誰かを巣喰う理想論

戦がひと段落し、おのおの殺気立った感情と体を鎮めようと他人との接触を避けはじめる。頭が重く、痛い。身体の筋という筋に違和感がある。川辺の上流にまで上らないと誰かしらいるのだ。血まみれの体を、一秒でも早く清めたい衝動はあるものの、限界まで疲労している身体は川沿いを上っていくのを拒否している。刀を杖替わりによたよたと歩き、人が居なくなったところで川の中に身を投じた。叩き付けられるような衝撃と痛み。浅辺で仰向けに寝転がるとすぐに睡魔がやってきた。少しだけ、少しだけ。着物から流れ出した血液が水に赤い線を作っていくのを見て、綺麗だと思った。

身体を大事にしろ、と事あるたびに桂は言った。水辺で身を清めた彼女は夕刻をとうに過ぎてから自分たちの陣を張っている寺に戻った。着替えを持ってくることなく水浴びをしたため、濡れた着物をまとうことになり、寒さに震えていた。人目に触れぬよう着替えようと木陰に身を潜め、誰のだかわからない着流しを羽織る。髪の毛のせいでこの着替えまで濡れてしまっては元もないのでお団子にしてあたまの上で止めた。

「お前生きていたのか」
「…助平。着替え見てたの?」
「俺の方が先客だ」

木の上で寝ていたらしい高杉が華麗に着地した。着流しの上に陣羽織を羽織っていた高杉は彼女の前に立ち、額に張り付いていた髪を耳にかけた。

「銀時が探していたぜ」
「…助平」

彼女の尻を軽く撫でて彼は去っていく。今はそういう気分じゃないのに。歩く高杉の後を追って寺に向かうとけが人の呻き声があちらこちらから聞こえてきた。夜は地獄だ。うるさいし、臭い。高杉は木の上で仮眠をとっていたと言っていたが、どんくさい自分でもできるだろうか。両肩を回し、首を振る彼女に何を思ったか高杉はその手を引いた。寺から離れ、先ほどまでいた木の下に戻る。

「なに?」
「気が代わった」
「ちょっと」

背中から胸元に滑り込んできた手を払う。身体を大事にしろ、と事あるたびに桂は言うから。きっぱりと拒絶を露わにした女を彼は訝し気に見た。衝動に身を任せるのはよくあること。別に高杉とも初めてというわけではない。気分が高揚し、性衝動に身を任せたいときでも相手を選んできた。それが高杉だったり銀時だったりするだけだ。

「お腹空いたの」
「すぐ終わる」
「……」

なぁ、いいだろ?と囁かれる声に目を閉じた。すぐ終わらせてほしい。そういえば、銀時も待っているんだっけ。今日は彼の相手はできそうにないなと判断した。身体を這っていく手に身を任せ、木々の合間から見える空を眺めている間にそれは終わった。しっとりとした汗はかいているがまだ我慢できる。

「そうだヅラも呼んでたぜ」
「っ死ね」

襟を整え、高杉の足に蹴りを入れてから彼女は背を向けた。今過ぐ身を清めたい。意地悪も度が過ぎればなんとやら。しばらく相手はしてやらないんだから。桂を探してあちらこちら。銀髪が見えれば少し身を潜める。銀時は桂の前では言えないだろう。寺の入り口付近で桂の後ろ姿を見つけた。

「おい」
「小太郎が呼んでるの。後でにして」

袖を引っ張ってきた銀時のそう返せばお預けをくらった子供のような顔でむくれた。銀時と彼女の声を聴いた桂は二人の元にやってくる。何か用かと尋ねた彼女に桂はこう言い放った。

「今日は一緒に寝ないか」

零れんばかりに目を見開いた銀時と、言われた張本人。至って真面目な桂は「女の一人寝は危険だ」「どうせ野外で寝るつもりだったんだろう?」と続ける。下心が全くない所が流石だった。笑って頷く彼女に、俺も!と名乗りを上げる銀時は桂に怒られる。そんな光景を高杉は寺の中から見ていた。
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