鍵を握り締めた泥棒

美術館で催された華やかなダンスパーティの場で名前は高杉にエスコートされながら周囲の様子を窺っていた。漆黒のドレスを身にまとい背中と胸元を大きく開けた彼女の身体検査はされていない。こんな緩い警備で油断しすぎじゃないかと高杉は鼻で笑った。真っ黒に塗られた彼女の爪が小さく動いた。ワイングラスを高杉に預けた名前は小さくウインクをした。ポーチを持った彼女の姿が会場から消えたのを見届けてから高杉は煙草に火をつけた。

「すみませんお客様。場内は禁煙でして…」
「あァ悪いな…」

ボーイの差し出す携帯灰皿に火をつけたばかりの煙草を押し付けた。煙草を吸えない苛立ちを装ってコツコツコツ、と靴を鳴らす。高杉の靴底には無線発信機が仕込まれていた。ボーイの胸に三つの星がついているのをみて高杉は静かに笑った。その様子を見たボーイは親切心から高杉を喫煙場所に案内することにした。ボーイについて会場を出た高杉は周りに人の目がないことを確認して彼の首にボールペンの形をした麻酔針を突き立てた。数秒で崩れ落ちたボーイを人気のない部屋に引きずり込む。彼のポケットから鍵の束を引き出した高杉はカフスリングに向かって話しかけた。

「名前俺だ。二分で警備室につく」

ボーイを引きずり込んだ部屋の鍵は事前に名前が開けていた。ここの美術館の一般の部屋はラッチボトルでロックする仕組みのスプリングロックだ。名前の手に掛かれば三秒で開く。ネクタイを緩めて警備室に走った高杉は鍵を差しこみ僅かに開けた隙間からイソフルランを噴出させる。警備室の横の消火器の傍に隠されたガスマスクをつけた高杉はゆっくり三十秒数えてから部屋に入った。もう一度靴をコツコツと鳴らす。ががっと音がして倒れた警備員の無線機から名前の声がした。

「晋助、聞こえる?」
「あァ。今開ける。」

警備室のパネルを弄って監視カメラを注視する。名前の前の扉のロックが解除されたのを見て、時計を確認した。行動を起こしてから三分弱。監視カメラで彼女を追う。

「遮断方式の赤外線センサーだ。三秒で解除」
「おっけー」
「曲がり角右から警備員二人」

警備室を占拠してしまえば仕事は早い。赤外線センサーを解除したのを確認した名前は廊下を一気に走り抜けた。勢いをつけた名前は角を飛び出しざまに太ももに隠していたシグザウエルP226を抜き、発砲した。防弾ジョッキを着ているとはいえ心臓真上に至近距離から発砲されれば意識は跳ぶ。完全に飛んだことを確認した名前はヒールで二人を端に転がして廊下を再びかけた。目的地まであと少し。もう一回角を右に曲がると目的の部屋があった。警備員は二人。

「なっなんだお前は!」

直ぐに銃を抜いた警備員に対して高杉は水噴出消火設備を作動させた。動揺した隙を塗って名前のシグザウエルが火を噴く。呆気なく鎮圧された二人を跨ぎ、部屋のロックを解除するため手袋をつけて暗証番号を入力した。

「…気をつけろよ」

警備室のカメラでは今回の仕事の目標であるオーナのいる室内の様子は見えなかった。彼女が部屋に入ったのを見届けた高杉は撤収する準備に取り掛かる。録画された監視カメラの映像を手早く消していき、今日の招待リストに載った偽名も削除。警備システムをダウンさせた高杉は部屋を出て、会場に戻った。

「晋助」
「…終わったか」

名前の手が腕のなかにさしこまれる。彼女の身体からはきつい香水の匂いがした。硝煙の匂いを消すためだとはいえあまり好きではない。パーティに招待された政治家のスピーチが始まると共に二人は会場を抜けた。

「すみません連れの調子が良くなくて」

口元を抑えて、いかにも気分が悪そうに演技する名前の背を撫でる。駐車場に停めた車に乗り込み、念のため駐車場に設置された監視カメラを見るが作動している様子はない。助手席に乗った名前は高杉が車をだし、街にでるなり鬘を取った。胸元でカールしていた栗毛は後部座席に投げ捨てられ、漆黒の髪が鎖骨で揺れる。

「中にもう一人いたわ」
「そいつはどうした?」
「殺した」

ククッと喉で笑った高杉は太ももから拳銃を外す名前を横目で見た。バンドの跡が彼女の太ももに赤い線を描いている。ヒールも脱ぎ捨てた名前はそこでようやくシートベルトに手を掛けた。その手を止めたのは高杉だった。ロマンチックな美術館を出て最初の赤信号。ネオンの輝く街の影で口づけを交わした。
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