※不幸の手紙とリンク
―見回り組局長に愛人ができたらしい。浪人たちの間で最近囁かれる噂話だ。
金曜日の真夜中。翌日の仕事は無いからだらだらと好きなように時間を使える。この日の為にと、とって置いたアルコールを取り出し、ついでにポテトチップでもないかと戸棚をごそごそと探し回った。そういえば先週食べてしまったかもしれない。時間帯を考えれば食べない方が良いに決まっているのに、一度食べたいと思ってしまった衝動は収まることを知らずに名前の右手に財布を持たせていた。徒歩五分のところにコンビニがある。ちゃちゃっと行けばいいと思った名前は携帯片手にアパートを出た。不意に着信音が鳴り、ドキリとはするが、それが佐々木異三郎からのメールだと気づいてちょっとばかし無視をすることにした。外は寒い上に暗い。街灯すらまばらな道は薄気味悪かった。どこからか人の声はするものの、安心はできない。なぜなら今朝の結野アナのブラック星占い。
「今日もっともついてないのはみずがめ座!今、洗顔中で、迷惑メールに苦しまれている黒い下着のあなた!今日死にマース!ラッキーカラーは白!−っ…」
つけっぱなしのテレビから流れてきた衝撃の占い結果に思わず目を開け、洗顔中の為に泡が眼球を刺激して悶絶した。がたがたやっているうちにブラック星占いは終了し、一番聞きたかったラッキーカラーの部分が聞き取れなかった。落ち込んだ気分でバイト先に向かい、一日中びくびくしながら過ごしたが特に何もなかった。なので、油断していたのだ。記憶の片隅に押しやっていた音声が暗い夜道でよみがえり、名前は思わずあたりを見渡した。何やらもめているような声が聞こえるような、聞こえないような気もする。これは死亡フラグか…?と背筋が凍り、思わず携帯を握りしめていた。
「こんにちは。御嬢さん?」 「…………!!!!!!!!!!!!!」
かちゃり、と鳴った音を名前は知っている。前にも突き付けられたことがある。これは、銃口だ。反射的に手を上げ、後ろに財布を差し出すような形をとった。息を詰め、相手を刺激しないように前だけを見た。一度経験したせいかスムーズに体は動くが内心のひやひや感はなんど経験してもなれるものではなかった。
「動くな。そのまま前を向いてろ」
恐ろしいことに後ろの男は二人組だったようである。先ほどとは違う男の声がしたと思ったら次に呻き声が聞こえた。そして何かが落ちる音。固く目を閉じた時、再び携帯が着信を告げた。バイブレーションの振動もあって、手から携帯が落ちた。視線だけ落ちた携帯に投げると、メール受信:佐々木異三郎。もう彼でもいいから助けて欲しかった。
「おい、落ちたぞ」 「……」 「…大丈夫か?」 「えっと、動いてもいいですか?」 「あ、ああ」
その言葉にゆっくりしゃがみ、携帯を手に取ってもう一度両手を上げる恰好に戻った。ナニが目的なのか分からないが一刻も早く解放してほしい。無言の犯人と長引く沈黙に恐る恐る振り返ると、倒れた浪人と、制服姿の男が必死に笑いをこらえていた。街灯の明かりによって浮かび上がるのは真っ黒な制服。街中でよく見る真選組の制服だった。
「ちょっと!助けてくださったんならそう言ってくださいよ!てっきりまだ不審者がいるのかと勘違いしちゃったじゃないですか!!」 「っぷ…いや…悪いっ…」
恥ずかしさもあって逆ギレをするも真選組の彼は笑いをこらえるのに必死だった。しばらくすると彼は落ち着きを取り戻し、夜道の一人歩きは危険だと諭してきた。名前は彼の顔をとくと見る。すっと通った鼻筋に色の白い肌、そして少し空いた瞳孔。瞳孔を除けば美青年だった。柄にもなく少しだけときめく。命を助けてもらって、なおかつイケメン。名前の心臓が波打たわないわけがなかった。
「あの、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」 「…土方だ」 「土方さん…。あの、ありがとうございました」 「ああ、気をつけろよ」
暗い夜道、見つめ合う妙齢の男女。名前も動こうとしなかったし、土方も煙草をふかしだした。ちょっとした、展開。
「全くあなたは電話にも出ないと思ったらこんなところで何しているんですか。どうせ酒のつまみが切れてたからコンビニにでも行くつもりだったんでしょうね。太りますよ」
乙女チックなムードは突然のテロによって破壊された。その声に名前は聞き覚えがあった。土方も聞き覚えがあった。
「佐々木ィ…」
地を這うような声を出した土方は瞳孔をさらに広げ、異三郎を睨みつけた。夜道に白い見回り組の制服は酷く浮く。名前はと言えば初対面かつ好感を抱いた土方の前で酒のつまみやら印象を下げるようなことを言われ軽く凹んでいた。否定できない。
「いやいや土方君。うちの名前がお世話になりましたね」 「…こいつ見回り組か」 「まさか。我が組はエリートのエリートによるエリートのための組織ですよ?こんな凡人以下が所属しているわけがないでしょう。」 「その見回り組組長さんがわざわざこんな所に何用でしょうかね?」
土方と佐々木のメンチの切り合いに名前はどうしていいのか戸惑った。もうポテトチップスはいいから家に帰りたい。ここにいていいことなんて一つも起こらないのだけは理解していた。
「名前」 「は、はい」 「贈り物です」 「は?」
佐々木が名前に紙袋を突き付けた。押し戴くように受け取り、中身を覗くとワインが入っていた。頭上に疑問符を浮かべて佐々木を見ると、忌々し気に名前を見下していた。
「先ほど、おすそ分けをしようかと思ってメールしたのですがねえ」 「あ、見てないです」 「でしょうね。貧乏人が食いついてこないわけないと思っていましたから」 「……ありがとうございます」
土方は佐々木と名前を不審そうに眺めた。エリート様とスエット姿の一般人。接点があるように見えないが、二人は知り合いのようだ。それに、どうして彼がここに来たのか。
「土方くん。君の役目は終了の筈です。さっさとそこのゴミを連れて消えなさい」 「ちょっと佐々木さん!土方さんは私を助けてくれたんですよ!そんな言い方しないでください」 「なに一人前に襲われてるんですか愚民が」 「…くっ」
佐々木は忌々しげに名前の腕をとり、ずるずるとコンビニに引きずって行った。その光景を気味悪そうに見送る土方と愚痴愚痴と名前に嫌味を言う佐々木。心配してくれていたのか手間を掛けさせたから怒っているのか。わざわざ差し入れを持ってきてくれたのはありがたいが、そこまでしてもらう義理はなかった。コンビニでワインのつまみを適当に買う。安物なんて食べられないとネチネチ言う佐々木に上り込む気かと名前は慄いた。適当に買ったものをレジに持っていくとカードで払おうとする佐々木。やはり理解はできなかった。 |