花は逃げない

ハンジはシャワーによって濡れた髪の毛をタオルで拭いながら、調査兵団本部の玄関で名前がやってくるのを待っていた。乾ききっていない髪をいつものように無造作に括りあげ、友が来るのを待つ。名前は珍しいことにハンジの巨人談義にしっかり付き合ってくれる友人だった。エルヴィンを探し、ハンジにその消息を聞こうと隣に並んだリヴァイに今夜は彼女と語り明かすことになるだろうと話せば興味の欠片も無さそうに頷くだけだった。

「ほら、来たみたいだよ」
「エルヴィンも一緒か…」

所属兵団の刻まれた上着を羽織ることなく名前は馬を歩かせていた。そんな彼女の隣には書類を持ったエルヴィンがいる。敷地内で彼女を見かけてついてきたのだろう。名前はハンジとリヴァイの姿を見ると眉を寄せた。その顔は怒っているようにもしょげているようにも見えた。ハンジは右手を上げる。

「やあ、名前。ナイルはカンカンみたいだね?」
「おかげでこのざまよ」
「でもそのおかげで君が此処に来られたんだと考えると私は君を怒鳴りつけて追い出したナイル師団長に感謝せざるを得ないよ!」
「…歓迎してくれているようでなにより」

ハンジが名前の馬を撫でる。鼻を鳴らした馬はため息を吐く主人の顔を伺うように鳴いた。リヴァイは名前に声をかけることなくエルヴィンと共に執務室へと行ってしまった。そう、今はまだリヴァイもハンジも業務時間中なのだ。ハンジは厩へと彼女を案内しつつ最近の調査兵団についてペラペラと喋る。惚れぼれとするような滑舌は聞いていて悪い気はしない。

「もういっそこっちに移ってきちゃいなよ。何度も言うけど名前に憲兵団は合わないよ」
「そうだね」
「私の班においでよ!名前の大好きな巨人の研究が好きなだけできるよ!」

ハンジは名前の前に立ち、顔を覗き込むようにして言った。きっと心の底から望んでくれているのだろう。ハンジを押し退けるようにして名前は厩の中に馬をつないだ。ハンジが干し草と水を持ってくる。リヴァイが見たらおもいっきり顔をしかめるだろう仕草で草を投げ込み、名前の手を引いた。部屋に入るや否やで彼女をソファーに座らせる。

「紅茶がいい?コーヒーがいい?ミルクは?砂糖は?」
「紅茶でミルク」
「承知した」

茶葉を蒸らしている間にハンジはクッキーを皿に盛って名前の前に置いた。一つ一つの仕草からハンジがどれだけ今日を楽しみにしていてくれていたのかが感じ取れて名前は複雑な気持ちになった。ハンジは自分に素直だ。

「で?禁書は見れた?」
「…ええ」
「しっかし、忍び込むまえに私にも一声かけてくれるべきだったと思わないかい?」
「それは今でも思わない」
「…で?」

高級品であるバターがふんだんに使われたクッキーは普段味わえない風味を名前の味覚と嗅覚に届けた。ハンジの探るような目が名前の口元を彷徨っている。

「巨人の生態についての本は無かった」
「それ以外に収穫は?」
「中央はやっぱり何かを隠していると思う。彼らが守っているのは図書館じゃない気がする。」
「……」
「私は、それがこの世界観を揺るがす何かだと確信している」
「この壁の中の根幹は巨人への恐怖だ」
「…巨人は減らない」

ハンジが立ち上がり、ティーポットの蓋をあけ、紅茶をカップに注いだ。琥珀色の液体に白いミルクを流し入れる。巨人は減らない。ならば、どうやって増える?名前はシャツをめくり上げた。何事かとハンジは目をしばたたかせる。シャツの下にはベルトによって名前の腰に括りつけられる本が数冊あった。名前とハンジの口角が上がる。

「それでこそ名前だ」
「一ヶ月の休暇、お世話になるわ」
「エルヴィンに許可とらなきゃいけないね。名前を私の部屋で寝泊まりさせていい?って」
「よろしく頼むわ」

ハンジが飛び出していった部屋で持ってきた本の背表紙を撫でる。本の持ち出しが露見すればこんどこそクビだろう。今回の件で胃を痛めているであろうナイルを思い出し少し申し訳なく思いながら残りのクッキーに手を伸ばした。
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