※ヒーローの悪癖とリンク
名前の姿が数日前から見当たらない。もしかしたら、阿呆元提督と勾狼が第7師団を駆逐しようとしたときに巻き込まれて死んでしまったのかもしれないと神威と阿伏兎は話していた。戦闘要員ではない彼女を阿伏兎は船に乗せなかった。つまり、名前は混乱の真っ只中に春雨の母艦にいたはず。彼女がいないせいで整理整頓しきられてない神威の部屋は、ところどころに脱ぎ捨てられた衣服や捨てるべき書類が散乱している。総督の座につき、一番忙しい時にどうして名前はいないのかと神威はぷんぷんと怒る。
「お前もそう思うだろう?阿伏兎」 「へいへいそうですね」 「…まさかお前が匿ったりしてないよネ」 「まさか」
ポーカフェイスでそう答えた阿伏兎だが、内心ヒヤヒヤはしていた。匿ってはいない。匿ってはいないが、名前が今どこにいるかは知っている。阿伏兎を訪ねてきた高杉に「名前は鬼兵隊の者だ。返してもらう」と言われたのだ。そして阿伏兎の言葉に耳を貸さずに出港してしまった。つい先程のことを思い出してため息を吐き出す。一方、神威は新しい世話係を雇おうかと熟考していた。名前以前には雇っていなかったのだが、いざ身の回りの世話をしてくれる者がいると便利だった。
「阿伏兎、地球産の女で俺が気に入りそうな女を見つけてきてくれよ」 「あ?」 「めでたく総督の座に収まったわけだし、秘書的な奴がいたほうが良いと思うんだ」 「そんなん男でもいいだろ」 「俺、短気だから男だったらすぐ殺しちゃうぞ」
神威は基本的に女子供を殺戮したりしない。しかし神威が気に入りそうな女を探すのは難しそうだ。そこで阿伏兎は思いついた。吉原へ行けばいいのではないかと。吉原の女はひと通りの教養もある。身請けという形にすれば波風立たないだろうし、神威が自ら選抜できる。もちろん、皆、地球産だ。顔はいい神威だから、上手くいくような気もした。阿伏兎はあごひげを撫でながら神威にこの提案をした。
「…ん、まあ視察ついでに見るのもいいかもネ」 「あれだけ女がいるんだ。名前っぽいやつもいるだろう」 「……」
名前のような女ならばまず身請け前に逃げ出すだろうと神威は思った。彼女を思い出し、自然を笑みが溢れる。どうしても、彼女が死んだとは思えないのだ。きっと、逃げ出したに違いない。だが、名前を逃してしまった神威にも非はある。
「よし、終わった。阿伏兎、これあとで各師団に配っといてネ」 「…へいへい」 「デスクワークは飽きたよ」 「鍛錬室でもぉ行ってきたらどうですかぁ?」 「なにそれ名前の真似?殺しちゃうぞ?」
神威は部屋の衣装入れから団長コートを取り出して腕を通した。
「どこかお出かけで?」 「吉原行くんだろ?」 「は?お前さん今から行く気か?」 「だって仕事終わったし」
確かに神威の仕事は片付けられていた。普段やらないだけで実際に取り組めば有能なのだ。普段からまじめにやってくれと心から願った阿伏兎だったが、神威に催促されて渋々席を立った。
■ ■ ■
名前は情報収集のために江戸の街を闊歩していた。幸い真選組に顔は割れていないので、指名手配等はされていない。好きなだけ顔を晒し、日の光を堪能する。少し小腹が減ったので、目の前にあった団子屋に入った。表の長椅子に真選組一番隊隊長が寝ていた気もするが、気にしない。草だんごとわらび餅を注文し、抹茶を啜った。下を向いてスマートフォンをいじり、来島にLINEを飛ばす。
「お姉さん、みたらし団子三十本と桜餅二十個、この生クリーム大福ってのも二十個もらおいか。阿伏兎はどうする?」 「甘いものばっかじゃおじさん胸焼けするからなァ…いちご大福とわらび餅、あんみつで」
どこかで聞いたことのあるような声と、どこかで聞いたことのあるような名前が名前の耳に飛び込んできた。顔をあげるべきか、このまま下を向き続けるべきか。いやいや落ち着け。名前がいるのは店の一番奥のテーブル席。怪しげな二人がいるのは、名前の席から一つ机を空けた席。つまりこの店から出るためにはあの二人の横を通らなければならないのだ。着物姿のウエイトレスが名前の分の団子と餅を持ってきた。そのタイミングで名前は顔をあげ、例の二人の方に視線を飛ばす。
「…うっそマジでか」
名前の目は、ばっちりと阿伏兎の目と合っていた。ガン見されている。瞬間的に目を逸らした名前は冷や汗が止まらなかった。幸いまだ神威は気がついていないらしい。このまま無難に退店してくれ、と祈る。静かに両肘を机の上に置き、顔の前で指を組んだ。阿伏兎のことだ、波風を立てるようなことはしないだろう。
「あ、来たみたいだネ」
神威たちの机の上に大量の甘味が置かれていく。あんなに重い物を運ばせられたウエイトレスに同情しつつも二人の会話に耳を澄ませた。
「んで、団長がお気に召した女はいましたか?」 「んー微妙かな」 「二軒目の女なんかは顔形似てたじゃねーか」 「むしろ名前より良い顔してたネ」 「違いねェ」
その会話に名前の串をもつ手に力が篭った。どうせ自分は十人並みですよ。来島のように高身長でスタイルがいいわけでもない。まあ、小さいせいで高杉には気に入られているようだが。
「そろそろ戻らないと時間だぜ団長。支払いは俺がしとく」 「あ、そう。じゃあよろしくネ」
数分で机の上を綺麗にした神威はそうそうに席を立ち、店の外へと出て行った。阿伏兎の視線がチクチクと痛い。だが、彼は何も言わずに伝票を持ってレジの方へ歩いて行った。安堵感から胃が甘味を求める。くず餅を平らげ、自分もそろそろ出るかと伝票を持ってレジに向かった。
「お会計一万五千三百五十円です」 「はあ?!」 「えっ…?あの、お連れの方が…」 「連れ?!」
彼女が差し出したレシートには頼んだ記憶がない生クリーム大福やいちご大福、みたらし団子があった。つまり、神威と阿伏兎の分だ。阿伏兎は、これで手を打ってくれるというのだろう。トホホ、と肩を落としながら名前はがま口を開いた。中に入っているのは一万五千円と小銭。ほぼ有り金をキャッシュトレイに置き、名前は店を出た。神威の嫌いな直射日光に目を細め、そっと路地裏に逃げ込んだ。 |