臆病者に喝采を

立体起動装置の構造は最重要機密だが、きっとアルミンの頭脳は、もう、うっすらとその構造を理解してしまっているに違いない。けれども、アルミンは決して核心に触れるような質問はしてこない。訓練兵技工教官の名前は質問に来たアルミンに紅茶を出しながら彼のノートを見て苦笑いを向けた。実に細かく記されている。

「ワイヤーの硬度とボンベの素材について知りたいんですけど…」
「黒金竹の話が聞きたのね」
「は、はい…」

ボンベもワイヤーも黒金竹と呼ばれる植物でできている。その生産は政府に管理され、一般市民も兵士も目にすることはできない。だが、名前は技工官である。今は訓令兵の指導に回っているが、少し前までは実際に立体起動装置をこの手で作り上げてきた。それこそ極秘の内側まで熟知している。アルミンに黒金竹のメリットとデメリットを話しつつ、少年から投げられる鋭い質問に嬉しくなった。黒金竹の種は、恐らく壁外にある。アルミンは、決してテストに出ないようなことも「いつか必要になるかもしれないから」とノートに書き留めた。ペンを走らせる手を止め、アルミンが顔をあげる。

「名前教官は特技兵だったと聞きました」
「どこから聞いたの、そんな話?」
「いえ、小耳に挟んだだけです…僕の幼馴染が調査兵団に進みたいって言っているんですけれど、教官から見て調査兵団はどんなところですか?」

技工兵は装備の整備が主な仕事だ。だから彼らは戦闘終了後こそに力を発揮する。特技兵は、技工の職務に加え、巨人との戦闘もこなす。必要に応じて部隊の穴を埋めることができる兵士だ。名前ももれなく壁外調査に同行していた。そんな名前に、アルミンは調査兵団について彼らしくない漠然とした問を投げかけてきた。

「一言で、ありふれた言葉で言うと、危険な場所よ。ハイリスク・ローリターンは当たり前で、死亡率は他の兵団とは比べるまでもないし。上司は変人奇人ばっかり」
「随分ズタボロにおっしゃいますね」

アルミンは苦笑いを浮かべて言った。名前は思い出したかのように、あいつらは装備の扱いが雑だ、とか無理難題ばっかり押し付けてくるだとか不満をこぼす。けれどもその顔は笑っていた。アルミンは名前の表情に、少しだけ希望を持った。調査兵団は地獄のような場所だと思っていたのだ。

「…僕も、調査兵団に進もうかなって考えているんです」
「どうして?」
「エレンもミカサも調査兵団に行くだろうから。僕は二人の役に立ちたいんです」

名前は机の上に置いてあったペンチに視線を這わせた。彼の頭脳は、憲兵団でも駐屯兵団でも調査兵団でも充分に役に立つだろう。だが、彼の肉体は調査兵団向きだとは思えない。それこそ特殊推薦で専門職の技工にまわるのが一番良いと思う。だが、一度技工兵になれば必要以上の制約にがんじがらめにされ、エレンやミカサと行動を共にすることは不可能だ。

「私は、巨人と戦闘経験があると言っても、優遇されていたから本当の恐怖を知らない。特別技工兵は陣形の内側に配置されるから。私の討伐数なんか片手で足りるわ」
「……」
「兵士が死んでも、立体起動装置は回収されるの。なぜだかはわかるよね?」
「装置は非常に高額なのが一番の理由だと思います。」
「そう。いわばリサイクルよ。基本、回収したものはバラバラに解体して、いざという時の補給物質になるの。たまにね、あいつの装置を俺にください、とか、私が死んだら彼に装置を渡してくれませんか、とか言われるの」

名前の顔からは笑顔が消えていた。脳内ではその時の情景が蘇る。親友の装置を形見として使わせて欲しい。恋人のワイヤーを使いたい。彼らの気持ちは痛いほど伝わってくる。自分のものではない装置を使いこなすのは難しく、時間がかかる。もしかしたら、装備を変えたせいで死ぬかもしれない。それでも彼らは望むのだ。

「アルレルト訓練兵。巨人に食われたら何も残らないのよ。遺体なんて持って帰る余裕はない。せめての縁に、ってみんなこの無機質に縋るの」
「僕は人類に心臓を捧げた兵士です。たとえ僕が死んで悲しむ人がいたとしても僕は後悔なんてしません」
「そう。じゃあ…自分が悲しむことのないようにも気をつけるのよ」

昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。アルミンは条件反射で立ち上がり、名前に頭を下げる。いつの間にかアルミンの紅茶は空になっていた。

「お忙しい中お時間をとっていただきありがとうございました!」
「また来てね」
「はい!」

放たれた矢のように教室から飛び出していくアルミンの背中を見送る。彼の背中に刻まれているエンブレムは、今はまだ二本の剣だが、これが自由の翼に変わる時がくるのだろうか。104期卒業が迫ってきている。名前は前線復帰を通知する机の上の手紙を見てため息を吐いた。
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