花を添えたら左様なら

スチールの針がカチッ、カチッと小さな音を立ててA4サイズの紙を五枚一纏めに閉じていく。規則正しいその音を聞きながら神威は名前が事務作業を進めていく光景を目に焼き付けていた。シックなワイシャツだが、ところどころ小さく皺が寄っていて、その手の中の金属の塊は自分の任務を文句ひとつ言わずに実行していく。

「楽しいかい?」
「ええ」
「…怒ってる?」
「ええ」

休日の夜中に叩き起こされ、厄介な仕事を押し付けられれば誰だって不機嫌になる。仮眠中だった名前は着信画面に出た名前に通話終了ボタンを容赦なく押した。その数分後に事務所のドアを叩く神威が現れたのだ。机の上に置いていた眼鏡を仕方なくかけ、招かれざる客を向かい入れる。肩に男を背負った神威は名前の横を通って事務室の隣にあるバスルームに入っていった。

「服脱がす?」
「…ええ」

大人二人がちょうどよく入れそうな大きさのバスタブに死体を放り込んだ神威は彼の洋服を勢いよく剥いだ。バスタブから飛び出た腕を足で軽く蹴って押し込む。名前は工場のブレーカーを入れ、ステンレス製のアルカリ性加水分解装置のスイッチを入れた。バスルームから水を流す音がする。水と水酸化カリウムの混合液を調合し、その装置の中にセットした名前は欠伸を噛み締めた。

「神威さん。持ってきてください」

神威は慣れた手つきで素っ裸になった死体を装置の中に放りこんだ。名前は温度を百八十度、タイマーを三時間にセットした。神威はコートのポケットからコーヒーの缶を差し出す。事務所に戻った名前は中途半端に醒めた頭でデスクワークに取り組む羽目になった。ホチキスを片手に書類をまとめるだけなら回らない頭でも完璧にできる。楽しいものか。

「最近、頻度高くありませんか?」
「名前に会いたくてネ」
「いい迷惑です。私にもリスクがあることを忘れないでください」

掃除人。組織の邪魔になる人間を排除するのが神威の役目だ。だが、殺す必要はない。適度に脅すなりして、利害関係を結べれば上々。万が一の場合に備えて名前が居るのだ。掃除人。死体の後片付けが彼女の仕事だ。平賀源外お手製の機械に死体を送り込めば、骨以外は綺麗に溶ける。脆くなった骨も圧力機を使えば一瞬で粉末化する。

「あまり殺し過ぎると支障が出ますよ」
「肝に銘じておくヨ…あ、そうだ。さっきの男、誰だか知っている?」
「さあ」
「フリーの殺し屋なんだ。あいつには春雨の仲間も何人かやられてたんだけどネ、ちょっと面白い情報が入って」

神威の青い目がきらきらと輝いた。その様子に名前はホチキスを握る手を止めて彼からもらったコーヒーのプルトップに手を掛けた。ぷしゅっと小さな音がする。コーヒーの芳醇な香りが二人の鼻腔を刺激した。

「彼への依頼の中に名前の名前があったんだ」
「…誰から?」
「それを吐かせようとして拷問してたら死んじゃったんだけど」

眼鏡を人差し指で押し上げた名前はコーヒーを一口啜った。この世界に居る以上どんな恨みを買ってもおかしくない。けれども、なるべく波風立たせずにやってきたのに。低糖。神威は考え込むような仕草をする名前と机を挟むような位置にキャスターチェアを転がす。椅子を反転させて、腕を背もたれの上に乗せる。

「俺を雇う気はない?ボディガードとして」
「あなたは春雨の一員でしょう?雇うならフリーのエージェントを雇います」
「それは信用できるの?」
「…たぶんね」

唇を尖らせた神威は名前の手からコーヒーの缶を取り上げて自分も一口飲んだ。苦い。名前を殺そうとしたのは誰だろう。黒縁眼鏡を外し、首を回す名前の頬に手を伸ばした。振り払われる。

「気を付けてネ」
「ご忠告どうもありがとう」

椅子から立ち上がった神威はコートを手に取り事務所を後にした。一人取り残された名前はタイマーのアラームが鳴るまでに面倒な仕事を終わらせてしまおうとパソコンの電源をつける。ウィンドウズが起動するまで少々の時間がかかった。起動音がして、ログイン画面が現れる。名前がパスワードを打ち込んだ時、事務所の扉があいた。外に出る側ではなく、工場側から。顔を開けた名前。乾いた銃声と椅子が倒れる音が事務所に響き渡った。



シャワーがバスタブの中に勢いよく放たれる。栓がされていないバスタブはいつまでたってもお湯がたまらない。翌朝、神威は阿伏兎と共に名前の工場を訪れていた。ビジネスだ。名前が電話に出ないのはいつもの事だ。だが、事務所に顔を出しても名前はいなかった。これは珍しい。

「バスルームみたいだネ」
「シャワーでも浴びてんだろ」
「ちょっと呼んで来るヨ。阿伏兎は待っててネ」

淑女の入浴を覗くのは気が引けた阿伏兎は上司の言葉に頷いた。カーテンで仕切られたバスルームに足を運んだ神威の顔から笑みが消えた。血なまぐさい。勢いよくカーテンを滑らせるとそこには名前が倒れていた。胸に穴が開いている。脈が無いのは一目瞭然だった。見開かれた瞼に指を当て、そっと閉じた。
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