色のない恋心

名前は長州藩士高杉家に仕える侍従の娘だった。奇遇にも高杉家の長男である晋助と同い年だったことから幼いころから、よく遊び相手となっていた。物心ついたころからは遊び相手というよりも主従関係。生まれつきの俺様気質の高杉にとって名前はそばにあるのが当たり前の便利なもののようだった。低血圧で寝起きの悪い高杉を起こすのも名前の仕事。湯あみへ行く高杉の着替えを用意したり、お菓子を買いに行かされたり。松陽のもとに通うときもお供と称して連れまわされていた。お互いいい歳になっても同じ部屋で寝るような関係。寝つきの悪い時には安眠枕代わりにもされていた。高杉が攘夷戦争に行くと決めた時ももちろん名前を連れて行くつもりだった。一応護衛として鍛えられている名前はそこらの男より強いし、何より高杉にとって役に立つ。

「風呂」
「湧いてる」
「着替え」
「湯殿に置いてある」
「刀」
「本日鍛冶屋から取ってまいりましたよ!」
「茶」
「もう!今持ってこようとしてるところ!」

本当に便利な奴だと思う。戦争に行く、と告げた時も何も言わず「羽織と刀、新調しておきましょう」とだけ言って笑った。自由人が多い高杉家に、それも飛び切り我が儘で性格の悪い主に二十年近くつき合わされたら嫌でもこうなる。単語しか言えないのかこの坊ちゃんは。飽き易い高杉にしてみれば随分長持ちしているものだ。高杉の自室に招かれた銀時と桂は感嘆する。銀時は無駄に広く豪華な部屋に、桂は高杉と名前の様子に。

「お前、実家でもこんな感じなのか」
「は?」
「いや、塾で名前をこきつかっているのは愛情の裏返しだと思っていたのだが…素でコレだったんだな」

畳に寝そべってくつろぐ銀時の頭を叩きながらきちんと正座をした桂は言う。いつも傍に置き、こき使っているのは独占欲と周りに対する牽制だと思っていたが、二人にとってこれが自然体のようだ。お茶とお茶請けを持ってきた名前は甘いものがそこまで好きではない高杉に配慮して落雁だけではなく梨も剥いてきていた。山盛りにされた落雁に銀時の眼が輝く。玉露がたっぷり入ったお茶を客人の前に置いた後、高杉の前にお茶を置いた。話し込む三人を尻目に高杉の茶が冷めるのを待ち、椀に手を添え、飲める温度になったことを確認してから彼の前に差し出した。それを当たり前のように飲み干す高杉に銀時と桂は白い目を向ける。

「高杉よ、もちろん名前は置いていくよな?」
「……」
「おいおい連れていく気かぁ?」

銀時はぱくぱくと落雁を口に放り込む。銀時のお茶が空になる前に新しいお茶を注いだ。連れていく気満々だった高杉は何が問題なのかと首をかしげる。名前を見ても彼女は何も言わず俯いた。高杉が名前を連れて行くつもりなのは知っていた。けれども普通に考えてそれがいかに非常識なのかも知っていた。戦場は男のもの。陣も張れない状態で女なんて連れてどうしようというのか。そもそも戦場で名前にできることなんてない。共に剣を振るえと言うならば話は別だが、高杉は彼女を戦場で戦わせるつもりはないようだ。身の回りの世話をさせるつもりか。もしくは慰安婦として使うつもりか。

「鬼兵隊の引き込み役に使うんだよ」
「戦場に連れて行くのは危険だ。それに名前にとっても辛い生活になる」
「知ってる」
「…高杉、悪いことは言わない。お前のためにも名前のためにもおいていった方がいい」

代わりがいないからこそ連れて行くという高杉と代わりがいないからこそ置いていけという桂の意見は延々と平行線を辿った。銀時は興味がないらしくお茶請けにばかり意識を持っていく。山盛りだったお茶請けがほぼ空になりかけたころ、急須を持ち、部屋を後にした。丁度、旦那様に南蛮渡来のチョコレートなるものが届いていたはず。甘すぎて晋助の口には合わなかったようだが、銀時には丁度いいだろう。急須に新しいお茶葉を入れ、数個のチョコレートを皿に盛り、再び私室へと戻った。苦い顔をする桂から察するに高杉は折れなかったのだろう。いつも通りに高杉のお茶をさまし、差し出す。桂の古いお茶も新しいものと取り換えた。

「頼む高杉…俺は名前が大切だ。友として、いや、もしかしたらそれ以上の感情かもしれない。そんな彼女を戦場で見たくないんだ。安全な場所で過ごしていてほしい」
「「……」」

今さらっととてつもないことを聞いた気がする。爆弾発言をぶちまけた桂は至って真面目だが、さらっと受け流す銀時とは違い、高杉と名前は簡単に流されるほど馬鹿ではなかった。おいおいおいと言いながらさりげなく名前を背に隠す高杉と困ったように笑う名前に銀時は口角を上げた。チョコレートを一つつまみ、何の警戒心もなく口に入れる。甘い。甘すぎる。戦前に青春を謳歌し始めた友を見て、銀時の胸の内まで甘ったるくなった。
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