日向で人道を踏み外すきみを、日陰でのうのうとわらってる

歌舞伎町で一番大きなソープランドの隣に立つ三階建てのビル。地雷亜はアイロンの掛けられた白衣を羽織り、月詠が淹れたコーヒーを飲みながら患者が来るのを待っていた。受付には月詠が同じように暇を弄びながら患者を待っていた。地雷亜は日本での医師免許を持っていない。中国で免許を取ったと本人は言うが、それも疑わしいものだと月詠は思っている。彼の腕は確かだ。だが、免許を取るまでの面倒な手続きをちゃんとやるような人間とは思えない。

「名前はまだかい?」
「まだきてやせん。わっちが呼んできんしょうか?」
「いや、いい。どうせまだ家だろ」

地雷亜はそう言ってタブレットを取り出した。今日の昼までに調剤してもらいたい薬があるのだ。名前にその旨を伝えていたはずなのに。彼女の携帯にメールを送る。数分でメールは返ってきた。さっき起きたばかりで今から家を出ると言う。十分ほどすると、ビルの前にバイクが止まった。ヘルメットを外した名前は遅刻を悪びれる様子もなく扉を押しあけて院内に入ってくる。

「おはよう。あたしにもコーヒー頂戴」

ノーメイクにマスクという出で立ちで受付に入ってきた名前は欠伸を噛み締めて月詠にコーヒーを強請った。豆の香ばしい匂いがしたのだ。仕方なく席を立ち、給湯室に向かった月詠は牛乳をたっぷり入れたコーヒーを名前に渡した。ありがたく受け取った名前は地雷亜が待つ診察室に足を向けた。

「おはよう地雷亜。今月のお金は振り込んであるわ」
「さっき確認した。例の調剤の方も頼むよ」
「わかった」
「あぁそれと…」

地雷亜と名前が診察室で話しこんでいるのを尻目に月詠は煙草に火をつけた。一息吸い込んだところでビルのガラス戸が開けられた。見慣れた人影に月詠は煙草を灰皿に押し付ける。

「銀時。どうしたまた厄介ことにでも巻き込まれたか」
「ちげーよ。神楽が風邪ひきやがった」

銀時の後ろには大きなマスクをつけた神楽が立っていた。月詠の位置からでは銀時に隠れて見えなかったが、その顔は赤らんでいる。冷えピタの貼られた額。時折小さな咳をする神楽にはいつもの元気が見られなかった。神楽と銀時が診察室に入ると追い出された形で名前が出てくる。そのまま彼女は調剤室へと引っ込んだ。神楽の診察を終えた地雷亜から渡された紙を月詠はそのまま名前に届ける。

「肺炎に注意しなよ…」

薬を銀時に渡して神楽の顔色を窺った。銀時はお得意様だ。よく出張で診察にも行っている。ただのお得意様。薄い紙袋を眺める銀時を尻目に名前はそっと月詠を見た。心なしか熱っぽい視線で銀時を眺める月詠は名前の視線に気が付かない。視線を逸らした名前を訝しげに見る銀時に、神楽はマスク越しにくぐもった咳をした。名前の目がやっと神楽を向く。

「坂田さん。何突っ立ってんの?神楽ちゃんつらそうでしょ。早くかえんなさい」

銀時を手のひらで追いやるような仕草で送り出す。そんなつれない名前の態度に銀時はがっかりした。神楽は自分を出汁にして銀時が何をしたかったか察している。なんとなくそれが気に食わなかった。

「銀ちゃん帰ろうアル」
「あ、あぁ…」
「お大事に」

神楽に袖を引かれた銀時は重たい足取りで玄関口へと向かう。名前が調剤室に引っ込むのを見えた。月詠が二人に手を振る。

「銀ちゃんはヘタレヨ。残念だったアルな」
「邪魔してんじゃねーぞクソガキ」

おんぶをねだる神楽に仕方なく背中を貸しながら銀時は先程の失態を思い出してため息を吐いた。せめてプライベートの連絡先が欲しい。切り出せなかった己の弱気さを思い出し自己嫌悪に陥る銀時の耳元に神楽の笑い声が響いた。
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