年下ワンコ系好青年×クーデレ系年上
俺のマネージャーはいつも機嫌が悪い。

「広井(ひろい)! なんだそのヨレヨレのTシャツは!」
「ああ、この間貴方に買って貰ったやつ風で飛ばされちゃって……。あそうだ! また今度付き合ってよ!! 買い物デート!」
「嫌に決まってるだろう! なんでそう毎回毎回物を失くすんだ、だらしない!」
「ごめんってぇー。可愛い顔が台無しだよ、朔(さく)さーん」
「馴れ馴れしく名前で呼ぶな! ほら、控え室行け!」

このぷんすかしている人はアクション俳優である俺のマネージャーの千代田 朔(ちよだ さく)さん。
俺の5つ年上で26歳らしい。
黒髪ストレートで銀縁眼鏡でいつもスーツ。
お堅い、そのものって感じの人。

朔さんは俺のマネージャーになった最初の頃は全く厳しくなくて、どちらかと言うと口出しはしないし俺のやることなす事なんにも興味ないって感じだった。
けれど最近は、ああやってああだこうだ口出ししてくるのだ。
他の人間だったらうざったいだけだろうが俺は違う。
なんせ俺は朔さんの事が大好きだから。
ああやってぷりぷりしてる朔さんだけど、根が優しいからちゃらんぽらんな俺を叱って正してくれてるのだと分かっているし、大抵俺が悪いから正論なのだ。
だから反論する気は無いしする内容もない。
怒る朔さんの顔も可愛いしね。

……ただそんな怒りん坊で可愛い朔さんが、唯一怒らない事がある。

それが……


「わー! 朔さんごめん!!! また寝坊したー!!」
「見りゃ分かる。1時間待ってるからな」
「なんで電話ひとつしてくれないのー?!」
「お前がいつ寝坊してもいいように早めに待ち合わせ指定してるからまだ平気だった」
「そりゃあそうだけど、朔さん待たせたくないんだってばー!」
「なら早起きしろ、馬鹿」
「そうだけどぉ」

ほら、こんな調子で憎まれ口こそ叩くものの、怒りはしないのだ。
イライラもしていない。
そう、朔さんが許容するのは何故か「遅刻」なのだ。
その理由はいつ訊いてもはぐらかされるから、未だに分からないまま。

最初は怒られなくてラッキー程度だったけど、流石に顕著に「これだけ」怒られないと、気になりすぎてしまう。

「ねー、朔さーん。そろそろ教えてよー、なんで俺が遅刻したときだけ怒んないのー? 教えてくれたらもう遅刻しないからさあ」

朔さんの運転する車の助手席に乗り込み、問いかける。
朔さんは前を見つめ無表情にハンドルを握りアクセルを踏んだ。

「ねーえー朔さーん」
「怒ってない訳では無い」
「え? そうなの?」

じゃあ尚更なんで、と言おうとしたけど朔さんの顔があまりにも険しかったので結局今日も聞けなかった。








「広井さん入りまーす」
「ちゃーす! よろしくお願いしまーす!」

いつも通り元気よく挨拶をした俺は、周りの演者やスタッフ達に挨拶され台本を再度確認し、監督が本番前にシーンの流れを大まかに確認し始まりの合図が告げられた。
台本通りにスムーズに撮影が進んでいき、いよいよこの映画の最大の見せ場である俺のアクションシーンに差し掛かる。

見せ場のアクションは、高さ12mビルの屋上から隣のビルの屋上に飛び移るというものだ。
ビルとビルの間は約5m。
勿論下にはマットがあるし、安全には十分に配慮している。
俺はいつもアクション入る前には自分の目と足で現場の空気を感じて感覚掴んでから命綱を付けてもらっている。
だから今日も、いつもと同じように現場確認をし、命綱を付けようとした……その時、



俺の背中を押せるほどの、強い風が吹いたのだ。












目を開けた視界は、一面白い天井だった。
軋む体や首に僅かに顔を歪めつつ視界を動かせば、誰かが俺の左手を握ってベッドに伏せていた。
どうやらここは、病室らしい。
俺、……なんでここに。

「……ん、……」
「……あ、朔さん? おはよ」

ゆっくり眠そうな顔を上げた朔さんはぼんやり俺を見つめた後、パッと目を見開いて「ひろ、……い?」と呟いた。

「うん、広井だよ。ねえ俺もしかして落ちたの? ビルから」
「ひろい、……ひろい?」
「え、うん、どうしたの朔さん」

俺の声なんてまるで聞こえないかのように俺の名だけを呼んで、頬に触れた。

「ほんとにひろい?」

幼子のような頼りない声音に、俺はいつもの朔さんと様子が違い過ぎて思わず体を起こした。
しかし、その時足が鋭く痛み思わず呻く。
すると朔さんはハッとした顔をして「い、医者呼ぶ!!」と病室から飛び出していってしまった。


暫くして担当医が来て軽く問診し、頭はマットのおかげで助かったと。
ただ、足だけはマットからはみ出て植木にぶつけてしまった為骨折していたそうだった。
要するに足の骨折で済んだらしい。
担当医が帰って行き、俺は再び朔さんと2人きりになった。

面会時間終了まであと30分。
暫く入院生活らしいから、仕事も降板だし朔さんとも会えなくなる。
それより現場に迷惑かけてしまったことと、きっと頭を下げてくれたのは朔さんだろうから、全てに申し訳なくて俺は謝るために口を開けようとした。が、

「朔さ……」
「……大丈夫そうで良かった。皆さんには俺から謝っておく。社長にも報告して、メディアにも俺が対応する。上手くやっておくからお前はよく食ってさっさと寝て治せ」
「え、あ、うん」
「じゃあな。暫くはそんな感じで来れないと思うが、リハビリとかもサボるなよ」
「うん……」

朔さんは一度俺の顔を見やって、本当に背を向けて帰ろうとしてしまう。
でも、……でもなんか、なんか、違う。
朔さんはいつもの朔さんじゃない。
怒らない。まただ。また俺を怒らない。
怪我をしたのは俺の不注意なのに、なんで怒らない?
俺は咄嗟に腹を抱えて唸り声をあげた。

「……う゛っ、いでぇ……!」
「え、ひろい!? どうした!? 足が痛む……え? 腹か!?  腹が痛いのか!? 待ってろ今医者を……」
「捕まえた」

「え?」

グイッとナースコールをおそうとした朔さんの手首を掴み顔を覗き込む。
朔さんは酷く動揺しているようで、「え? え?」とオロオロしていた。

「ねえ朔さん、また俺のこと怒んないね。なんで?」
「は、はあ? 何の話だ。ってかお前腹は?」
「あれは嘘。ねえ教えてよ。なんで遅刻した時も今も怒んないの? 俺が悪いよね」
「くだらない話に付き合ってる暇ないんだ。大事無いなら俺は帰る」

意地でも帰ろうとする朔さんの両手を掴み、完全に拘束して、ぽすんっとベッドに座らせた。
朔さんは完全に戸惑ってせめてもの抵抗か、俺と目を合わせないようにだけしている。

「ねえ朔さん。教えてよ。気になるんだよ、貴方のことが大好きだから」
「言うほどの理由はない」
「本当に?」
「 本当だ」
「なら俺の目を見て言って。そしたら信じるよ」

意地悪な俺の言葉に、珍しく素直に従う朔さん。
それでも中々俺と目は合わなかった。
やっと合わせてくれた瞳は迷うようにゆらゆら揺れていて、必死に俺を見つめ返してくれるのが可愛くて俺は「ねぇ、教えて」と強請るような声を出した。

朔さんは根負けして、俺を見つめたままぽそり、と何かを言ってくれる。
しかし、小さ過ぎて聞き取れなかったので「わんもあ!」と言うと、次の瞬間、朔さんは顔を歪めてしゃくりあげ始めてしまった。

「え!? 朔さん!? ごめん手痛かった!?」

ポロポロと身体を震わせ泣き出す朔さんに、俺は驚きと好きな子を泣かせてしまったショックに動揺して足の痛みなど無視して朔さんの肩を抱いた。

「ごめん、意地悪だったよね、ごめんね朔さん」

そのまま抱き寄せて頭を撫でてやる。
いつもの朔さんならきっと腕を突っぱねて逃げるだろうに、何故か今日の朔さんは大人しく俺に抱かれていた。
改まって触れて肩を抱くと、朔さんの華奢さがよく分かる。
普段あんま食べないもんなあ、この人。
俺にはバカみたいに食わせてくんのに。

撫でつつそんなことを考えていると、不意に朔さんがもっと俺に身を寄せてきた。
そのままぎゅっと俺の胴に手を回して抱きついてくる。
俺はあまりの朔さんの変わりように驚きすぎて慌てて逃げないように抱きしめ返した。

すると今度はちゃんと、朔さんの声が耳に届く。

「……おれ、もう……おまえの、マネージャー……できない…………」
「……え、……え!? え!? なんで!? どうして!?」

あまりの発言に俺は朔さんに驚き声を荒らげた。

「俺がわがまま過ぎた!? ごめん! もうこんな怪我しないし遅刻もしないから!! ほんとごめん!! ねえやだ辞めないでよ朔さん、俺朔さんが良い」

そう言って彼の肩口に顔を埋めると朔さんも小さな声で教えてくれた。

「……おれ、おまえに、あぶないこと……してほしくなくて……そういうしごとも、おまえに……やらせたくなくて、……だから、ちこくすると、あんしんして、……おこれなかった……おこりたくなかった……」

「え……」

「ちこく、……よくないけど、……そしたら、……きょうはもう、あぶないこと、……しなくてもすむかも、とかおもって、……そんなのマネージャーとしてもうだめで、おれがおまえをいちばん、おうえんしなきゃ……っいけないのに、……っ、ごめ、おれ……っ」

喋っていたら悲しくなってしまったのか、ひぐひぐと泣き出してしまった。
俺はそんな朔さんが愛おし過ぎて本当に、もうどうしてやろうかと、とりあえず強く強く抱きしめた。

「朔さん、俺のこと好き」
「……っうん、……ごめん、なさい……っ」
「なんで謝るの? 俺ずっと朔さんの事好きだって伝えてたでしょ?」
「え?」
「え!? もしかして気づいてなかったの!?」

あんなにドストレートに口説いてたのに!?
やっと顔を上げた朔さんはいつの間にか眼鏡を外していてうるうるで今も涙が零れている瞳で俺を見上げてきた。

「か、からってるんだとおもってた……」
「え゛、俺そんな軽薄!?」
「……ご、ごめん……」

ガーン。
俺の愛、伝わってなかったのかよ。

「……ま、確かに自衛してチャラく言ってたかもなあ。でも気持ちは本当だよ。今もこんなにも朔さんのこと、愛おしくて堪んない。ねえ、これでも俺のマネージャー辞めちゃう?」

覗き込めば朔さんはまた俺から目を逸らしてしまう。

「……おれ、お前がまたこうなるの、近くで見たり、俺がおまえに死に近づけるような仕事持ってくるのつらい」

僅かに震える朔さんの手をぎゅっと握る。

「そっか。今日は本当にごめんね。朔さんを心配させるつもりなかったんだ。俺だって落ちるつもり無かった。ねえ朔さん」

俺の問いかけに朔さんは、おずおずと目を合わせてくれた。
怯える小動物のようなその仕草が愛らしくて。

「俺は死ぬつもりで生きてないし、この仕事に誇りも持ってるんだ。だからこれからもああやって飛ぶし、もっと過酷な事だってやるかもしれない」

「……」

「今までは、落ちて死んだら俺の人生がおわる。……ただそれだけの事だったけど、でも今日からは違うって思える。悲しんで心配して泣いてくれる貴方がいる」

「……え」

「俺は仕事を辞めない。貴方が辞めたところで俺が事故ったらどうせその話はすぐあなたの耳に入るでしょう。それならもうずっと、俺と居ようよ。例えアクション俳優やってなくても、事故は起こるし死ぬ時は死ぬんだ。そのリスクは貴方も背負ってる。俺はそんな人生のしょうもない運命さえも、貴方のそばに居たいんだ。ダメかな」

「……」

呆然と俺を見上げる朔さんは、俺の両頬を彼の冷たい手のひらが包んだ。

「手、冷たいね。そんなに不安だった?」
「……うん」
「俺の事、好き?」
「……すき」
「じゃあずっと、そばに居て。俺から離れないで」
「……っうん、うん……っ!」
「……あはは、かーわい」

首に抱きついてきた朔さんは、わんわん声を上げて泣いていた。
全身で愛を示してくれて、あんなに怒りっぽい彼の怒りは全て愛情表現で、怒れないのも愛情表現で愛で、なんかもう、とことん不器用な人だ。

朔さんが必死に泣いている間に面会終了時間が来ていたけれど、病室を覗きに来た看護師さんが気を利かせて10分だけ延長、とジェスチャーしてくれた。
朔さんは一頻り泣いた後、寂しそうに俺から 離れて行き、落ち込んだ顔で帰り支度を始めた。
あまりの素直さに可愛すぎて爆笑すれば、また朔さんは泣き出してしまったので、慌てて宥めて何とか落ち着かせた。

「朔さん、帰れる? 大丈夫? 事故らないでよ?」
「……うん」
「えー、本当に大丈夫かなあ。心配だよぉ。迎え呼ぼうか? 頭痛くて歩けないって言ったげるよ俺」
「だいじょぶ」
「えー、ほんとに? やだなあ事故んないでよホントにさあ」
「……なあ、」

朔さんは最後に俺の手を恐る恐る握り、怯えたように不安げに俺を見上げて小さく呟いた。



「……あしたも、きて、いい?」



「か゛っわ゛ッッッッッッ」



興奮し過ぎて骨折が悪化したのはまた別のお話。

俺の恋人が可愛いくて辛いです


おーわりっ

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bkm
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