嘯くお前は美しい

考え事をしていたせいか階段から足を滑らせそうになり、慌ててスープが零れないように体勢を整えた。スープにパンに少量のサラダと紅茶。訓練兵時代よりほんのすこしだけ豪華になった食事にエレンはどういった反応を示すのだろう。指に引っ掛けた鍵を差し込み、トレーにより手がふさがっているため扉を足で押し、エレンの部屋へと入る。

「え…」
「あ…ごめん」

エレンは着替え中だった。名前は背中を向け、部屋から出て行った。扉の横の壁に背中を預け、どうしてノックをしなかったのかと後悔した。きっとエレンは気まずいだろう。こういう仕事は細やかな気遣いができるペトラに任せるべきだった。

「あの、もう大丈夫です」
「さっきはごめんなさい」
「いえ大丈夫です…あ、飯ですか」
「本当はハンジ分隊長が起こしにくる予定だったんだけどあの人研究に没頭しちゃったから私が代わりに起こしにきたの。ついでに朝ごはんも持ってきたんだけど…」
「いつもありがとうございます」

食堂はすでにエルヴィンたちにより会議室へと変えられてしまっている。机にトレーを置き、少し冷めてしまったスープを口に運ぶエレンをベッドに座った名前はバレないように観察した。数分で完食してしまったエレンは自分のベッドで本を読む名前を振り返った。彼はきっと指示を仰いでいるのだろう。

「今日の午前中は庭の掃除だって」
「掃除ですか…」
「不服?」
「不服というわけではありませんが、しばらく身体を動かしていないので訓練をしたいなと思いまして」
「じゃあ兵長にそう伝えとくね。運がよければ午後は訓練できると思う」
「はいっ」

敬礼をしたエレンの前から名前はトレーを回収した。その手をエレンが止める。

「俺が自分で持っていきますから」
「あ、そう。ありがとう」

少し宙に浮かせていたトレーをもう一度机に戻した。それを持ち上げたエレンは名前の後ろをついてくる。施錠をし、階段を登るにつれて黴臭さと湿気が薄れていく。いつまでもエレンをこんな地下室で生活させるのは可哀想だと思った。まだ顔を合わせて数日しか経っていないけれども少しばかり情が湧いてきているのかもしれない。

「エレン。猫は好き?」
「猫ですか?好きですけど、どっちかっていうと犬の方が好きです」
「エレン犬っぽいもんね」
「え?」
「落ち込んでる時の顔とか犬っぽい。丁度いいじゃん。兵長にしっかり躾けてもらいなよ」

審議所での躾を思い出したのかエレンの肩がビクリと震えた。アレは確かに見ていて痛々しかった。元ゴロツキだけあって対人格闘技は容赦がない。手加減が難しいのだろう。そういえばエレンは対人格闘技の成績が良かったはず。兵長とエレンが格闘技で対峙したらどうなるのだろう。兵長を焚きつけても良かったが、それではあまりにエレンがかわいそうなのでやめた。

「で、猫がどうしたんですか?」
「一昨日から庭で猫を見かけたから、エレンにも見せてあげようと思って」
「住み着いているんですか?」
「多分ね」

食堂の前にトレーを置き、そのまま庭へと向かう。エレンは掃除の為。私は昨日見かけた猫を探すためだ。草むしりを始めたエレンを尻目に猫がいそうな建物の影や木の上を覗きこんでいく。すると後ろから微かに猫の鳴き声がした。振り返ると草の上に座り、こちらを見る黒い瞳があった。鳴き声に反応したのか、エレンも猫の方を向く。

「猫ちゃん餌だよー」

名前はポケットからハンカチにつつんだ何かを取り出した。それを見た猫はゆっくりと近づく。名前が足元に広げたハンカチの中身に猫は顔を突っ込む。はぐはぐとそれを咀嚼する猫の背を撫でた名前はエレンを手招きした。

「ひっ…これって」
「うん?ネズミだよ」

猫の口から出た尻尾がぴくぴくと揺れている。かわいいでしょ、と猫を抱き上げる名前にエレンは顔色を悪くした。確かに猫は可愛い。茶トラ色の猫は名前に喉の下を掻かれてごろごろと気持よさそうに喉をならした。ちゅろんとネズミの尻尾が吸い込まれる。恐る恐る猫の頭を撫でたエレンはその毛並みの良さに驚いた。

「ふわふわですね」
「昨日兵長に内緒でお風呂入れてあげたの」
「…名前さんって、見かけによらず度胸ありますよね」

よく言われると名前は笑った。おっとりした外見に騙されていたが、彼女も調査兵団の一員なのだ。変人の巣窟である此処にもう長いこといることからも侮れない。そうだ。普通の女の人はポケットからネズミの死体を出したりしない。上から勢いよく窓の開く音がした。猫がビクリと怯える。

「名前、エレン」
「あ、兵長。おはようございます」
「掃除が終わったようには見えないが、何をしている?」
「エレンが掃除じゃなくて訓練をしたいって言ってます」
「えっ」

確かに言ったが、そういう意味ではない。名前に向けていた険しい視線がエレンに移り、エレンも猫のように首をすくませた。違います、と視線で訴える。

「…まずはその汚い猫を放せ。エレンは掃除、名前は会議だ。早く動け」

窓からリヴァイの姿が引っ込んだ。名前は猫を抱えたまま本部へと歩いていく。そんな彼女を呼び止める度胸もなくエレンはヒヤヒヤしながら草むしりをするためにしゃがみこむ。猫を抱えた名前を見つけたリヴァイの反応を想像することなんかできない。モヤモヤした気分を発散すべく草の根っこをつまみ上げ、投げ捨てた。
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