雁字搦めの赤い糸

※Crazy Love youの没話

調査兵団の兵士長と兵士長補佐官の仲の悪さは調査兵団内に留まらず、憲兵団、駐屯兵団、訓練兵団まで伝わっているほどの周知の事実だった。
調査兵団に身柄を預けられることになったエレンも兵士長と副兵士長の仲は聞いていたため、リヴァイが名前と目が合うたびに舌打ちしたり、名前がリヴァイの呼びかけを黙殺していたりしているのを初めて見てもそこまで驚くことはなかった。

「本当に仲が悪いんですね」
「ああ、兵長と名前補佐だろ?俺達はもう慣れちまったよ」
「兵長も名前補佐も揃うと機嫌悪くなるのが面倒なのよねえ。個人個人はとても優秀でいい人なんだけど」
「俺は名前補佐が意地になってるのが悪いと思うぜ」
「兵長の態度も十分問題だと思うが。毎回舌打ちされちゃ辛いものがあるだろう」
「意地って、なにかあったんですか?」
「補佐は訓練兵首席のキャリア組だし、あの性格から分かるように矜持が高い。一方、兵長は団長が抜擢してきたゴロツキだって噂だ。兵長の実績が認められても補佐官は彼を認めなかったらしい。そんな彼女への移動命令が団長班から兵士長補佐だ。兵長が自分の上に立つのが我慢ならないと…まあ、聞いた話だけどな。いろいろあったんだろう」

旧調査兵団本部の中庭でリヴァイと名前を除くリヴァイ班は夕食後の休憩時間を利用して二人のことを喧しく言った。エレンから見た名前は理想の兵士の一言に尽きる。真面目に業務に取り組み、その人望は厚い。本部いる彼女は二日に一回のペースでエレンの様子を見に来ていた。交わす会話は少ないものの、エレンにとって信用できる人物なのは間違いなかった。そんな人物とリヴァイが対立するのが信じられないのだ。

「調査前なんか二人の執務室から怒鳴り声が聞こえてくるんだぜ」
「えっ。どっちのですか?」
「両方に決まってんだろ。予算やら班員構成やらで毎回毎回揉めてる。班長から分隊長へ、分隊長から兵長へ、兵長から団長へ行くはずの書類は絶対補佐官で一旦止まるんだ」
「笑い事ですむんですか、それ……よくそれで成立してますね……」
「お互い喧嘩しながら問題点を洗ってるからだろう。どこがどう納得出来ないのかをお互いぶつけあうからな。遠慮も気遣いもないからこそできる芸当だ」
「ふざけた報告書だすと分隊長は止めないから補佐官の説教がくるからな。補佐官の説教は恐ろしいぞ」

エレンは手に持っていたカップに息をかけて紅茶を冷ました。エレンも一昨日、廊下の真ん中で二人が揉めていたのを見ている。名前が何か言えばリヴァイは舌打ちののち眉間の皺を増やして答え、結局、話の結末がどうなったのかはわからないが、名前が書類を握りつぶし、リヴァイが壁を蹴って話しあいは終わっていた。敬礼をするエレンに軽く手をふった名前の表情は明らかに苛立ちに支配されており、その日のリヴァイの指導する訓練は地獄のような厳しさだった。仲が悪いのは構わないが自分たちに被害及ぶのは避けたい。

「五年以上あんな状態で過ごすなんて逆に凄いよなあ」

ペトラが紅茶にジャムを入れるのを見て、オルオが自分の紅茶にも入れるよう頼んだ。
ペトラはため息をつきつつオルオの紅茶に林檎のジャムを入れる。甘い蜜リンゴの匂いがペトラの隣に座るエレンの鼻孔をくすぐった。

「このジャム、名前補佐官がくださったの」
「えっ」
「リヴァイ班に入ったお祝いにって。たまたまあった時に持ってたからくださったみたいだけど」

リヴァイ班に選抜されたことを知らされた夜、興奮で眠れなくなったペトラは食堂に居た。暖かい紅茶を淹れ、一息ついた時に名前が入ってきた。ペトラが慌てて上官のぶんの紅茶を淹れ、隣に座らせて貰った時に、班編成の話になったのだ。

「私、身も心も兵長に捧げる所存です」
「そう。大変な任務だと思うけどあなたなら十分こなせる。活躍を願うわ」
「はい。あの、補佐官は今回班にはいっていないんですか?」
「ええ。私は本部で仕事」
「そうですか……」
「そういえば、林檎は好き?」
「林檎ですか?好きですけれど…」
「明日、私の部屋にいらっしゃい。実家からジャムが送られてきたの。あんなにいらないからあげる」

名前さんの部屋、すっごい綺麗だったの。とペトラは言った。磨かれた床と埃っぽさのないカーテン。部屋の隅に纏められた掃除道具に兵長を思い浮かべた。名前が棚のなかから取り出しペトラに渡したのがこの林檎ジャムだった。砂糖が貴重なこのご時世でジャムは最高級品に分類される。

「……兵長も林檎のジャム持っていたぞ。ペトラ、お前のその瓶と同じ形の……」
「えっ」

エルドの言葉に一同は目を丸くした。そして一斉にペトラの手の中にある瓶に視線が集まった。名前がリヴァイにもあげたのだろうか。彼女がリヴァイに贈り物をするなんて想像ができないとエレンは思った。リヴァイが受け取る所も想像できない。

「ま、まあ、たまたまかもよ。ほら、そろそろ兵長たちも帰ってくるだろうし中に戻りましょう」
「今日、補佐官もこっちに来るのか?」
「エレンの様子を見に来るとおっしゃてたけど……どうだろう?」

エレンって補佐官から気に入られてるよね、とペトラが言えば、エレンは耳まで赤くして首を振った。自分も補佐官からジャムを貰ったとは言えなかった。そのジャムはアルミンやミカサとあった時に一緒に食べようと取っておいてある。

「調子に乗るなよエレン……お前みたいな新兵が補佐官の贔屓をうけようなんて十年早いんだよ」
「すみません…」
「オルオ!エレンに絡まないの!」

エルドとグンタは筋トレをすると言って部屋に戻っていった。ペトラとオルオとエレンは食堂で今日の訓練の報告書を書く仕事が待っている。喋りながら報告書を書き上げていると正面玄関のベルが鳴った。ベルがなったら走って開けに行くのが下っ端の役目。きっとリヴァイだ、と三人は一刻も早く開けようと扉までダッシュする。息を切らせながら扉を開けた三人が見たのは酔いつぶれぐったりとリヴァイの胸に頬を寄せる名前と彼女を抱えるリヴァイの姿だった。貴族の晩餐会に呼ばれていたためか名前はドレス姿でリヴァイはタキシードを着ている。

「いつまで突っ立てやがる。どけ」
「は、はい!」
「ちっ。邪魔だ」

名前のドレスが腕に絡みつき、いかにも邪魔そうだった。リヴァイは彼女を抱え直しながらいつものように舌打ちをした。呼び鈴をきいて降りてきたエルドとグンタも二人の姿を見て驚きを顕にした。すれ違い様にリヴァイと名前から香水とお酒の匂いがした。唸る彼女に「大丈夫か」と声をかけるリヴァイ。リヴァイが階段を上がり、恐らく自室に行ったのを見送るった後、五人は顔を見合わせた。
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