泥沼に浸りながら歩いているように重く感じる体を引きずって、名前はようやく本陣に帰ってきた。乱戦中に味方とはぐれてしまった彼女は己の未熟さを悔やむと共に、仲間の身を案じた。ゲリラ戦を中心にしているとはいえ、陣はしっかり構えてある。だからそこを目指せば合流できる。そう信じて四日間も歩き続けたのだ。ロクな睡眠もとっていないところで数時間前、天人の偵察隊に鉢合わせ。鉢合わせというかやけになった彼女が偵察隊に単騎で突っ込んで行ったのだ。新たな負傷を負いはしたものの、何故か生き残った。悪運が強いのかなあ?なんて呑気に考えながら死んだ天人の身ぐるみを剥ぎ、久々の食糧と水分、着替えを手に入れた。活力を得た所で歩きだし、ようやく寺へとたどり着く。ふらふらと寺に近づく名前に警戒の目を向けていた侍たちだが、その集団の中から一人、飛び出し、彼女の名前を叫んだ。
「名前…!!」
「…銀時」
「お前っ…コノヤロー!!」
感動の抱擁としけこみたいところだったが生憎名前にそんな体力はなかったため、銀時が飛びついてきた反動で膝が砕けた。倒れこむ名前を咄嗟に支えた銀時はその返り血塗れな姿に息を詰めた。屋根から見えていた姿は全身赤い人型の化け物のようだったのだ。彼女の顔を乱暴に擦ると乾いた血が取れ、血色の悪い肌が覗く。銀時が支えながら寺に連れ込むと桂が間髪入れずに桶に入れた水をぶっかけた。彼女に掛かった水がみるみる薄紅に染まるのをみた高杉が顔を顰め、とばっちりで水を掛けられた銀時が桂にキレた。とにかくお風呂に入りたい。着替えたい。崩れた体を起き上がらせようと力を込めた時、着流し姿の高杉が手を差し伸べた。
「しかし…お前さんよく生きてたな」
「え、ああ…」
「みんな死んだと思ってたぜ。坂本なんかお前を偲んで酒でものもう、とかさっきまで騒いでた」
「お酒あるの?あたしも欲しい」
「……まずその酷い有様をどうにかしろ。血生臭い」
その言い様にムッとしながらも確かに一理あると井戸に向かった。名前が通ると皆道を開ける。その目に畏怖の念が込められているのを見て、白夜叉と恐れられる銀時の気持ちが少しわかったような気がした。裸足になり、足から順番に洗い流していく。血で固まった髪の毛に辟易したところで桂が着替えと布を持ってきた。
「聞くのが遅れたが、怪我は大丈夫か?」
「止血できてるし大した怪我じゃないから大丈夫。着替え、ありがとう」
「後ろを向いてるから、早く着替えてしまえ」
布で濡れた身体を拭き、木陰でささっと着替えを済ます。桂に終わったことを告げるととりあえず休むように言われた。普段は大部屋で雑魚寝だが、今日は一部屋用意してくれたらしい。生憎ここにも布団はないが野宿よりずっと良い。固い畳の上で寝るのももう慣れている。桂の案内で部屋に通され、そこにあった光景にちょっと笑ってしまった。
「ねえ」
「…さっさと休め」
部屋の真ん中にはみんなの着物。銀時がこないだ仕入れてきた群青の着流しや、高杉がよく着ているド派手な着物。戦装束もあれば、桂の髪紐まであった。誰のだかわからない袴や手ぬぐい。名前は即席で作られた布団に勢いよくダイブした。柔らかい。身体を丸めるようにして目を閉じるとあっという間に睡魔に呑みこまれてしまった。
名前が眠ったことを確認した桂は気を揉んでいるだろう銀時や高杉の元に向かった。縁側でぎゃーぎゃー喧嘩する二人に若干の呆れを感じながらも、彼女に大した怪我は無いことを二人に伝えた。大人しくなった二人とニコニコと笑う坂本。先日の戦で一旦引いたのち、彼女の姿が見えないと騒ぎだしたのは誰だったか。探しに行くといってきかない銀時を高杉が殴って大喧嘩になっていた。その高杉も夜中の見張りを自分から引き受けてひたすら帰りを待っていた。「健気な奴らじゃのう」坂本のその一言に全てが凝縮されている。
「そういえば、おんしら名前に『お帰りなさい』は言ったのか?」
「「「あ」」」
「起きたら言えばよか」
そう言った坂本は庭を指差した。その先にあるものをみて三人は複雑な顔をする。戦場で見つけた名前の脇差を彼女の墓扱いしていたのだ。銀時が持ち帰ってきた脇差を高杉が庭先に突き立て、それをどう解釈したのか桂がその前に菓子を供え始めたのだ。三日以上も返ってこなかったのだからある程度の覚悟はしていた。それが変に具現化されたのだろう。高杉が無造作に脇差を引き抜き、銀時が備えてあった飴を回収する。「その飴は名前のだ。食うなよ」と桂に釘を打たれ、渋々懐にねじ込んだ。
「おい高杉、どこに行く」
「名前ん所に刀返しに行くだけだ」
脇差を片手で弄びながら高杉はそう言って姿を消した。
「じゃあ俺も名前ん所に飴届けにいくわ」
銀時も縁側から立ち上がり、部屋の奥へ引っ込んでいった。残された桂と坂本は顔を見合わせる。数時間後、目覚めた名前は両隣に銀時と高杉、部屋の壁に寄りかかるようにして桂と坂本が寝ているのを発見し、笑った。