愛されているような気がした

荷積み用馬車の隣でぼうっとしながら警護に務めていた名前は、自分の頭上で木箱の軋むような嫌な音がしたような気がして、顔を勢いよく上げた。馬の後ろに付けられた荷車にはところ狭しと積み上げられた木箱が乗っている。それを固定していた縄が、恐らく振動で擦れ、切れそうになっているのだろう。名前は騎手に一旦馬車を止めるように言うため馬の手綱を軽く引いた。

「名前先輩っ!」
「えっ?」

背後から緊迫した声を掛けられた名前は、慌てて後ろを向いた。その時強く綱を引っ張ってしまったため、馬の足が完全に止まる。そんな彼女を照らしていた日の光が上からゆっくりと削られていった。ギシギシといった音が上ではなく、隣から聞こえてくる。馬車が小石を踏みつけ、跳ねた。

「荷が崩れるぞ!退避しろ!!」
「離れろ!」
「馬を止めろ!」

怒声が飛び交う中、名前は慌てて馬首を右斜め前に向けて馬の腹を蹴った。従順な馬はすぐさま駆ける。上から降ってくる荷物を腕で弾きながら進めば、なんとか荷崩れの下敷きになることは避けられた。人で賑わう大通りの真ん中で大勢の悲鳴があがった。

「けが人はいるか?」
「軽傷ばかりだ。あとは誰か埋まってなければいいが…」
「おい手を貸せ」

腕が痛い。滴る汗を左手で拭えば手の甲を切っていたのか、血がべっとりと顔についた。幸い、骨は折れてない。散らばった荷の中身はブレードの刃と食料だ。あとで中身の点検をしなければならないだろう。

「おい、名前。お前血だらけだぞ」
「え?ああ…大丈夫です」
「顔中血だらけのやつが言えたセリフじゃないな。怪我を見せろ」
「いや、本当に大丈夫ですから」

馬車から降りたリヴァイが名前の顔を見ておもいっきり顔をしかめた。彼女の左頬と眉を一閃するように血の跡がある。崩れた荷を積み直すのに時間はかかる。見か限り一番重症そうな彼女の負傷した箇所を一応見ておきたかった。下に埋もれた兵士は他の者が対処しているから大丈夫だろう。今、名前を放置して、あとで出血多量で倒れられても困るのは俺だしな、と心の中でつぶやいてリヴァイは名前に声を掛けた。

「命令だ。馬から降りろ」

騎乗中の名前にそう命じると渋々と言った様子で名前は馬から降りた。リヴァイとエルヴィンは内地に交渉にいっていた。交渉により貴族から頂戴した資金を物に変え、調査兵団本部に持ち帰る荷馬車に付き添っていたためこの事故に巻き込まれた。本部は一刻も早い二人の帰還を望んでいるだろう。名前は二人を足止めをしてしまい申し訳なく思った。

「腕を出せ」
「はい…」
「こりゃ酷いな。おい骨は?」
「折れてはいないようです。一応動きますし」
「そうか」

まだ血が止まらない名前の腕を抑えたリヴァイはポケットから取り出したハンカチで彼女の上腕をきつくしばった。ジャケットの下のシャツが血まみれだ。本当に大丈夫なのだろうか。心なしか顔色も悪い彼女だが、荷運びに医療班はいないので、医療初心者のリヴァイはなんとも言えなかった。

「ありがとうございます…お手数おかけして申し訳ございません」
「いや。しかしこれじゃあ今夜は帰れそうにないな」
「どこかで宿をとることになりそうですね…兵長と団長だけでも先にお帰りになったほうがよろしいんじゃありませんか」
「……」

いつもの見慣れた兵団服ではなく、小奇麗な私服を着たリヴァイは腕を組み、周囲を睨むように見ても迫力にかけていた。名前が馬車の方をみるとエルヴィンと馬車の騎手がなにか話している。

「救出されたようだな」
「えっ」
「下敷きになっていたやつだ。…ぴんぴんしてるな」

もしかしたら一番の重症は自分かもしれないと思い、名前は周囲を見渡した。恐らくそうだ。恥ずかしくなった名前は脱いだジャケットのきれいな場所で顔をふき、痛む腕に顔を顰めながらジャケットに腕を通した。着ていないよりかは見た目はマシだ。白は赤が目立ちすぎる。

「傷が開いたらどうすんだ。それに脱ぐときまた痛むぞ」
「大丈夫です。流石に荷積みは手伝えませんけど…」

名前の愛馬が彼女の頬を舐めた。心配してくれているのだろうか。鬣を撫でて、馬の身体により掛かるようにして体を休めた。少しだけクラクラする。リヴァイは周囲を見渡し、エルヴィンを探した。彼は荷馬車の指揮をとっていた。エルヴィンが指揮をとっているならすぐに片付くだろう。

「名前」
「あ、はい!」
「お前は馬車に乗れ。一刻もはやく医療班に魅せる必要がある」
「え?そんな重症じゃないですよ。本当に危なそうなら町医者に掛かるなりしますからご心配に及びません」
「ちっ…いいから乗れ。エルヴィンには俺から話をしておく」

立ち尽くす名前の腕を掴んでリヴァイは歩き出す。仕方なく足を進めた名前はそのまま馬車に押し込まれてしまった。閉じられた扉の外で愛馬が嘶く。高級そうな馬車のなかで肩身の狭い思いをしていた名前は窓から外を見る。ペトラの「兵長って名前に特別優しいよね」という言葉を思い出し、少しだけ自惚れた。
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