失楽園の英雄

 
長距離索敵陣形の中で技工官は荷馬車と同じ位置につく。つまり、陣形で限りなく安全度が高い場所だ。特別技工官にでもならない限り、巨人と戦うことはない。そう、目的地に到着するまでは。補給地点設置作業にとりかかっていた名前は下から聞こえる怒号と悲鳴に小さく呻いた。いつも助けてくれるヒーローは今回遠く離れたところで戦っている。

「奇行種と通常種だ!」
「補給地点は死守しろ!名前!お前の班は討伐を頼む!」

ボンベのガスと換えの刃を設置し終えたと思えば現れた巨人に技工班は固まった。近くにいるはずの護衛の兵士は他の巨人で手一杯。仕方なく刃を抜いた名前は眼前に迫った死に震えが止まらなかった。飛んでくる巨人と目が合う。名前は班長だ。指示を出さなければならない。

「サエルとミカエルが囮として通常種を引きつけて。戦わなくていいから時間稼ぎを。残りは奇行種を殺す。いい?」
「「「「「はい」」」」」

実戦経験は皆無に近い。名前が班長に選ばれたのは、ただ技工としての技術が高いからである。訓練兵時代の成績も立体機動は特別に上手いというわけでは無かった。震える手でワイヤーの射出ボタンを押す。体が勢い良く前に引っ張られた。項を狙うには後ろに回らなければ。名前を追ってくる手をルーシーが切りつけたのが見えた。サエルとミカエルが勢い良く奇行種の横を通り抜ける。奇行種の後ろに刺さったワイヤーを回収し、壁に足をつける。一瞬地面と体が平行になり、勢い良くワイヤーを飛ばすと同時に壁を蹴った。

「獲った!」

項の真ん中に刺さったワイヤー。剣を構え、斜めしたから項を切り取る。ルーシーの無事を確認した後、通常種へと向かった二人を探す。だが、見当たらない。

「…ッどこ?」
「あの巨人自体見当たりませんから、きっと遠くまで引き離したのでしょう」
「どうしよう…」

塔の上から街の様子を伺う。いたるところで戦闘になっており、巨人の蒸気のせいで視界が悪い。補給作業はあと半分ほど残っている。双眼鏡を使って部下を探す。

「いた!ルーシー、行ける?」
「はい」

新兵だというのにルーシーは落ち着いている。それを心強く思いながら名前はサエルの元へと飛んだ。一体討伐して自信がついたのだろう。体が軽かった。角を曲がりながら目の前にいた巨人の腕を削ぎ、項を削ぐ。長い髪が邪魔だった。

「班長!待って…!」

後ろから聞こえたルーシーの声に名前は急停止し、近くの建物に剣を刺し、振り返った。

「え…」

自分から僅か十メートルほど離れたところにルーシーがいる。後ろから巨人に掴まれたらしく、恐怖を浮かべた顔が名前を捉える。今この瞬間、巨人が手に力をいれればルーシーの体など簡単に潰れるだろう。彼女を助けるにはどうすればいい?手の、筋を削げばいい。再び壁を蹴り、巨人の手にアンカーを飛ばした。

「あ…あ…班長…」

上を向き、口を開けた巨人。ルーシーを口に入れるために腕を上げる。ワイヤーが急に引っ張られた。バランスが崩れ、視界が反転する。咄嗟にワイヤーを抜いたものの足を地面に擦り付けるようにして転倒した。転がり、仰向けになった名前の視界でゆっくりとルーシーの体が巨人の口のなかへと消えていく。ごくん。巨人の喉仏が上下した。茫然とする名前にルーシーを飲み込んだ巨人は手を伸ばす。

「嘘…えッ痛ッ…」

慌てて立ち上がろうとした名前は足の痛みに動きを封じられた。転倒した時に痛めたらしい。もしかしたら骨折しているかもしれない。這いつくばるように逃げようとする名前の横からも一体、巨人が迫っていた。名前が倒れたのは十字路。新しくきた十五メートル級の口からは鮮血が垂れていた。

「いや…いや…いやああああああああああああああああああああ!!!!!!」

二体の手が伸びてくるのを感じた名前が喉の奥を震わせて絶叫した。甲高い声。人間ならば耳を押さえるに違いないその高さと声量も、巨人には関係ない。マントを掴まれたのだろう。首が絞まり、一瞬体が浮いた感覚がしたが、なぜか地面に再び落ちた。頭を抱え、目をギュッと閉じる。

「おい、立て」
「…え」
「ちっ」

自由の翼が描かれたマントがひらりと揺れ、名前は誰かに抱えられていた。全身に急激な重力がかかる。建物の上に着地した名前はゆっくりとその人物の顔をのぞいた。

「兵長…ありがとうございます」
「名前。どうしてここにいる?補給はどうなった」
「補給地点に奇行種が来たので応戦を…部下が囮をしているので援護にいこうとしていたんです…」
「怪我は…酷いな」
「すみません…」

血だらけの足を抑え、震える声でそう告げる。足を負傷しているらしい名前をどうするかリヴァイは迷った。彼女の悲鳴を聞いて単騎で来たので任せられる他人はいない。そんなリヴァイの心境を汲んだ名前は冷静さを取り戻し、口を開いた。また、助けられた。

「私をここに置いていってください。ここの高さならば大丈夫でしょう」
「……」
「兵長。ここで時間を無駄にするのは愚かです」

あなたは強いから。名前はそう告げた。リヴァイがいれば何人もの命が救われる。名前ごときが足止めしていい存在ではないのだ。

「お願いです。行ってください」

懇願する名前にリヴァイは頷いた。名前はそう簡単に死なない。この建物の高さは二十メートル。飛ぶ奇行種が来なければ、恐らく大丈夫。リヴァイはそう自分に言い聞かせる。名前はもう六年も共に調査兵団で生き残っている。悪運は絶対的に強い。

「必ず人を送る。それまで動くな。余計なことは、絶対にするな」
「はい」

名前はニッコリと笑った。この状況で笑顔など浮かべられるとは、とリヴァイは少し不安になる。だが、名前にとってリヴァイはそれほど信頼できる人物なのだ。名前は足の怪我の様子を見る。酷く出血し、腫れているが骨折はしていなさそうだ。マントで固定し、応急処置をする。しばらくして遠くから上がった撤退の煙弾に大きくため息をつき、迎えにきてくれたミカエルとサエルに支えられながら負傷者用の荷馬車に乗った。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -