幸福な夢から醒める準備は出来ている

 
最近、エルヴィンとリヴァイがなにやら真剣そうな話を深刻そうな顔でしている場面を見かける頻度が高い。調査兵団の団長と兵長という立場なので重要な話は積もるだろう。普段からそういう場面によく出くわすことはあった。だが、今回ばかりは彼らのまとう雰囲気が違う。名前が話し声を拾える距離に来るとさっさと会話を切り上げてしまうのだ。

「機密事項等あるのはわかりますけどね、こうあからさまに疎外にされると傷つくんですよ」
「…うーん。二人とも悪意があってやっているわけではないのは確かだよ。巻き込みたくないんだよ」
「私も兵士になった方が良かったかな、なんて最近思うんです」
「どうして兵士になりたいんだい?」
「恩返しのために決まっています。強くなって巨人を倒せるようになれば、きっと頼ってもらえますから」

可愛らしいワンピースにエプロンを掛けた名前は無邪気な顔で笑う。ハンジは紅茶を飲みながら名前の相談に乗っていた。名前は調査兵団団員でもなく、訓練兵でもない。ウォールマリア陥落時、調査兵団に入ったリヴァイが最初に救った一般人だ。記念品、と言っては言葉が悪いが、それに近い扱いでエルヴィンは彼女を兵団に連れてきた。名前はリヴァイのモチベーションの元になっているのは間違いない。そんな彼女は現在、兵団内で炊事掃除を担当している。

「リヴァイもエルヴィンも名前に兵士にはなって欲しくないと思うんだけどなあ。兵士の強い女の子なら彼らの周りに沢山いるだろう?きっと名前に求められているのはそういうものではないんだよ」
「私は、何を求められているんでしょうか」
「さあ?それは本人達に聞くことをおすすめするよ」

メガネを指で持ち上げながらハンジは名前を観察する。名前は今年で十四歳。訓練兵に志願できる年齢に達している。彼女が訓練兵に志願したいと言ったら、周りはどういった反応をするのだろうか。反対はしそうだが、止めることはなさそうだ。勿論自分も、無理に止めることはしない。

「私は名前のご飯が好きだな。名前が作ってくれるようになってから美味しくなった。巨人の実験の時、持ってきてくれるカフェオレも好き。いってらっしゃい、って言われて、ただいまって答えられるのがとても嬉しいよ」
「?」
「名前を見てるとね、生きて帰ってこれる気がするんだ」
「私は、みなさんが無事に帰ってきてくれるのを願ってます」
「名前は私達とは何もかもが違うんだ。むしろ、一緒になって欲しく無い」

リヴァイやエルヴィンが名前をそばに置く理由がそれだろう。名前からは血と汗の匂いがしない。名前は平和を持っている。それは兵士が捨てたものであり、護るべきものであった。ハンジの言葉が理解できない名前は首を捻る。

「勘違いされることを承知でいうけど、きっと名前には巨人に関わって欲しくないんだよ」
「壁の中で生きている以上、関わらないということはないと想います…そもそも巨人から助けて頂いたのがご縁でしたし…」
「ううんと、巨人って言うか…そうだね、兵士に関わって欲しくない…のかな?」
「うん?」

自分の心中を上手く伝えられないハンジはついに頭を抱えてうんうんと唸りだした。名前も混乱してきている。ふたりとも頭を抱える光景に食堂に入ってきたリヴァイは眉を顰めた。

「おいクソメガネ。名前に巨人の話なんかすんじゃねーぞ」
「噂をすればリヴァイだよ。もう、直接言いなよ名前」
「ええっ…そんな放置ですかハンジさん」
「充分相談に乗ったじゃないか」
「相談?」

名前の隣の椅子を引き、どかっと腰を下ろす。リヴァイが座ったのを見届けてハンジは立ち上がった。あとはお二人で、と心のなかの呟きがありありと伝わってくる。直接聞くのは気がひけるから、ハンジに相談したのに、と名前は恨ましげにハンジを見た。

「で?」
「あっ、えっと…」
「……」

リヴァイの無言の圧力に負けた名前は渋々と『相談』の内容を話した。ハンジからもらった見解も合わせて話す。名前が話し終わるとリヴァイの表情は読めないものになっていた。怒らせてしまっただろうか。リヴァイの手がゆっくりと上がり、名前の頭の上に載った。子供をあやすように髪を撫でられ、名前の目が瞬く。

「お前が知りたいというなら俺達が何をしているか答えてやろう。だが、個人的に、俺はお前に負け戦を見せたくない」
「負け戦?」
「お前には『名前をたすけたリヴァイ』だけを見て欲しいということだ。ただの我侭だがな、だが、この我儘で俺は救われる。何人の部下をしなせようが、どんな屈辱を受けようが、お前の前だけは俺の理想の俺でいられる」
「……」
「失望したいなら勝手にしてくれ」

リヴァイは名前から目をそらすことなく言う。名前もリヴァイから視線を外せなかった。外してはいけないと思った。そっと頬を撫でられ、胸の奥が疼いた。流れに身を任すようにリヴァイに顔を寄せ、口吻てしまった。ゆっくり離れる。リヴァイは相変わらず無表情だった。

「リヴァイさん」
「なんだ」
「私はリヴァイさんに救われました。私の命はリヴァイさんのものです」
「俺はそこまで強要するつもりはない」
「…私にできることはそれだけなのでしょうか」
「…充分すぎるだろう。もう遅い。早く寝ろ」

リヴァイは名前の腕を掴み立ち上がらせた。話を切り上げたかったのだろう。リヴァイと話したことで少しは楽になったものの、彼らに対する不安は消えない。寝室まで送り届けてもらった名前は一人になった部屋の中で天井をずっと見上げていた。
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