雷が落ちたような音とハンジの絶叫。たまたまハンジの部屋の前を歩いていたリヴァイはその大音量のコラボレーションに耳を塞いだ。リヴァイの時間感覚が狂っていなければ、現在時刻は二十三時過ぎのはずである。大声をだしていい時間ではない。ハンジの部屋のドアノブに手を掛けるが扉の前に何か置いてあるのか、あかない。仕方なく助走を付けて蹴りをいれ、扉を押し開けた。
「おい…」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!すっげえ!すっげえ!君どこからきたの!!!ねえねえどうして!?ねええ!!!!それ何?!!!!本!!!!」
リヴァイが見たのは散乱した部屋の本の上で少女の両肩に手を置き、その体をがくがくと揺らすようにして問い詰めるハンジの姿だったのだ。本を胸の前で抱く少女の格好は兵団服ではない。民衆の服装でもない。かといって貴族の着るようなドレスでもなかった。体に巻きつけた布を胸の前でクロスさせ、腰の位置で太い紐を使って結んでいる彼女は東洋人らしい顔立ちをしていた。
「誰だそいつ…どこから侵入した…?」
「いきなり現れたんだよ!ね!モブリット!!!」
「は、はい…」
部屋の隅にいたモブリットが小さい声で返事をした。突然現れたなど信じられるわけがない。事情を説明しろ、と目で言うリヴァイに震えながらモブリットは敬礼をした。
「か、雷が落ちた瞬間部屋の中にこの少女が現れました!」
「……」
「窓も閉まっていたのですが、ハンジ分隊長の机の上に…」
どんどん声が小さくなるモブリット。自分の目には確かにそう見えた。前触れもなく落雷したと思ったらハンジの机の上に少女が座り込んでいたのだ。机の前に座っていたハンジも、今まさにサインをしようとペンを構えていた書類の上に人間が現れれば驚く。間髪淹れずに絶叫し、その声に驚いた少女が机から落ち、追いかけるように捕まえたハンジが詰問しているところにリヴァイが現れたのだ。扉の前に居たのはモブリットである。見つかったらまずいと思って扉を抑えていたが、人類最強の蹴りには耐えられなかった。
「ハンジ、落ち着け」
「いやだって…えええええええええええええええええ」
「うっせえ」
ハンジから少女を引き剥がし、彼女の両腕を掴みあげた。その拍子に持っていた本が落ちる。拾い上げたハンジは本を開いた。そして再び目を見開く。
「リヴァイ、これ」
「…なんだこれは」
ハンジがリヴァイの前に適当に開いたページを広げた。二人には書かれている文字が読めなかった。不信が募る。リヴァイがモブリットにエルヴィンを連れてくるよう言った。
「あ、あの…」
「てめぇ喋れんのか」
「……」
「なんだ」
「あの、返してください」
頭上で拘束された手を動かし、離してくれるよう訴えるがリヴァイがそれに従うわけもなく、名前の訴えは小さな舌打ちで殺された。名前はひっ、と悲鳴を上げる。
「お前の目的はなんだ。何故ハンジの部屋に侵入した」
「えっと…」
「さっさと答えろ」
「ひっ…」
怯えきった名前を哀れに思ったのか、ハンジが名前と目線を合わせるように中腰になった。涙を浮かべた少女に愛想笑いを浮かべたハンジはその腕を見て戦闘員ではなさそうだと判断する。彼女の腕は細すぎた。
「わ、私…歴史書をチェックする仕事があって…」
「はい?」
「その、歴史が変わってないかチェックするお仕事で…えっと、言っちゃいけないんですけど…あの…」
ついにぼろぼろと泣きだしてしまった。ハンジはリヴァイに手を離すよう合図する。逃げ出す気配は無いようだ。懐から出したハンカチで彼女の涙を拭ったハンジは猫なで声で再び尋ねた。
「名前は教えてもらえるかな?」
「名前です…」
「名前か。名前はどうして私の机の上にいたのかな?」
「…すみません」
「怒ってるわけじゃないよ?でもほら、突然人が自分の机の上に現れたらびっくりするだろう?どうしてかな、って気になってね」
「私もわからないんです…か、帰れなかったらどうしよう…」
名前の唇がわなわなと震えだした。あ、これはやばいな、とハンジは察する。その予想を裏切ること無く、名前は大きな声で泣きだした。リヴァイとハンジはどうしたものかと顔を見合わせる。現れたエルヴィンにリヴァイは名前を押し出した。
「モブリットから少しは聞いているが…どういった状況かな?」
「リヴァイが泣かせた」
「ふざけんな」
目を覆ってしゃっくりを上げる名前の前に膝をついたエルヴィンは彼女を落ち着かせるように背中を叩いた。
「歴史が変わっていないかチェックするお仕事なんだって」
「…うん?」
「名前がそう言ってた」
ハンジがそうだよね?と名前に尋ねると名前は小さく頷いた。リヴァイは子供の妄想だというが、その一言で片付けるには謎が多すぎた。何かお仕事を証明できるものがあるかな?と尋ねるエルヴィンに名前は本を差し出す。文字は読めなかったが、挿絵は分かる。やけにリアルな巨人の絵がある。
「ここがあなたのページ。写真と一緒の人」
名前が数枚ページを捲り、エルヴィンに見せた。そのページの隅にはエルヴィンの似顔絵があった。唸るエルヴィンに、名前は次のページを捲った。リヴァイのページだ。
「君はどこから来たんだい?」
「図書室」
「図書室?」
「本が一杯あるの。その本の内容が変わらないようにするのが私の仕事」
「つまり君は未来がわかるのかね」
「歴史書に書かれていることなら…」
エルヴィンは唸った。彼女の言っていることが本当ならば、名前はとても大きな存在と成る。未来が分かる。
「私、帰らなきゃ…」
「あれ?帰っちゃうの?」
本をぎゅっと抱きしめた名前は胸元をまさぐる。肌蹴た胸にエルヴィンは紳士的に視線を逸らしたが、リヴァイは何をする気だと睨みつけた。
「ない…」
「どうしたの?」
「時計がなくなっちゃった…」
うっ、と喉のつまる音が聞こえたと思ったら名前は再び泣きだしていた。エルヴィンが彼女の胸元を正してやり、リヴァイが盛大なため息を吐いた。
「で、どうするんだエルヴィン」
「少し様子を見よう。そうだな。私の遠い親戚の子としてここに置こう。この件は極秘事項だ…名前、君が帰れるまで私達が君の面倒をみよう。いいかい?」
エルヴィンが優しくそう言うと名前は暫く迷った後、しっかりと頷いた。裸足の彼女の抱き上げ、ハンジに託す。目をぎらつかせたハンジに少し心配になったが、名前の世話はハンジに任せることにした。まずは髪を染めようかというハンジに名前は不安そうな目を向けた。