I loved youの魔法


リヴァイから本を借りる約束をしていた名前は執務室にいるリヴァイから隣の私室で待つように言われたために、彼の私室の本棚の前で本を物色していた。人類最強という二つ名を持っているが、リヴァイは根っからのアクティブ派ではない。オンオフのスイッチがはっきりしている方で、訓練中でない自由時間は、紅茶を片手に読書を好むような男だった。調査兵団という環境もあるが、リヴァイは金を貯めない。毎回、紅茶と洋服、そして本で気前よく使ってしまうのだ。一般兵の名前にとって本は高級品であり、自前で買うことはめったにない。そのため調査兵団の書庫を利用していたが、そこにあるのは堅苦しい本ばかりで、名前が好きなファンタジーや推理小説といった大衆本は無い。それを嘆いていたのをリヴァイが聞き、自分の本を貸すことを提案したのだ。

「あ、これ新刊出たんだ。さすが兵長……早いな」

リヴァイの潔癖症は兵団内でも有名である。本ともいえど、人がべたべたと触ったものは気が引けるらしく、名前もそれを配慮して白い打ち手をしてリヴァイの本に触れていた。手袋によって手を滑らせ床に落としでもしたらリヴァイはもう本に触れることを許してはくれないだろう。名前は慎重に気になった本を引き出した。憲兵団に所属する主人公が街で起こる怪奇な事件を解決していくシリーズものである。名前のお気に入りのそれをほくほくとしながら手に取り、リヴァイが来るまで時間を潰そうとソファーに座った。ページを捲ること数分で、午後の休憩に入ったリヴァイが部屋を訪れた。

「あ、兵長。お借りしています」
「構わん。紅茶でも飲むか?」
「えっと、じゃあ私が淹れてきます」
「俺がやる。お前は娯楽小説を読む前に紅茶専門誌を読むべきだな」

遠回しでもなく、お前の淹れる紅茶は飲めたものではないと言われた名前は顔を隠すように本を持ち上げた。紅茶にはとんと疎い名前である。繊細な紅茶の味はよくわからないが、リヴァイの淹れる紅茶がなんとなしに美味しいことはわかっていた。リヴァイが私室に取り付けられた給湯室に入り、ティーセットを用意した。沸かした湯でポットとカップを温めることから始めているために陶磁器の触れ合うかちゃかちゃとした音が名前に聞こえてきた。

「いい香りですね」
「エルヴィンの伝手で手に入れたいい茶葉だからな」
「ご相伴に預かれるなんてラッキーです」
「カップの淵に金色の輪が見えるだろう?芳醇で円やかな味のある紅茶の特徴だ」
「微かにシュガーシロップのような甘い香りがしますね。なのに爽やかな味です」

名前の感想はリヴァイのお気に召したらしい。上機嫌にキームンと呼ばれる紅茶について語り出した。リヴァイの口調にはめずらしく熱が篭っている。そこまで紅茶に興味が無い名前はそれとなく聞き流しながら手元の紅茶に口を付けた。

「そうだ、お前にいいものを見せてやろう」
「え?何ですか?」
「待っていろ」

やけに機嫌がいいなと思いつつ、名前はおとなしくリヴァイを待った。何かいいことでもあったのだろうかと首を傾げながら、私室の奥の寝室に入っていったリヴァイを見送りながら手袋をつけ、読みかけだった本を開きなおした。

「おい」
「え……なんですかそれ。えっ?兵長って意外とそういう趣味があったんですか……」
「なんて面してやがる」

リヴァイが両手に抱えてテーブルの上に置いたのは貴族の娘が持つような大きなドールハウスだった。屋根が取り外せるようになっていて、部屋の一つ一つまで丁寧に作られているのがわかる。試しにベットを指先で押してみると、きちんと弾力もあり、下手をすると名前のベットより寝心地が良さそうだった。

「これ、どうしたんですか?買ったんですか?貰ったんですか?」
「貰いもんだ。貴族の晩餐会に呼ばれたときに、その家の娘に気に入られたらしくてな。送りつけられた」
「はぁ。それは災難でしたね。あまりにも兵長のイメージとそぐわなかったのでびっくりしました」
「悪かったな」

しかし、大きいドールハウスだ。ベッドや椅子の大きさからしてもこの家に住む人形は十五センチくらいのものだろう。

「こんな豪華な家、羨ましいなあ。この部屋に住むお人形は居ないんですか?」
「いるぞ」
「えっ、見せてくださいよ」

ドールハウスを覗き込んでいた名前が顔を上げると、その顔に向かってリヴァイは霧吹きのようなもので液体を掛けた。反射的に目を閉じ、冷たい霧状のものに驚く。ツン、とアルコール臭が鼻についた。強烈な匂いのせいで酔ったように目の奥がぐるぐるとする。思わず蹲った名前は尻を床につけ、顔を擦った。

「な、何するんですか!てか!なにこれ!?」
「………本当に縮んだな」
「はぁ?………っ!!!」

目をゴシゴシと擦り、液体が目の周りからなくなったことを確認して薄っすらと瞼を開けた名前が見たのは自分を見下ろす巨人だった。壁を破壊したという五十メートル級の巨人はこのように見えるのかと思うくらいの大きさである。だが、壁外でみる巨人と違い、それは服を着ていた。兵団服を着ていた。

「は?え?は?うん???」
「気分はどうだ?」
「兵長。これは一体どういう状況ですか?」

巨人に掴みあげられるように、名前はリヴァイの手によって捕まれ、そのまま先ほどまで覗き込んでいたドールハウスの中へと入れられた。なるほどサイズはちょうど良さそうだと一瞬脳裏によぎった言葉によって、名前の体から今更ながら冷や汗がでた。

「よかったな。今日からお前がこの家の住人だ」
「ちょっと!兵長!?出してくださいよ!!!」
「黒魔術なんてぱちモンかと思っていたが、悪くねぇな」
「意味わかんないから!兵長!クソ!出してってば!ねぇ!!」

黒魔術の使い方と書かれた本がそういえば本棚にあった気がする。そんなことはどうでもいい。名前は壁をバンバンと叩いてリヴァイに訴えかけた。

「兵団服じゃ可愛くねぇからな。安心しろ、ドレスも買ってある」
「私、兵長のお人形さんごっこに付き合う気はありませんから!出してください!」

リヴァイは部屋のクローゼットに可愛らしいお人形のワンピースやらを入れた。名前の声は無視されているようだ。出て行くリヴァイの袖にしがみついて脱出を図るも呆気なくベッドに落とされた。

「俺はお前のことを可愛いと思っているぞ」

そう言ってリヴァイは屋根を閉じた。そしてすぐにぐらぐらと家は揺れ出す。名前はパニックになった。衝撃が来て、また動かなくなる。場所を移動させたのだろう。ドールハウスの窓からは部屋の扉が見えた。リヴァイと思わしき人影が、その扉から外へ出て行ってしまう。悪夢としか思えない現状に、名前はただ混乱することしかできなかった。
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