いつか舌先で弄んだ凱歌に巣くわれる

名前は銀時にとって都合のいい女だった。少しばかり懐が温かく、誰かと、しいて言えば女と飲みたいときに連絡を取ろうと思うのは名前。他に女友達が居ないというわけではないが、決まって誘うのは名前だった。一般企業に勤める平凡な女。毎日電車に揺られ、オフィスでコーヒーを啜りながらパソコンとにらみ合う。基本的な行動パターンが決まっている彼女とふらふらと何をしているのか分からない銀時。その違和感が丁度良かった。携帯なんて持っていない銀時は名前の携帯に留守電を入れる。昨日終わった屋根の修理代金のお陰で余裕ができたのだ。昼過ぎに起き、パチンコに行くかこのままダラダラと時間を潰すか迷った挙句、小腹がすいていることに気が付いた。新八はお通関連の集まりらしく万事屋にはいない。神楽も出かけているようだ。お登勢の元で昼食をとろうと着替え、階段を下りる。開いていない扉を開けるとお登勢は起きていたようで「何の用だい?」と声を掛けてきた。

「昼飯食わせてくれ」
「今は営業外だよ」
「どうせ今から食べんだろ?俺のもついでに作ってくれ」

ふぁぁぁあと銀時の気の抜けた欠伸がスナックお登勢に木霊した。いい年をした大人がだらしない。だから女の一人もできないんだとお登勢は毒付く。息子のように思っている銀時だが、自分ではこんな男に嫁ぎたいとは思えない。白米を掻きこむ銀時の頬に米粒がついているのを見つけて溜息を吐いた。

「昼食代金に掃除しな」
「はいよ」

やる気のなさそうな声がスナックに響いた。その言葉の通り、銀時はスナックお登勢の中を軽く掃除してから万事屋に戻っていく。妻を持てば少しは真面目になるだろうか。けだるそうな背中に見合いでも持っていこうと思ったお登勢だった。


■ ■ ■


銀時からのふざけた留守電を聞いた名前は休憩時間をとってかけなおした。今夜七時に家康像前で待ち合わせ。明日が休日でよかった。心置きなく呑める。名前は化粧室で軽く化粧を直して家康像の近くで待つ。待ち合わせスポットのそこは待ち人を待つ人と居酒屋の客引きで溢れていた。友達との待ち合わせには使いたくない。けれどもそこを指定したのは待ち合わせた人が特別だからだ。銀髪の彼はこの人込みの中でもよく目立つ。名前の姿を見つけた銀時は右手を上げて、ヘラリと笑った。

「どこいく?」
「ババアのとこでいいか」
「私はどこでも」

コンタクトの入った名前の目を覗き込み確認するような仕草をした銀時はその目に不服の色がないことを確かめた。それじゃあ、いくか。と声を掛けて喧騒の中をあるく。ネオンのイルミネーションはお世辞にも綺麗とはいえないが、この野暮加減は好きだった。万事屋の一階にあるスナックの暖簾をくぐった。カウンター席ではなく奥の机を開けてもらう。

「ビールと枝豆」
「俺もビール…おいたま」

たまを呼び注文を済ますとすぐに冷えたビールと枝豆、揚げ物がでてきた。グラスを勢いよくぶつけて澄んだ音を出す。一息で半分ほど飲み干した名前が熱い息を吐いた。すかさず注ぐ銀時。

「お前明日会社は?」
「ないよ。休日出勤なんかしない」
「そうか」

銀時の顔には下心がにじみ出ていた。目が愉悦で笑っている。ヒールで銀時の足を踏みつけたが彼が履いているのはブーツ。痛くもかゆくもないようだ。まあまあ飲めよ、と言う銀時のグラスに負けじとばかりにビールを注ぐ。あっという間に二瓶は空になった。

「なぁ、泊まっていくだろ?」
「神楽ちゃんいるんじゃないの?」
「新八の家に追い払った」
「サイテー」
「なあ」

いいだろ?と重ねて聞いてくる銀時をぞんざいに躱した。銀時がカウンターを避けたのはこのためだ。ここにお登勢がいたら確実に邪魔されていた。名前と銀時は付き合っていない。都合のいい関係だ。アルコールの力を借りて火照りつつある身体ととろんとしてくる目、ぼんやりする脳内が目の前の男を観察していく。掴めない男。裏の世界に生きる彼に惹かれたのは、自分が表で生きているからだろう。数週間連絡が取れないこともあった。心配はしない。坂田銀時はそういう男だから。たまに綺麗な女の人と歩く銀時を見るし、頬に殴られた跡をつけた彼が会いにくることもある。

「ここ、坂田さん持ちね」

嫌らしく細まった目を向けて、銀時はたまに「ツケとけ」と言った。席を立つ名前の腰に手を回し、振りほどかれる。その姿を見送ったお登勢は煙草の煙を空中に勢いよく吐き出した。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -