愛せない理由が山積みだと言い訳ばかりを繰り返す大人

 
先日のトロスト区奪還作戦の折り、生け捕りにした巨人の実験を徹夜でやっていた名前は今からエレンのいる旧調査兵団本部に向かうと言い出したハンジに思わず腰を抜かした。もう三日間近くろくな食事もしていないうえ、ろくな睡眠もとっていない。それにシャワーも浴びていない。こんな状態でリヴァイ班、とくに潔癖症のリヴァイに会いたくないと思った名前は顔の前で腕をクロスさせ、大きなバツ印を作った。

「善は急げって言うだろう?思い立ったが吉日とも言うね?」
「言いますけど、急いては事を仕損じるとも言いますよ」
「ことわざなんてどうでもいいんだよ。私は今!今!エレンの元に行きたいんだ!」
「私はせめてシャワーを浴びて仮眠をとって食事をとってから行きたいんです!」
「…じゃあ、こうしよう。シャワーは譲歩するよ。確かにこのまま行くとリヴァイに蹴られそうだしね。ご飯は馬の上で食べればいいだろう?仮眠は…諦めてくれ」
「…ってか私留守番でいいですよ。モブリット達を連れて行けばいいじゃないですか」

ハンジは名前をたしなめる口調で言葉を紡ぐ。眉を八の字にし、腰に手を当てる姿は、まるで聞き分けのない子供に言い聞かせているようだ。いや、私は間違っていないと名前は目を吊り上げる。ハンジの奇行になれ、基本彼女に従順な他の班員はいつも通りに衝突する名前とハンジのやりとりにやれやれと耳を傾ける。

「名前を置いていけるわけ無いだろう!」
「置いていってください」
「君は私の班員だ。私の班員は常に私の目の届く範囲にいなければならない」
「どんなルールですか。臨機応変に行きましょうよ」
「ダメ」
「…じゃあせめて仮眠を」
「それもダメ。ほらほら早くシャワーを浴びておいで。ってか一緒に入ろう!」

名前の背をぐいぐいとハンジは押す。名前は他の班員に助言を求めるような視線を飛ばしたが、彼らの大半は極度の疲労により頭がまわらないのか、移動の用意をし始めていた。その光景におかしいのは自分なのかと勘ぐってしまうが、そんなことは無いはずだ。

「名前を置いてけぼりにするとリヴァイに何言われるかわからないからねー」
「兵長がですか?」
「そうそう。君、本当はリヴァイ班に入る予定だったんだけど、私が強引に奪っちゃったんだ」
「え…」
「リヴァイ班の方が良かった?」
「いえ…どうでしょう」

兵団服を脱ぎ捨て、熱いお湯を浴びる。気持ちいい。板で仕切られた隣のスペースでハンジもシャワーを浴びていた。メガネを外した姿は見慣れない。そのせいもあってハンジをまじまじと見つめる名前に、ハンジは引き抜きの件をぺらぺらしゃべりだす。

「だからね、私から名前から目を話すとリヴァイはちょこちょこちょっかい出すでしょ」
「兵長は誰にでも平等に優しいですから。見るからに疲労した私を気にかけてくれただけですよ」
「へェ。でも私、リヴァイから石鹸なんてもらったこと無いけど」

名前は泡立てていた固形石鹸を手の中から滑らせてしまった。そして慌てて拾い上げる。ハンジの口元がいじわるそうに弧を描いた。

「いい匂いだねえ?」
「そ、そうですね。いやでもこれは身だしなみに気を使えっていう意味であって…」
「じゃあ今度ねだってみようっと」
「はあ…」
「で、名前はお礼になにしたの?」

シャワーを止めたハンジは区切りの板の上に手を乗せ、寄りかかる。義理固い名前は絶対にお返しをしているはず。髪の毛の水分を絞った名前はからかわれていることに気が付き、口をへの字にした。

「教えてよー」
「別に大したことじゃありません」
「じゃあいいじゃん」
「…ハンカチを差し上げました」
「おお。いいね…リヴァイなんか言ってた?」
「礼をされるほどのものでもなかった、ありがたくいただくが、礼に今度食事にでも連れて行ってやる…っておっしゃってました」
「へー!!!!へー!!!!そうなんだ!」

ハンジ―が大声を上げる。名前は反射的に耳を塞いだ。頭に響く。口外するなとは言われていないが、他人に話すのは憚れるタイプの話題なのは間違いない。名前は一応内緒にしておいてくださいね、とハンジに言う。ハンジはタオルで顔を拭いながらニヤニヤ笑う。

「いつ行くの―?」
「まだ全然。きっと社交辞令ですよ」
「私も付いて行こっかな!」
「そうですね」

バスタオルで体を拭い、さっぱりとしたところで新品の兵団服をまとった。ハンジも着替え、そのまま厩へと向かう。荷物と立体起動装置はモブリット達が運んでいるだろう。ハンジのせいで変に意識してしまった名前はリヴァイに会うのが億劫になってしまった。ペトラと仲が良いから、気にかけてくれていたと思っていたのに。まるでリヴァイが名前に好意を抱いているようではないか、と名前は肩をおとした。愛馬が慰めてくれるように頬を舐める。

「さあ!みんな元気よく行くよ!」

ハンジの号令で班員総勢六人は一斉に馬の腹を蹴った。ハンジの元気は一体どこから湧いてくるのか。結局飲食もせずに三時間ほど馬を走らせつづけ、やっと旧本部へとたどり着いた。フラフラになりつつ歩き出す班員はまるで幽鬼だ。ハンジに手を引かれ、食堂へと足を踏み入れた。

「こんばんはー。リヴァイ班のみなさん。お城の住み心地はどうかな?」

ハンジが実験の許可をリヴァイに頼んでいるのを聞き流しながら、名前はぼうっとエレンを見ていた。エレンはハンジとリヴァイを見ているため名前の視線には気が付かない。この少年が本当に巨人になるのか。明日の実験は何をするのかと名前はぼんやりと頭を巡らせ、どっちみち自分に休みはなさそうだと小さくため息を吐いた。

「しかし巨人の実験とはどういうものですか?」
「ああ…やっぱり。聞きたそうな顔してるとおもった…」
「ああ…」

エレンの言葉にオルオがエレンを小突いた。皆が一斉に椅子から立ち上がる。名前は思わずため息を吐いてしまった。今夜も眠れない。椅子に腰掛けたハンジは名前も座らそうと、隣の椅子を引いた。よろよろと椅子に座ろうとする名前をリヴァイの手がとめた。

「…顔色が悪いな」
「え?」
「何日間寝てない?」
「三日間ほど…」
「チッ。ハンジ。こいつは預かるぞ。いい加減にしないと死ぬ」

リヴァイに肩を捕まれ、名前はハンジから離された。食堂の外へと連れだされた名前をペトラが心配そうに顔をのぞき込んだ。

「ペトラ。名前の面倒を見てやれ。部屋はお前の隣だ。名前は早く寝ろ」
「あ…お気遣いどうも」

早々に立ち去ったリヴァイにペトラは首をかしげた。名前はハンジとの実験明けだ。しかも三日間寝ていないということはもちろん風呂にも入っていないだろう。名前が疲労しているとはいえ、シャワーも浴びずに新しい布団で寝させるとは思わなかった。だが、名前にとってはいいことだろう。

「名前の部屋は私の隣でいい?とりあえず掃除はしたけどちょっと埃っぽいと思うんだけど」
「もちろん大丈夫だよ…」
「本当に大丈夫?」
「うん…って言いたいけどそろそろ限界」
「ほら、早く入りな」

名前は服も脱がずにベッドに倒れ込み、そこから動かなくなった。ペトラが彼女を恐る恐る覗き込むと深い寝息を立てていた。靴を脱がせ、上着を脱がせ、衣服をゆるめてあげる。死んだように眠る名前の体からは何故かラベンダーの甘い香りがした。
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