駐屯兵団から功績を評価されて憲兵団に移ることは極稀にある。だが、駐屯兵団から功績を評価されて調査兵団に移ったと言った話は聞いたことがない。名前はトロスト区駐屯部隊長のハンネスに呼び出され、調査兵団に移る気は無いか?と尋ねられ、困惑していた。
「えっと、はい?」
「シガンシナでの討伐と昨日のトロスト区での活躍が調査兵団の目に止まったらしくてな、是非彼女をくれないか、とエルヴィン団長から直々に…いやまだ了承はしてないぞ?本人に聞いてみます、って言っておいたからな?」
「それって私断れるんですか?」
「……エルヴィン団長直々からのお話でな…」
「おいコラ」
「俺だってかわいい部下を手放したくねーよ。でもしょうが無いだろ。お前が意外に使える兵士だったんだから」
名前とハンネスはシガンシナ区からの付き合いだった。もう付き合いは八年ほどになる。ずっと一緒に過ごしてきた部下を手放すのは惜しいのだが、ハンネスには簡単に断れない理由があった。エレン達が今年、調査兵団に入団するからだ。信頼できる名前が調査兵団に居てくれるならば心強い。だが、渋る彼女を無理矢理入団させるわけにはいかない。あの、調査兵団なのだ。昨日も壁が破られ、地獄をみた。調査兵団に入団すれば巨人と戦うことは避けられない。
「いや…まあこんな状況ですから駐屯兵団にいようと戦場に駆り出されそうな気がしますから」
「行くのか?」
「どうしましょう…」
こう話している間にも固定砲は火を吹き続けている。壁の中の巨人を一掃しているのだろう。ため息をついた名前はハンネスの持っている書類を奪った。エルヴィン団長から名前に宛てた手紙だった。調査兵団の兵力不足について、トロスト区での戦績について、是非とも力を貸して欲しいという一文でその手紙は締めくくられていた。
「…調査兵団といえばエレンですねえ」
「そうだな」
「……エレンって巨人になれたんですね」
「巨人になろうがなるまいがエレンだろ…怖いのか?」
「どうなんでしょう」
巨人は怖い。だが、エレンはエレンだ。理性ではエレンを恐れることはないと分かっているが、本能で彼を拒絶してしまいそうで怖いのだ。幼い頃から知っているエレン。それがトロスト区奪還作戦では見たことも無いような存在になっていた。
「とりあえずエルヴィン団長にあってきます」
「おう」
名前とハンネスの話している様子を遠目に見る兵士がいた。彼らの背中には自由の翼のエンブレム。名前は彼らのもとに向かった。右手に持った手紙を彼らに渡す。ハンネスは調査兵団の兵士と話す名前を寂しそうに見送った。
「エルヴィン団長とお会いしたいのですが」
「団長がお待ちです」
もしかしてずっと見張られていたのではないかと名前は勘ぐった。いや、でも調査兵団はそこまで暇ではないはずだ。若い女兵士と男兵士の後を追う。すると馬車に連れて行かれた。お乗り下さいと言う兵士に名前は顔を引きつらせた。
「あの、どこに行くんですか?」
「エルヴィン団長がお待ちですから」
「おいペトラ、はやくしろ」
あれ?と名前は首を捻る。ペトラと呼ばれた女兵士と言葉が通じない。困ったように男の方を見れば、さっさと乗れと言わんばかりの態度だった。むっとした名前は仕方なく馬車に乗り込む。行き先不明は不安だが、悪いようにはされないだろう。数十分馬車を走らせるとウォールシーナに入ったのがわかった。本当に何処に連れて行かれるのだろう。馬車が止まったのは審議所の前だった。
「わざわざ来てもらって悪いね」
「エルヴィン団長…いえ、こちらこそお忙しいなかすみません」
馬車から降りるとエルヴィンが立っていた。馬車から降りる名前の手をとり、降ろす。そのまま審議所の中へと彼女を連れて行った。二階へあがるとそこは応接間のようなものだった。エルヴィンは席につき、名前にも座るよう促す。
「調査兵団への勧誘が異例だということはこちらも十分承知している。けれど君を駐屯兵団に置いておくのも惜しい気がしてね。君なら壁外でも十分戦えるだろう」
「勧誘ならば私よりも精鋭班のメンバーを誘ったほうが…」
「私の目に止まったのは君だ」
口説かれたわけでもないのに名前は照れた。エルヴィンの真摯な眼差しが名前を貫く。君だ、というように限定されると好感度はあがるものだ。
「今、人類は滅亡の瀬戸際にいる。先日もウォールローゼが破られかけた。一人でも多くの戦友が我々調査兵団には必要だ…君の力を貸して欲しい」
「…あの、私情が入りますが、いいですか?」
「私情?」
「私、エレンの知り合いなんです。彼は調査兵団に入団を希望していました。彼が調査兵団に入った暁には、私を彼の側においてください。それが、私が調査兵団に入る条件です」
「考慮しよう」
ペトラがエルヴィンに一枚の書類を差し出した。それをそのまま名前の前に置く。移団届けと書かれたそれに名前は口を曲げた。この状況で一介の兵士が断れるわけがない。会いにきたのは自分のはずなのに何故か理不尽な気がした。嫌々というように渋りながらサインをする名前にエルヴィンは苦笑いを浮かべ、彼女を歓迎した。