不幸の手紙

働きたくないでござる。借り暮らしのアパートの布団の中でメールを返信しながら名前はかれこれ三週間は思い続けている言葉を今日も吐いた。三週間前まではちゃんと上海料理屋で働いていたし、恋人もいた。リア充というやつである。それが何故、今、一人身で無料出会い系のサクラメールなんてアルバイトをしているか。新人の若いバイトに一緒に働いていた恋人を奪われ、勢いで辞表を出してきたのだ。働く意欲も無くなったけれども暮らしていくためには働かなくてはいけない。

「今度お会いできたら嬉しいですね、っと」

サイトには女性○万人参加中と書いてあるが、実際そのほとんどを数十人のサクラがこなしている。しかもサクラの中に男性もいるから驚きだ。やたらメールの返信が早く、がつがつしている男性陣に溜息しかでてこない。さすがに昼間は働いている人が多いため楽だが、夜はみんな暇だから大忙し。それでも一通につき50円は美味しい。ある程度お金が溜まったら田舎の実家にでも帰ろうと思ったが、この仕事を経験して、まっとうな職で働けるかどうか。名前は休憩と称して業務用の携帯電話を放り投げた。睡魔が限界だ。朝の6時までしつこいメールと付き合っていたため、目も脳も疲れた。また、メール着信。運営会社からだった。三百万円以上使ったお客さんとは一回だけご飯に行くようにと。これはお昼御飯だけで、日給五万円。

「外出るのめんどくさいな…」

このメールに乗せられた名前の人とご飯か。きっと脂ぎってハゲちらかった女っ気のないおっさんなのだろう。そんな人とご飯なんて耐えられるだろうか。まあ、待ち合わせて、嫌になったら会わずに帰ってしまおう。名前は館員ナンバー21117345番の人と会うことにした。会った時の為にメールを見返す。この人は珍しく会おう会おうと言って来ない人だった。『よろしければ、お会いしたいです。今週お昼ご飯でもいかがですか?」の返事に『水曜日でよろしければ』のお返事。


■ ■ ■


待ち合わせはお昼の12時に大江戸公園の家康像前。一応綺麗な恰好と、護身用の短刀を懐に忍ばせた。ただいま待ち合わせ時間5分前。振動する携帯を見ると、『着いたお☆』の五文字。公園の入り口で家康像の方を窺うと、名前のすぐ横に人が立った。邪魔になっていたのかと名前が脇にずれようとすると肩を叩かれた。突然の銃口。

「こんにちは」
「ひいいいいいっ!?」
「あれ、名前さんですよね」
「えっ?えっ?どこかでお会いしましたっけ?」
「どうも、サブちゃんです」

サブちゃんって…携帯を見ると、新着メール8通。待ち合わせ人のメールを開いてみる。『どうも、サブちゃんです』光る画面と、目の前の男性を見比べた。オールバックで右目に鎖付きの丸いメガネをかけた、インテリちっくな男性。もしかしなくとも、この人が。いや、でもこんな人が出会い系サイトに登録するだろうか。しかも300万円以上浪費するようには見えない。どっちかっていうとケチそうだ。でも、どうして本名を?と名前が慄いているといきなり両手に手錠を掛けられた。胸の護身刀も没収された。唖然。

「こんにちは、お巡りさんです。あなたの働いてる事務所が攘夷浪士とつながっているようでね。色々とお話を伺いたく…任意同行よろしいですか?」
「いやいや任意なのに手錠っておかしいでしょ!なんで!?てか私まだ新人のバイトなんですけど!何も知りませんよ!?」
「お昼ご飯なら奢りますよ…見回り組のカツ丼は絶品でして」
「いやあああああああああああああああああああ!!」

大声で叫ぶ名前を周りは奇異の目で見る。ベンチで並んで昼食をとるカップルがこちらを見てくすくす笑うのが酷く癇に障った。絶叫する名前をパトカーに押し込んだ佐々木が見回り組の屯所へと車を走らせる。後頭座席に顔面から押し込まれた名前は座席のふかふか加減に虚しくなってきた。とりあえず姿勢を正して座る。鞄に押し込まれた携帯電話がメールの着信を告げた。

無機質な取り調べ部屋に連れて行かれた名前の前におかれたカツ丼。確かにおいしそう。おいしそうではあるのだが、手錠を外してくれないと食べられないのは承知だろう。ドSか。きゅるるるるるるる、と腹の虫が鳴くのを聞いた名前は恨めし気に佐々木を見た。

「手錠、外してくださいよ。逃げませんから、ってか逃げられませんから」
「そうですね…まあ、あなたが大した情報を持ってないのは承知ですから取り合えずここに住所、名前、電話番号、メールアドレスを書いてください。あ、ここのメールアドレスはあなたの本当のメアドですからね。サイトの書いても無駄です」
「明らかメールアドレスの欄だけ手書きなんですけど。てか警察が出会い系なんてやっていいんですか。ばらしますよ」
「公務でやっていたのですから。いいから早く書きなさいクズが」

何かが違う、と名前は思った。あんなテンション高くてしかもマメなメール公務でやってるなんて江戸の警察は大丈夫なのか。というか、家に帰ったらこのバイトやめよう。前科持ちまでには落ちたくない。銃砲刀剣類所持等取締法と呟く佐々木に名前はカツ丼を詰まらせた。

「刃渡り6cmより長いものは取締りの対象ですよ。あなたのは7cmでした」
「1cmぐらい見逃してくださいよ」
「取引します?」
「…取引とは」
「このバイトをやめて私とメル友になりましょう」
「は?」
「銃砲刀剣類所持等取締法と攘夷加担疑惑」
「すみませんメアド書きますどうぞ私とメール友達になってください」
「返信遅れたら…わかりますね」
「………」

メールアドレスの欄に殴り書きで携帯のメアドを書く。差し出した書類を胸ポケットにしまった佐々木を見て名前はうんざりした。やっぱりこの人メールが好きなだけじゃないの。これからアルバイトどうしよう。生活費が、と嘆く名前に佐々木は提案した。

「見回り組の女中でもします?」
「嫌ですよ」
「給料も悪くないし、なにより私のメールにいつでも返信できます」
「嫌ですよ」
「じゃあ服役しましょうか」
「調子のりましたすみません!」

屯所から解放された名前は溜息をついたあととぼとぼと歩きだした。ぴるるるるるる…と鳴る自分の携帯。開くと想像通り佐々木からだった。いつの間に登録されたのか、差出人の欄に『サブちゃん』。『夜遅いから気を付けてけるんだお☆☆』の文面に名前は携帯をぶん投げた。
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