夏は眩しい

※abcの仲違いとリンク

名前の診療所は真選組屯所のすぐ裏にある。半年前までは歌舞伎町の外れの一角に腰を据えていたが、諸事情により移転を余儀なくされた。その際に治安の良さだけを追い求めた結果、屯所の裏門から通りを挟んだ向かい側に新規開業をしたのだ。その判断が果たして正解だったのかはわからない。なぜなら真選組自体がチンピラ警察と呼ばれているからだ。

昼食を食べ終わり、ほっと一息ついたはずの名前は机の上で振動を繰り返すスマートフォンをじっと睨んだ。画面には真選組 土方十四郎の名前が表示されていた。一難去ってまた一難の言葉の通り、休む暇なく厄介事が舞い込んできたようだ。

「はい、名字ですけど」
「俺だ。おい、お前今から屯所来られるか?」
「なんですか?また沖田さんに襲撃でもされたんですか?」
「ちげーよ。俺じゃねェ。新入隊士どもが熱中症でぶっ倒れやがった。5人だ」
「……」

名前の診療所は救急クリニックではない。救急車を呼ぶより名前を呼んだほうが早いと味をしめたのか移転してからの夜討ち朝駆けと真選組に呼び出されることが増えた。

こんな猛暑日に空気のこもる道場で稽古なぞすれば熱中症になることは予測できただろうに。名前は今度こそ大きくため息を吐いた。

「意識はありますか?痙攣は?」
「反応は全員ある。痙攣はしてねーが吐いたやつはいる」
「すぐに行きますので倒れた人たちの服を緩めて涼しい場所に寝かせてください。私が行くまでに体温測って記録しておいてくださいね。あ、あと熱測り終えたら全身に霧吹きでいいんで水拭きかけておいてください。うち今看護師いないんで手伝える人も用意しておいてくださいね」
「ああ」

通話を切った名前は診察ベッドの下から大きな保冷バッグを取り出した。冷蔵庫から取り出した経口補水液と保冷剤を詰め込む。棚のなかから点滴治療のセットと体温計を5本取り出し、往診鞄の中に入れた。点滴のスタンドは真選組の医務室にも置いてあるから持っていかなくてもいいだろう。万が一足りなかった場合は隊士の誰かに持たせればいい。

鞄を背負った名前が診療所から出ると、真選組の裏門では沖田が待っていた。

「こっちでさァ」
「うち今日は休診日だったんですけれど」
「知ってますぜ。土方さん、今日は休診日だから暇しているだろうってあんたを呼んだんですから」

この腐れ警察がと心の中で毒づいた名前の肩から沖田は荷物を受け取った。
倒れた隊士たちは冷房のある客間に寝かせてある。熱中症になった直接的原因は稽古だが、間接的理由としては昨夜の深酒も考えられた。特に倒れた5人は焼酎をがぶ飲みしていた。アルコールによる利尿作用で脱水に拍車をかけたのだろうと沖田は考えたが、名前には黙っておいた。自業自得だとわかればこの医者は帰りかねない。

「ここでさァ……おーい土方さん、名前さん連れて来やしたよ」
「おうご苦労」

客間の扉を開けた沖田は名前を招き入れ、鞄を床に置いた。部屋には手伝いとして女中2人が控えていた。名前はショック状態の隊士がいないことを確認したのち、それぞれの体温を聞いた。40度を超えた隊士は1人だった。

「彼を先に見ます。他の人達には経口補水液を摂取させてください。飲めない人がいたら、教えてください。土方さん、保冷剤にガーゼ巻いてください。沖田さん点滴用のスタンドとってきてください」

名前も手早く保冷剤にガーゼを巻き、前頸部の両脇と腋窩部、鼠径部に当てた。聞けば彼が嘔吐した1人だという。意識もあるが朦朧としている。これでは経口摂取は難しいと判断した名前は冷やしていた細胞外液補充液の輸液のための準備を始めた。

保冷剤にガーゼを巻き終えた土方は見よう見まねで他の隊士のもとに保冷剤を運び、首や脇に当てた。重症なのは名前が見ている隊士だけのようで、他の隊士は顔色こそ悪いものの倒れた時に比べれば回復しているようにも見えた。

「看護師がいれば楽なのになあ……佐藤さん帰ってきてくれないかなあ……」

名前はぼやきながら輸液セットと延長チューブを接続した。クレンメを閉じ、輸液製剤にピン針を刺して点滴筒に薬液を半分ほど満たした。クレンメを開き、薬液をルートに流す。ルートの上にできた気泡を指で弾き点滴筒に戻した名前は駆血帯を隊士の左腕に巻いた。

「土方さん、この人、アルコールアレルギーとかはないですか?」
「あ?ないと思うが……昨日もアホみたいに酒飲んでたしな」

あらら言っちまったと沖田は舌をだした。案の定、その言葉を聞いた名前は怒りを込めてか、力強くアルコール脱脂綿で隊士の前腕外側を円を書くように拭き始めた。消毒液が乾いたことを確認した後、静脈に向かって針を刺入した。駆血帯を外して内針を抜き、延長チューブと接続する。滴下を確認し、刺入部の固定を始めた。

「名前、どうだ?」
「とりあえず点滴で様子を見ましょう。これで体温が下がらなかったら大江戸病院に運びましょう」

名前は持ってきた体温計の感音部から5cmほどの部分に印をつけた。背中を壁側に向けた回復体位を取らせ、座布団で体と保冷剤を安定させる。再度嘔吐した場合に窒息を防ぐため、点滴終了後、直腸温度を測るためだ。

名前はゴム手袋を外し、他の隊士の様子を見るために腰をあげた。他の4人はそこまで重症ではないようだ。あとは安静にしていれば問題はないだろう。甲斐甲斐しく世話を焼く女中に後は任せても問題ないだろう。再度体温だけ確認した名前は、すまんなあと笑う隊士の額をぱちりと叩いた。

「これにこりたら水分補給と適度な休息は怠らないでくださいね。あと深酒も」
「本当にすまんなあ」
「みなさんもですよ」

名前は居間の入り口から部屋を覗き込む隊士達に向かって言った。仲間が心配で様子を見に来たのだろう。邪魔をしたら悪いからと部屋の中には入らなかったが、続々と集まる彼らは廊下から溢れ、縁側の外にまでいた。

「いやあ、名前さん。毎度すまんなあ。今戻ったよ」
「……近藤さん」

様子見で集まった隊士たちをかき分けて来たのは真選組の局長、近藤だった。その右頬は大きく腫れ、左頬は擦り傷ができている。よく見ると着物の左半分も砂で汚れていた。

その様子に名前はため息を吐いた。またお妙にちょっかいを出し、殴り飛ばされたのだろう。懲りないお人だ。

「今日は診療所も休診日のはずだろう?呼び出して悪いなあ。ちゃんと特別手当もだすようにとっつあんに掛け合うよ」
「ええ、ぜひそうしてください」

客間に上がった近藤を座らせ、名前は救急箱と余った保冷剤を引き寄せた。まずは水で擦り傷についた汚れを落とし、ガーゼを当てる。腫れている打撲部は骨が折れていないことを確認した後、保冷剤をあて、ガーゼと保冷剤を固定するように包帯を顔に巻いた。

「頭を打ったなら今日は安静にするべきですよ」
「1日様子を見てなにかあったら連絡をください、だろ?」
「……ええ、そのとおりです」

何度もかけている言葉故、近藤も覚えたらしい。覚えるほどにお妙に殴り飛ばされている事実に名前は呆れ含めた目を近藤に向けた。全く今日も厄日だ。
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