巻き戻しのトロイメライ

調査兵団には資金が必要だ。憲兵団や駐屯兵団に比べて膨大な資金が必要になる。今までは貴族や商会からの寄付金が主な収入源だった。だが、それは不安定なものでも在る。世論が調査兵団に傾けば、その分だけ金も流れる。つまり、世論が調査兵団を否定すれば、資金は底をつきかねないということだ。現在の調査兵団に必要なのは、安定した資金源だ。

「名前はそう、発明家でね。私が無理をいって引き抜いてきたんだ」
「……あの、エルヴィン。この人、すごい目でエルヴィンのこと睨んでいるけど…」
「ああ。心当たりはすごくあるよ。私は彼女に憎まれてもしょうがないことをしてしまったようだからね」
「うーん。まあいいや。つまり彼女の発明品を金に変えるってことかい?」
「そうだ」

エルヴィンの横に立つ名前はエルヴィンを睨みつけていた視線をハンジに投げる。睨まれたハンジは手を胸の前まであげて敵意がないことを示した。一体エルヴィンは何をしたというのか。調査兵団本部まで連れてきたということは、彼女はここで暮らすということなのだろう。わざわざ内地から引き抜いてこなくとも、協力を仰ぐだけで十分な気がする。ハンジは首をひねった。

「で、彼女はどんなものを発明したんだい?」
「お前が今、耳にかけている奴もこいつの発明品だそうだ」
「え?メガネ?」
「フレームの方だがな。曲げても折れない柔軟性が高いフレームはしなりも良い。兵士を中心に高値で売れる上、その製造方法は極秘だ。利益もこいつが根こそぎ持っている」

エルヴィンの後ろにいるリヴァイの言葉にハンジはかけていたメガネに指を当てた。数年前から流行している柔軟性の高いフレームは確かに便利だ。立体機動装置を使用していてもずれないし、転倒時にフレームが曲がることはない。視力の低い人間に兵士の道を開いた一品でもある。それを目のまえの彼女が開発したというのか。驚きを顕にしたハンジは彼女に手を差し出した。

「このメガネ本当に凄いよね!掛けたまま寝られるんだもん。すごく重宝してるよ。…有難う!」

ハンジの手を取ろうとしない彼女の手を無理やり握り、ハンジはそう言った。勢いに押されたように後ずさる彼女は壁にもたれ掛かるリヴァイにぶつかった。とたんに顔をしかめる名前。ハンジのリアクションから名前がどういった反応をしたのか見破ったリヴァイは彼女の肩に手を置いた。とたんにビクンと名前の体が跳ねる。

「こいつは、面倒な厄介事を抱えていてな…エルヴィンが保護したってわけだ」

名前の顔を再び歪む。だが、リヴァイに反論したりはしない。彼女がリヴァイに恐怖を抱いていることは明らかだ。屈辱と恐怖。そんな名前の表情を見たエルヴィンが苦笑を浮かべる。

「彼女についてはリヴァイに任せるが、ハンジ、君も気にかけてやってくれ…きっと名前とハンジは仲良く出来るだろう」
「そんなに私を監視したいの」
「…君のためでもあるんだよ。お互いに利益があることは確認しただろう?」
「……」

初めて名前が口を聞いた。名前を監視することが、彼女のためでもある。リヴァイは厄介事を抱えているといったが、それと関係しているのだろう。リヴァイの目が剣呑な光を帯びだしたことに気づいた名前は口を閉じた。

「で、彼女の事情って聞かせてもらえるの?」
「すまないが、今はまだ話せない」
「私の父が立体機動装置の機密を私に喋ったことが露見して捕まっているのよ。憲兵団も血眼で情報を持ちだした私を探しているわ」
「……オイ」

エルヴィンの言葉に噛み付くように名前は暴露する。リヴァイの低い声が聞こえたと同時に名前の体は宙を舞っていた。足を引っ掛けられ、蹴飛ばされたのだろう。背中から勢い良く地面に落ち、仰向けになった名前の肺の上をリヴァイの靴が蹂躙する。兵士でもない女に許される行為ではないが、エルヴィンはそれを黙認していた。憎まれてもしょうがない理由、をハンジは理解した。

「てめえの口は余計なことしかしゃべれねーのか?それとも耳が不良品なのか?エルヴィンは喋るな、と言ったはずだ」
「うっさ…い。兵団の、犬め」
「お前の命もお前の父の命も俺たちが握っていることを忘れてるわけじゃねーだろうな。もう一度思い知るか?」

胸の上からみぞおちへ足を移動させたリヴァイが徐々に体重をかけて行くと名前の体はびくびくと痙攣を始めた。止まらない涙ときつく結ばれた唇。一向に従順な態度を取らない名前の根性にハンジは賞賛を送りたくなった。

「リヴァイ、そこまでにしておけ」
「……」
「名前も、あまり煽るようなことはしないほうが得策だと思うが」

名前の上から足をどけた。立ち上がらない彼女をのぞくと気絶していた。頬を伝う涙のあとが痛々しい。ハンジはリヴァイに抱えられる彼女を見ながらエルヴィンに質問した。

「名前の現在の研究って何?」
「名前の研究の核は、今も昔も立体機動装置だ。フレームや火薬、今までの商品はその副産物に過ぎないらしい」
「彼女の父親がずっと前から情報を与えてたってこと?」
「どうだろうな。少なくとも、名前の家には装置の試作品が腐るほどあった」

名前を野放しにしておくには危険過ぎるとエルヴィンは判断した。名前の最先端の研究は摩擦と電気だ。電撃を使用する姿は魔女のようだった。彼女なら新しい可能性を導いてくれるかもしれない。名前が作り上げた立体機動の被験体は自分が請け負おうとリヴァイは決めていた。

「一番の問題は名前に、自分の発明を使用する気が全くないことだ」

名前は自己満足で終わらそうとしている。理解したハンジは気絶する名前を眺めた。つまりは、飴と鞭だ。リヴァイが厳しく接し、ハンジが甘やかすことで心の隙、信頼関係を築き、名前を利用する。名前に今まで以上の憐憫を感じながらも、ハンジはエルヴィンに頷いて見せた。
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