どうしようもない君にきゅんとくる

 
就寝時間が迫った調査兵団本部の兵長室の中で、名前は頭を地面にこすりつけていた。綺麗に土下座の姿勢を取る彼女を、リヴァイは呆れたように見下す。この光景は何度も見ている。それこそ、人は違えど地下街にいたころからよく見る光景だった。

「お前…いい加減にしろよ」
「本当にすみません。いや、もう本当にお願いします」
「理由は」
「いい馬がいたので是非交配させたく…」

名前が床に額を擦り付ける。上からおおきなため息が聞こえ、名前は小さな体を一層小さくした。そんな二人の様子をエレンは部屋の隅から見ていた。リヴァイに伝言を頼まれ、それを伝え切らないうちに名前が乱入し、リヴァイの前に膝をつきだしたのだ。呆気にとられるのも当然である。リヴァイの意識はとっくにエレンから逸れている。それを十分承知している哀れな新兵は、だからこそここから去りたかった。

「名前よ。先々月の借金もまだ返済しきれていないよな?」
「……はい」
「それでまた金を借りたいと?」
「………はい」

名前は顔を少しあげて、そして素早く下げた。ひいっと小さな悲鳴が聞こえる。エレンもリヴァイの横顔をみて悲鳴を上げそうになった。凶悪面すぎる。退室の許可を願いたかったが、自分から声をかけることもできず、エレンは二人のある意味滑稽な様子をただ眺めることしかできなかった。

「おねがいしますよ兵士長…流石に部下に集ることはできませんし…いや、最終手段…最終手段も禁じ得ないぞ私は!」
「うるせェ。それは絶対にやめろ。風紀が乱れる」
「ですよねー…だからこうして上司に頭下げているんです…」

同期に借りればいいのに、と思ったエレンだったが、もしかしたら同期はもういないのかもしれないと察し、少しだけ彼女に同情した。いや、同情はしない。何が理由であっても借金は良くないことだ。しかし旧調査兵団の本部まできて、よりによってリヴァイに借金を申し込むとは、一体彼女はどれだけ金に困っているのだろうか。

「おーいリヴァイ。名前いるだろう?入っていいかい」
「入れ」

ドア越しからハンジの声がした。振り向こうとする名前の頭をリヴァイが手で抑える。足で抑えないだけ優しいと思った。ハンジが名前とリヴァイを見てやれやれと肩をすくめる。ハンジもまたエレンをスルーし、名前の隣にしゃがみ込んだ。

「名前?お金は借りれた?」
「いいえ…」
「じゃあしょうがない。特別に私が貸してあげようか?」

ハンジの言葉に名前が勢い良く顔をあげようとし、それをリヴァイが阻止した。ごちん、と名前の額が床に当たる。ううっと呻く彼女にハンジは哀れみの視線を向けた。給料は悪くないのに、全く彼女は景気が良すぎる。そしてそんな彼女に金を貸し続けるリヴァイも景気が良すぎる。だから名前が何度も何度もたかりにくるのだ。

「ハンジ。これは俺と名前の問題だ。お前は余計な口を挟むんじゃねェ。なあ、名前。これは俺とお前の問題だよな?」
「いや私はお金が借りられるなら誰でも…」
「ほう…」
「うっ…いいえこれは私と兵長の問題でございます」

土下座する名前の前に膝をつき、彼女の頭を押さえつけるリヴァイ。名前の横には床に尻をつけ、彼女を覗きこむハンジ。一見すればチンピラにかつあげされる被害者だ。リヴァイは名前の頭から手を離した。

「今度という今度は誓約書を書いてもらおうか」
「書きます!書きます!」
「おら、書け。はやくしろ」

立ち上がった名前はリヴァイに差し出された紙にいそいそとサインをした。立ったまま書いたため字が乱れている。名前がサインを書いたのを確認したリヴァイが性根の悪そうな笑みを浮かべる。傍から見ていたエレンでさえ、きっとロクでもないことが書かれた紙にサインさせたのだろうと察した。

「ちゃんと文言確認した?」
「あ…」
「ダメだよ。ちゃんと確認しなきゃ」

ハンジはリヴァイの手から紙を取る。内容はまあまともだ。三ヶ月以内の返金と、返還時の利子について。そして、リヴァイ以外の人間から借金をしないこと。名前も自分がサインした書類を覗きこんだ。そして安堵の息を吐く。

「え、これ破った場合はどうなるんですか?」
「愚問だな。お前はこれを破らないことを誓ったんだ。破った時のことなんか考える必要はない」
「いや、まあそうですけれども」

リヴァイは机のなかから巾着を取り出して名前に投げた。受け取った名前は巾着の口を開けて中身を確認する。中には銅貨と銀貨が入っていた。

「ありがとうございます!!!!」
「ちゃんと返せよ」
「はい!」

ほくほくとした名前がリヴァイに見えないようにピースサインを作りハンジに向けた。それを見ていたエレンは白い目を向けた。そこで初めてエレンの存在に気がついたらしい名前は首をかしげた。

「あ、例の子か」
「はい、エレン・イェーガーです」
「私、名前・名字。よろしくね」

エレンのいる壁際まで歩き、握手をしようと手を伸ばした名前。エレンもそれに応えようと手を上げたが、それはリヴァイによって叩き落とされた。その目に嫉妬が宿っていることに気がついたエレンは、リヴァイの彼女に対する行動を一切理解した。

「エレン。お前はもう地下室にもどれ。ハンジ、送ってやれ」
「えー。私、名前とお話しに来たんだけど」
「今日は諦めろ。返さん」
「リヴァイばっかりずるいよねぇ」

ぶつぶつと文句を言いながらハンジはエレンの肩をおした。部屋から出る際、エレンが見たものは名前の手を引いて仮眠室に向かうリヴァイの後ろ姿だった。私も名前にお金貸して一緒に寝たいなあと呟くハンジ。エレンは上司の意外な一面にあっけにとられるしかなかった。
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