悪魔の宝箱

 
明け方だというのに窓の外ががちゃがちゃと騒がしい。徹夜で書類を仕上げていたハンジは一向に鳴り止まないその騒音が気になり、窓を開けた。そこにいたのはリヴァイと名前だった。騒音の原因は名前の腰についている立体機動装置らしい。彼女はそれを装着したまま筋トレをしていた。

「三つほど質問があるんだけど」
「はいどうぞ」
「なんでこの時間帯に訓練してるの?なんで立体機動装置つけたまましてるの?最後に、なんで私の窓の下でやっているの?」
「今日、兵長と訓練する約束をしていたんですけど、夜明け前に間違って起きてしまってそのまま兵長の部屋に突撃したら快く付き合ってくれると仰ったんでこの時間帯に訓練をしております。本当は立体機動での動きを診てもらう予定でしたが、暗いと危険なので筋トレになりました。装置は重り代わりです。場所については深い意味はありませんが、なにぶん暗いので灯りが漏れている分隊長の部屋の窓の近くでやることにしました」
「そうか…」

はきはきと明朗に名前は答える。あまりにも自信有りげに答えるので、おかしいのは自分のほうかと思ってしまった。木によりかかり、腕組をしているリヴァイに非難の視線を飛ばすものの、彼も一体何に問題があるのかというように見つめ返してくるだけだった。

「熱心なのはいいけど体壊さないようにね」
「はい!」
「…あの、リヴァイ」
「なんだ」
「ほどほどにね…?」
「ああ」

名前は調査兵団で一番背が低い。痩せているためか、筋肉もあまりついていなかった。これでよく卒業できたものだと噂になっている。このやせっぽっちで小さな新兵に先輩連中はやたらと餌付けをしている光景をハンジはよく見る。こないだはモブリットとミケがクッキーをあげていた。必要以上に幼く見えるから甘やかしてしまうのもしょうが無い。窓を閉め、机に戻ったハンジは再び聞こえてきたがちゃがちゃ音に耳を澄ませながらペンを滑らせていく。いつの間にはハンジは寝てしまっていた。

「しっかり食えよ」
「はい。訓練明けのご飯は美味しいですね」
「そうだな」

名前の目の前には薄いスープと少し硬くなったパンと小さなトマトがあった。貴族と会食をすることもあるリヴァイからすればお世辞にも美味しいと思えない粗末なものだが、名前はおいしいと言いながら平らげていく。隣でせかせかと動く細い腕はテーブルに叩きつければ簡単に折れそうだった。本当に良く兵士になれたものだ。

「今度肉でも食いに行くか」
「えっ」
「次の壁外から戻ったら連れてってやる」
「やった!了解しました!」

新兵の生存率は五割。卒業時の成績も底辺に等しい名前が生き残れる確立はどのくらいだろうか。本人は戻ってくる気が満々のようだが、現実はそう甘くない。少しでも生存確率を上げるためにリヴァイは名前を鍛えているのだ。元々面倒見は悪くないリヴァイだが、名前が地下街出身だと聞いて、親近感を抱いたらしい。ミケはそう推測し、ハンジは自分より背が小さいから気に入っているだけだと言う。

「ごちそうさまでした」

名前が両手を合わせて食器を片付けた。この後は正規の訓練だ。リヴァイは仕事があるらしく食堂で別れた。長距離索敵陣形について学ぶため、ノートとペンを持って講義室へ走る。最前列に陣取り、満足気な笑みを浮かべた名前の隣にペトラが座った。

「おはよう」
「おはよう。今日も朝練したの?」
「うん。四時から筋トレとラントレしてたよ」
「あんまり暗いうちからすると危ないよ?」
「兵長が一緒だったから大丈夫」
「兵長と!?」

ペトラは少し驚いた。だったら自分も誘ってくれればよかったのに、と言うペトラ。ペトラは向上心が高い。そしてリヴァイ兵長にもの凄く憧れている。名前はなんだか悪いことをしたような気分になった。けれども名前も名前でリヴァイと二人っきりの時間が惜しくないわけではない。眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。

「名前が羨ましいや」
「私はペトラがすごく羨ましい」
「えー」
「強くてかっこいいし、頭いいし、でも優しいし」

強くてたくましくて賢くて、それでいて優しい。ペトラは名前の理想だった。弱くて狡い自分が嫌いだ。片やトップ、片や底辺。ノートに書いてある文字もペトラのようにすっきりとした文字が良い。名前の字は丸くて小さかった。

「あーやんなっちゃうな」

ポツリと零した名前にペトラは首をかしげる。きっとリヴァイもペトラみたいな女の子が好きだろう。ぺたんと頬を机に付けた名前は悲しくなった。先輩たちが優しいから自分は特別だと浮かれていたのかもしれない。落ち込みだした名前の頭をペトラが優しく撫でた。
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