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月日が経ち、今日はいよいよ終業式。
明日からは待ちに待った高校生活最初の夏休みだ。
集会が終わり、ホームルームも終わりツバキの「じゃまた新学期なー」の台詞を最後にみんな解散した。




出来損ないヒーロー #6



「真宏ー帰ろー」
「うん、今行く」
急いで鞄を持って待っていてくれている久我とハゼの元へ駆け寄る。
「ね、今日どっか寄ってかない? 僕も部活ないしー」
「俺金ねぇや」
「この中で唯一バイトしてんの隆ちゃんなのに、なんでそんないつもお金無いんだよ」
ハゼの呆れた声に、久我は「俺にはいつも子猫ちゃんが居るからなぁ」なんて呑気に言うので、「日替わりのな」と付け足してやる。
「じゃーファミレスでも行こうぜ」
「確かに、昼だしね。混んでるかなぁ」
今日は終業式だけなので、午前中で終わりなのだ。
よってお昼ご飯を食べていない。
「まー時間はあるし、並ぼーぜ」
久我の言葉に頷いて、カバンを持ち直す。
昇降口を出ようとした辺りでふと視線の先に、赤い頭が見えた。
……あ、先輩だ。
「あ、うさ先輩じゃん。また違う女の子連れてるね」
「けど真宏、付き合うことになったんしょ?」
「いや、付き合う訳じゃなくて、……お試しだから」
なんとなく言いづらくてごにょごにょすると、久我は「ふぅん」と言う。
「真宏がまさか、自分からセフレ志願しちゃうとは思わなかったぁ……なんか僕ショック……」
「え!? せ、……!? してないよ!!」
思わぬワードにビックリして大声をあげると、ハゼに「え!? 違うの!?」と言われた。
「ち、違うよ! そんなつもりじゃない!」
「え、でもお前、お試し恋愛って体の相性をーって事じゃねぇの?」
え、え? そうなの!? 世間一般だとそういう認識になっちゃうの!?
ってことは、先輩もそう思ってるってこと?!
……え、それはかなり心外。
「ちが、俺は、先輩と……恋人みたいなことがしたくて……」
「だからセックスだろ?」
「真昼間から!! 公道で!! そんな単語出すな!!」
ベシッと久我の頭を引っぱたくと、「いでぇー」とさも気にしてなさそうに呟く。
「まあ真宏にそんな器用なこと出来ないだろうしね」
ふっ、とハゼに鼻で笑われ何となく腹が立つ。
「こりゃあ先が楽しみだな」
「うん、逆にね」
二人の台詞の意味は分からなかったが、楽しみにされてる事はいい事だ……と思っておく事にした。







夏休みに入って早三日。
真宏は重大なことに気づいてしまった。

「宇佐美の連絡先知らないじゃん!!」

聞くの忘れてた!! 
これじゃあ連絡が取れないのでいつ会いに行けばいいのかアポが取れないではないか。
「あ、取らなきゃいいのか」
会いたい時には家に行けば良いんだ。そうだそうだ。忘れてた。
では早速行くか。
高速な思考展開を繰り広げ、即決した真宏は身支度を整えて玄関で靴を履く。
たまたま階段を降りてきた杏は靴を履く兄の背中に声をかけた。
「あ、ひろ兄どっか行くの?」
「うん、友達の家」
「帰りにアイス買ってきて」
「いつものやつ?」
「うん」
「はーい」
杏はポコポコ携帯弄りながら、腹出してソファに寝転がった。
女の子なのだからお腹は冷やさないの、と涼雅が居れば言うのだろうが、今日は出かけている。
「遅くなるけどいい?」
「夕飯までには帰ってくるんでしょ?」
「まあね」
それでいいよ、と言われ、返事をしてとりあえず玄関を出た。

「あぢぃー」
ミーンミンミンと蝉がひっきりなしに鳴いており、その声が一層暑さを際立たせる。
……家戻ろっかな。
いやいやいや、先輩に会いたいんだ俺は。
あ、手土産にアイス買って行こうか。あの人は何食べるんだろうか。
あれ? アイスも食べられないかな?
一応飲み物も買ってこう。
途中コンビニに寄って色々買い漁り、宇佐美のアパートの前に着く。
ピンポーンとチャイムを鳴らしても物音がしない。
……あれ? 先輩居ないのかな。
更にチャイムを鳴らしても無反応だ。
あーこれは居ないパターンかなぁ。
なんとなく、諦めつつドアノブを握り回して見るとカチャリと音がした。ま
「あれ?」
開いてる。
そのままギィと音を立ててゆっくり玄関を開けて呼びかけた。
「せんぱーい? うさせんぱーい、まひろですよー」
うわ、なんだこの暑さ。
熱気が凄い。エアコン付けてないのだろうか。
悶々と立ちこめる熱気に思わず顔を顰めた。
そのまま靴を脱いで部屋に上がる。
ミシミシと音をさせつつゆっくり部屋を覗くと、視界の端で長い足がぽーんっと投げ出されていた。
「え、せんぱい!?」
よく見ると宇佐美は床に倒れ込んでいて、揺らしてもビクともしない。
え、ちょっと待ってちょっと待て。
「え、顔あっつ! 待ってアンタいつからここに寝てんの!? 制服のまんまなんだけど!?」
窓も開けずにこのくそ暑い中こんなとこ居たら熱中症になるだろ!!
ってかもうこれ熱中症じゃない!? なってるよね!?
救急車呼ぶべき!?
人が倒れてる状況に初めて出くわしてしまい、パニックで泣きたくなる。
宇佐美の上半身を起こしペチペチほっぺたを叩いてとりあえず、頭に買ったばかりのアイスを乗っけて冷やしてみた。
「せんぱい、せんぱい!! 起きて!!」
パシンパシン叩き続けていると、熱中症で頬が赤いのか、真宏が叩き過ぎて頬が赤いのか、分からなくなっていた。
どうしよう、どうしよう、しんじゃうかもしれない、どうしようどうしようどうしようどうしよう─……
そこら辺の雑誌で仰いで首や脇の下に冷凍食品や氷なんかをあてて、暫くペチペチ頬を叩いていると、「んん……」と掠れた声がして、瞳がゆっくりと開けられた。
「せんぱい!? 聞こえる!? 大丈夫!? とりあえず水分取って!!」
目を開けた宇佐美に話しかけると、ぼんやりした目でじーっと見つめてくる。
「……なんで、おるん……?」
弱々しい声に、ああやっぱりこれは熱があるし倒れっぱなしだったんだと知る。
「良いから、飲んで!」
ペットボトルを開けてあげ、口元に持ってくけどあまり気力が無いみたいでぼたぼた零してしまう。
ケホケホ噎せているので、上手く飲めていないようだ。

「…………これは、忘れてくださいね」

真宏はそう呟いて自分でペットボトルを煽り、宇佐美の目に手を当てて視界を塞ぎ、口を開けさせて、自身で含んだ水分を押し込んだ。

「……ん……っ」

飲みきれなかった液体が口の端から溢れてしまって、上手くいかない。
それでも何度も何度も、宇佐美の唇に合わせて水分を送り込んだ。









「いやぁすまんなぁー。まさか倒れるとは思わんかったわ〜」

すっかり元気になった宇佐美はケラケラ笑って床に寝転がり真宏を見ている。
その顔色はまだ良くなくて、体も火照っている。
宇佐美に飲み物を飲ませた後、熱中症用に色々冷えピタとかを買ってきて、今宇佐美の体は冷え冷えグッズでいっぱいだ。
真宏は宇佐美をキッと睨む。
「本当に、何考えてんですか。高二にもなって」
「すまんてぇ。飯食うのも忘れててん」
「必要最低限の生活しなきゃそりゃ倒れるに決まってるじゃないですか」
「すまんすまん」
「大体先輩は馬鹿なんですよ。そうなる前に誰かに言わなきゃ誰も助けてくれないし、みんな気づかないし、今日だって、おれ……おれこなかったら、……」
暑くて、めんどくさくなって、行くのやめてたら、もう一生……宇佐美に会えなくなるところだったかもしれない。

今日、あのタイミングで来てよかった。
……宇佐美、いきててよかった。

「……真宏? 泣いとる?」
「………………ないてない……」

ふいっと顔を逸らして見せないようにしたけど、勝手に涙が流れ落ちていく。
「まひぃごめんなぁ。ぎゅーしてやりたいねんけど、頭痛いー」
代わりなのかなんなのか、シャツをぎゅっと握ってきた宇佐美に一層ボロボロ涙が出た。
「え、なんでもっと泣くん」
ギョ、と目を見開いた宇佐美を見てもう我慢できなかった。

「し゛ん゛し゛ゃ゛う゛か゛と゛お゛も゛っ゛た゛あ゛ぁ゛あ゛!!」

うああああああん!! と精一杯の大声で泣くと、宇佐美がガバリと起き上がって、「わあわあ泣くな! ここ壁薄いねん!」とぎゅっと抱き締めてくれる。

「……う゛ぇ゛ぐすっ……ぜんば……あせくさ……ひぐっ……あづいぃ……ッ、ずびっ……」

「一瞬でも可愛ええと思った俺が馬鹿やったわ」

スンッと真顔になった宇佐美は再びゴロンと床に横になり、「はぁあ」とため息をついた。
真宏もその横にころん、と横になりひぐひぐ泣いた。
「……なんで先輩、涼兄にごはん、たべさせてもらわなかったの……?」
ぽんぽんと背中に手を回してあやしてくれる宇佐美は、「んー?」と言う。
「いやぁ、別に冬もなんだかんだ生きとったしそう簡単に死なへん思っとった」
おちゃらけて言う宇佐美に、ぐっと、すり寄る。
左胸に耳を当てれば、とくん、とくん、と心臓の音がした。
「…………」
……いつ死んでもいいとか、思ってるわけじゃないと信じたい。
先輩は生きる事を、どうでもいいと思ってる気がしてならない。
そんなのは、嫌だ。

俺が、嫌だ。

真面目に生きて欲しいわけじゃないんだ。
ただ、生きていて欲しいだけなんだよ。
そばに居てくれなくていい。
どこか遠いとこに居ても良いから、息をしていて欲しい。
「えっ、また泣いとる!? 俺は生きとるよぉ泣き止んでぇ」
よしよし、と頭を撫でられ暫く真宏の涙は止まらなかった。




「てか真宏、何しに来たん?」
一通り泣き終えた真宏は落ち着いて、起き上がれるようになった宇佐美と、真宏が買い直してきたアイスをちろちろ食べた。
「…………せんぱいに会おうとおもって」
泣きすぎて目が腫れぼったいし、まだぐずぐずするし鼻声になるし、もう最悪だ。
「……ああそっか。恋人ごっこやったな」
その言葉を言われる度に胸が痛いけど、自分で言い出した事だしまあいい。痛みに気付かぬふりくらい出来る。

「ほなセックスでもする?」
「……今、ツッコめる元気ない」
「悪かったって」
ははは、と笑う宇佐美に笑い返せず、「はぁ……」と息を吐いた。
「……ねぇ先輩。……俺せんぱいにちゃんと、ごはん食べてほしい……」
「いや今日はほんますまんて」
面倒くさそうに謝る宇佐美に、またじわりと涙の膜が張る。
「……っおれ、冗談なんかいってないから……。ほんとのほんとに、たべて、お願い」
先輩を見上げると、ヘラヘラした顔を無にして視線を逸らした。
「……俺、干渉されんの嫌い」
「……」
どくり、と心臓が鳴る。軋む、心が、痛くなる。
「真宏、今日はホンマに怖い思いさして悪かったと思っとる。けど、俺はこの生活を変える気無いし、指図される気も無い。もしどうしても口出ししたいんやったら、二度とここ、来んなや」
光の無い冷たい瞳に見下ろされ、ぐっと、喉が詰まった。
この人は本当に俺の事、微塵も好きじゃないんだな……。
「…………おれが、かってに、……作りに来るのは……?」
「え?」
「……おれ、おいしく作るから……せんぱいも食べられるように……それでも、……たべないの……?」
真宏の言葉に黙り込む宇佐美から目を逸らし俯いて、拳を握った。
「……おれ、たべろって、無理強いしないよ……、…………ッじゃあ、……あの、つくるだけ、……つくるだけするから、……いらなっかたらすてていいし、ッでも、つくるだけ、したい……恋人ごっこも、それだけでいいから……」

死んで欲しくない。
倒れて欲しくない。

宇佐美に好きになって貰えなくても、宇佐美が生きててくれるならもうそれでいい。
弱々しくなってく自分の声に情けなさを感じる。
拒否されるのが怖くて、俯いていると、ぽんっと頭に宇佐美の手が乗る。
「……真宏は、ほんま変わった子やなぁ」
パッと顔をあげれば、優しくクスクス笑う宇佐美が居て、キラキラする。
「……ほな飯は、食える時食うわ」
「……!! うん!!」
まさか了承されるとは思わなくて、驚いたけど同時に嬉しくてパアッと気分が明るくなった。





それから真宏は週に二回程宇佐美の家に来て、午前中の宇佐美が居ない時にご飯を作ってタッパーに詰めて、かろうじて置いてあった冷蔵庫に入れて帰るという、まさに通い妻のような生活をする事になった。
冷蔵庫の中は案の定何も無かったので、真宏の作り置きタッパーだけでなく、食欲が無い時でも何かは摂取出来るように、栄養補助食品を買って入れて置いた。
ついでにサプリメントとかも置いといた。
こういうのは高いので、真宏のお小遣いは吹っ飛んだけれど、宇佐美の家を訪れる度に、何かしらが減ってるのを見るのが嬉しくて、お金はまあいっか、と思った。

通い妻一日目の時は、栄養補助食品だけが減っていたけれど、二日目は、ちゃんとタッパーが1つ減って洗い場にタッパーが食べっぱなしで置かれていた。
それをガッツポーズして洗いつつ、三日目はついに、タッパー二つ無くなり、なんと洗い物までされてあった。
凄く感動し、家事をしない旦那を躾てる気分になって一人で笑った。

今日も今日とて午前中宇佐美の家を訪れ、フリだけのチャイムを鳴らしていつも開いてる玄関を開け、相変わらず蒸し暑い部屋に入る。
……あれ、靴がある。
宇佐美は二足しか靴を持っていないが、いつもはスニーカーが無いのに、今日は普段着用のスニーカーも、学校用のローファーもあるみたい。
じゃあ部屋の中に居るのかも、と思い、家に上がらず声を掛けた。
「せんぱーい! おはようございます、真宏ですよー。……居るならまた明日来ますね〜」
流石に自分の勝手でお邪魔してるので、家で寛いでる時にガチャガチャ物音を立てるのはなと思い、引き返そうとした……その時、
「………………ん、……んん……」
誰か唸ってる?
……いや誰かって、宇佐美しか居ないはずだけど。
え、宇佐美がうなされてる……? アイツまた熱中症か!?
真宏は慌てて靴を脱ぎ捨て、食材の入ったエコバッグを廊下に放り投げて室内に駆け寄る。
布団を見ると、青い顔した宇佐美が丸まってブランケットにくるまっていた。
「……先輩、先輩」
トントン、と叩いて声を掛けるけど一向に目を覚まさない宇佐美。
なぜこの人はこんなに倒れるんだ……
ご飯食べたよな? 体調悪いわけじゃない……?
暫く宇佐美の額に手を置いて考えていると、宇佐美が薄ら目を開けた。
「あ、先輩おきた? 大丈夫ですか?」
覗き込んで聞くと、脂汗をかいた宇佐美はぼんやり真宏を見上げてる。
あまり目が開いてないせいか、長いまつ毛の影で綺麗な瞳の色も今はハッキリと見えない。
「………………、」
「え?」
宇佐美が乾いた唇を僅かに動かし何かを発した。
けれど聞こえなくて聞き返そうと顔を近づけた時、グイッと腕を取られ思わず宇佐美に倒れ込んだ。
「え、ちょ先輩!?」
何と間違えてるんだコイツ!!
バタバタと暴れて、宇佐美を呼ぶと、ぎゅっと真宏を抱きしめた宇佐美は柔らかい顔をして、笑った。

「………………いきてたんやな、……ハルさん」

宇佐美の両目からツゥ、と一筋の涙が零れ落ち、そしてまた瞼を閉じた。

……はる、さん……

宇佐美の、好きな人?
生きてたんやな、ってどういうこと……。
宇佐美の好きな人は、……亡くなってるの? 


もし、起きたところで宇佐美に聞く勇気は無い。
そもそも真宏は、宇佐美に"自分の好きな人を優先しろ"って言った。
宇佐美あの時、「ならいいけど」って言ってたから、生きてるみたいに言ってたから……、おれ……
真宏を[[rb:ハルさん > ・・・・]]だと思って優しい顔で眠る宇佐美。

「…………はは、……おれ、……そんな顔みたことないな……」
真宏は今、宇佐美の中でハルだ。
伊縫 真宏ではない。
今きっと宇佐美は、凄く幸せな夢を見てるのだろう。
好きな人が自分の腕の中にいる、素敵な夢を。

……なら、……尚更起こせない。
ゆっくり腕から抜けようとするけれど、敏感に気づいた宇佐美はギュッと真宏を抱き寄せて不安そうに眉を寄せた。
……そんなに、その人と離れたくないんだな。
全然勝ち目なんてない。
初めから分かってるから、大丈夫。
今更、ワガママ言わない。
宇佐美は、少しの間だけだけ真宏に付き合ってくれているだけ。
ならば夢の中くらいその人に会わせてあげなければ、可哀想だ。

真宏は抜け出す事を諦めて、そのまま宇佐美に寄り添った。
ハルって人は、どんな気持ちで宇佐美の腕に抱かれたのかな……。
幸せだったかな、今ももし生きてるのなら、好きなのかな、宇佐美のこと……。




「……だいじょうぶ」



夏休み明けたら、忘れるから。
宇佐美を、ハルさんに返すよ。

真宏はじわりと歪んだ視界を閉じて、下唇を噛んだ。
終わるまで、泣かないって決めたから、泣かない、大丈夫、大丈夫、


……大丈夫。










「……ひ、まぁひー、あちちやでー。まひー。まひろぉ」
ムニッと頬っぺを摘まれた感覚にパッと目を開ける。
「うお、びびった」
驚いた顔を上げる宇佐美に、ふへ、と笑う。
「俺が寝込み襲ったわけじゃないですからね! 先輩に引きずり込まれたんですよ」
勘違いされたくないのでデコピンして言ってやると、宇佐美は少し焦った顔をした。

「……俺、なんか言うとった?」

……やっぱり、ハルさんの夢だったのかな。
俺に、知られたくないんだろうな。

「いや? 言ってないですよ、宇佐美から離れようと暴れてるうちにいつの間にか眠ってました」
そう呆れた顔で言ってやれば、あからさまにホッとした顔をする宇佐美。
つきり、と胸が痛む。
「あ!! やばい!! 食材置きっぱなしだ!!」
思い出した事実に胸の痛み吹っ飛んだ。
せっかく買ってきたのに、この家の暑さのせいでダメになってしまう!!
ってかどのくらい寝てたんだ!? 今何時!?
慌てて時計を探すけど、見当たらないので尻ポケットの携帯をつけた。
……なんだまだ十三時か。
食材は……まぁ二時間くらい放置しちゃったけど、大丈夫かな。
中身を確認すると、まあまあ何とか大丈夫そうなのでとりあえず全部加熱しようと、メニューを考えた。
「買い直す?」
宇佐美の問いに、ふるふると首を横に振る。
「大丈夫です。全部に熱通させるし、……でも、冷凍食品はちょっとやめときます。全部あやしかったら止めとく」
「そか」
宇佐美は、ぼすん、とまた布団に横になり天井をぼーっと見つめていた。
真宏は宇佐美に気使うこと無く、またいつもの様に台所に向き合った。

今日は何作ろう。
当初は漬物とかも、と思ったけどなぁ。
「なぁ」
「ねぇ」
宇佐美に案をもらおうと話しかければ、ちょうど同じタイミングで被ってしまった。
「……あ、ごめん。先どうぞ」
譲ると、宇佐美は真宏を見つめた。
「真宏、ほんまに何もしなくてええの? 通い妻でももっとらしいことするんとちゃう?」
「…………なにが?」
いきなり何を言い出すんだこの人は。
真宏が思い切り首を傾げると、宇佐美は「んー」とゆらゆら揺れる。
「ただ飯作りに来てるだけやん。しかもさ、材料費も自費やん。真宏にデメリットしか無いのは流石に可哀想やろ」
……そんな事を、言われるとは思わなくてちょっとびっくりしてしまう。
「いや、俺が言い始めた事ですし、別に良いです。何かしたいと思ってもいませんし」
そう言うと、宇佐美は「……んー……」と真宏を見つめた。
「……なんですか」
視線に耐えかねてきけば、「んぅー」と唸る宇佐美。
めんどくさくなったので、携帯から献立のヒントを得ようと台所に向き直る。
携帯を操作していると、ピコンと通知音がなりメッセージが来たことを知らせてくれる。
……誰だろう。
チャットを開くと、メッセージはいつか作ったハゼと久我と真宏な三人のグループチャットだった。

[ハゼ:マオちゃんが真宏に会わせろってうるさいんで真宏、あそぼー]

……え? マオ先輩が?
暇だからいいよ、と送ると即既読がつく。
[ハゼ:いつ空いてる? 明日は? ]
明日は何も予定が無い。
……まあ明後日もないけど。
了承の返事を送れば、久我からもメッセージが来た。

[久我:真宏、宇佐美さんは? ]

宇佐美?
そういえば宇佐美と遊んだりなんかしたり、なんて考えたこと無かったな。
「ねぇ先輩、明日空いてますか?」
「……んぇ? ……あー……十七時くらいまでなら空いとるけど」
その通りに文字を打ち返信すると、[久我:じゃあ連れて来れば? デートてきな]と返ってくる。

ってか、……で、でーとぉ!? 宇佐美と!?
そうなるのか……。
けど本当の恋人ではないのにデートって言うのは……ボッと顔が赤くなり、意味もなくソワソワする。
「なぁー明日なんかあるん?」
「……ぁ、いや、……マオ先輩が宇佐美に会いたいって」
適当に返すと、宇佐美は思い切り顔を顰めた。
「あぁ? マオ先輩……? 猫宮ァ? 俺にぃ?」
なぜそんなに嫌そうなんだ。
「俺も行くので、先輩も行きましょう」
「うーん。まあええか」
「んね!俺との恋人ごっこ、付き合ってくれるんなら、デートごっこもしてくださいよ」
宇佐美は「……まぁ……せやな」と頷いた。
「よし、じゃあそれでハゼ達に返信しますね! とりあえず、何作ろうかな」
ぼんやり考えていると、冷蔵庫を覗いた宇佐美が「……これ使うん?」と聞いてくる。
「うん、そのつもりです」
そう返してやれば、宇佐美は少しキラキラした瞳で「ほな……」と言った。

「俺なぁ、しょーがやき食いたい」
「生姜焼き?」

ちょうど豚肉もあるし、この間使って残っていた生姜もある。
消費するのにはちょうどいいか。

「分かりました、じゃあ、今回は生姜焼きと、鶏肉と大根のとろとろみぞれ煮と、適当に和え物でも作っておきますね」
「うん、あんがとぉー」

ニコニコ笑う宇佐美の不意打ちに、ギュンッと心を射抜かれ、ちょっと危なかったので慌てて目を逸らした。


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