んだ。
「こはるのママは、りつくんだけなの!!こはるはりつくんもはるくんもだいすき!!りつくんもはるくんもおまえらみたいにわるぐちいわない!!」
……こ、こはる……。
うるうるの目で涙を我慢しながら叫ぶこはるをギュッと抱き締め、この人たちから隠すように俺は、スッと見据えて言った。
「クリーニング代や、治療費等あれば俺がきちんとお支払いいたします。なので今日はこれで失礼します」
こはるは、涙を堪えて俺たちのために戦った。
きっと、毎日毎日こうやって戦っているんだろう。
そう思ったら、腕の中で丸まる小さなこの子が愛おしくて仕方が無い。
ごめんね、ママが不甲斐ないばかりに。
もし、あのお母さん達から請求されたら俺が働いて返そう。
俺が起こした問題のようなものだし、陽貴には言えないな……。
とりあえず今は、こはるを慰めないと。
「こはる?こはるの好きな物買って帰ろうか。今日の夕飯はこはるの好きな物作ってあげるよ」
話しかけると、こはるはギュッと顔を埋めたまま何の反応も示してくれなかった。
こはるを抱っこしたままスーパーへ行き、こはるの大好物をたんまり買って家に着いた。
外に出さなきゃ良かったな……せめて時間をずらせば良かったなんて、思いつつこはるを抱きしめたままソファに腰を沈める。
「……こはる〜、こはるちゃーん」
頭を撫でていると、こはるが少し動いて顔を見せてくれた。
「こはる、学校でいつもあんな風に言われてるの?」
「……」
案の定何も答えない。
こはるは、ギュッと顔をゆがめポロポロ涙を零し始める。
けど涙を流し始めると決まってこの子は、顔を隠す。
……見せたくないのかな。
こはるがこんなにも強くなってしまったのは、きっと頼りない俺のせい。
子供は甘えてなんぼなのに、それをさせてあげられないのは、俺が弱いからなんだろうな。
「……こはる、……りつくんとはるくんだいすき……」
ぽそりと呟いたこはるの声を聞き取り、俺は「……うん、ありがとう」と返す。
チクタク、時計の針が動く音だけ聞こえる静かなリビングでこはるの啜り泣く声が響く。
「……こはる、こはるがけがするのは……あんまり、いやとおもわないけど……りつくんとはるくんが……いわれるのほうが、……いや……」
相変わらず言葉が上手くないこはる。
それでも必死に紡いで伝えてくれる小さな命が尊くて愛おしい。
「……そっか」
「……こはるね、……りつくんのことへんとか……おもわないよ?……りつくんはりつくんだもん……」
こんなに小さくてもちゃんと自分の考えがあるんだなあ。
じんわり心が暖かくなって、俺はぎゅ〜っと強くこはるを抱きしめた。
「うん、俺はね、こはるがそう思ってくれるだけでとーっても嬉しいんだよ。だけど、俺が悲しく思うこともひとつあるんだ」
「……なあに?」
涙の膜が張るキラキラした目で俺を見上げるこはる。
この綺麗な瞳のまま、大人になっても世界を映し出してほしい。
「こはるが、痛いのを1人で我慢しちゃうことなんだ」
こはるは、「あ……」と不安げな顔で俺をみあげる。
「こはる、辛くて泣きたいこといっぱいあるんじゃない?でも俺が頼りないからきっと言えないんだよね……ごめんね」
俺が謝るとこはるは、慌てて口をパクパクさせてしまう。
その様子にクスクス笑って、頭を撫でてあげる。
サラサラと柔らかく細い髪質は、陽貴似だな。
「こはる、かくしてるの、りつくんがぜぇぜぇなっちゃうから……」
こはるがアセアセと視線をさ迷わせてそんな事を言ってきた。
「え?」
「こはる、はるくんにね、パパがいないときはりつくんのこと、こはるがまもるんだよっておやくそくしたから……、だから、はるくんは、こはるのがっこうのおはなし、しってるよ」
……え?
陽貴が?
「……え、そうなの……?」
「うん、はるくんが、りつくんはぜんぶがんばっちゃうし、こまってもはるくんにはいわないから、こはるがよしよしするんだよ……って」
……なんだ、それ。
俺だけ、こはるの事なんも知らなかったってこと?
陽貴とこはるは、ちゃんと親子やってるのに、俺だけ?
「……りつくん?」
……俺が頼りないから、……いや違う、陽貴は過度な心配性だから……分かってる、分かってるけど……
……それはあんまりじゃないか。
「りつくん?こはる、なんか、いった?」
こはるが心配そうに見上げてくる。
こはるが泣きたい時、辛い時、陽貴が抱き締めてあげていたのか。
いよいよ俺は、何のために居るのか分からないな。
こはるのイジメられてる原因で、体弱くて仕事出来なくて、遊びにも全力で付き合ってあげられなくて……
……なんで、陽貴は俺を選んだんだろう。
「……こはる、ちゃんとはるくんに言えてたんだね。良かった」
にっこり笑うと、こはるは不思議そうに「うん……」と頷いた。
「じゃあ、お夕飯にしよっか!今日は、こはるの大好きなハンバーグにするよ〜!」
無理矢理笑顔になって言うと、こはるは今までの出来事を忘れたかのようにパアッと顔を明るくして「わーい!」と喜んでいた。
その様子に俺もニコニコ笑顔になる。
けれど心の奥では、黒いモヤが渦巻き始めていた。
前編 end.