すくわれた好意へ

天を裂くようにという表現のごとく夕暮れの空に光が走ったかと思うと、間髪入れずに腹の底に響く爆音が地を揺らした。夏油は耳を聾さんばかりのその雷鳴に額を抑えた。
雷が光った後、何秒後に音が聞こえるかでその距離が測れると小学校で学んだ記憶がある。今回の場合、計算をするまでもなく雷が落ちたのは高専敷地内であると確信しているし、その雷が落ちた原因も凡そ把握していた。

今まさに自動販売機で飲み物を買おうと百円玉を投入していた夏油は、電源が落ち、沈黙した自動販売機の前に立ち竦む羽目になった。暫く待っても自動販売機に明かりがつくことはなく、復旧には時間が掛かりそうだと判断した。

ならばと夏油は高専入口にあたる石段へと足を向けた。先程の落雷の原因人物はこの時間、石段で体力作りのトレーニングを行っていることを知っているからである。
石段の最上階に名前の姿を見つけた夏油はその隣に五条がいるのを確認し、やはりかとため息をついた。
「悟、あんまり私の彼女を虐めないでくれ」
静電気を纏っているせいか髪の毛が広がっている名前は、さながら毛を逆立てて怒る猫だ。その髪の毛を撫でるように落ち着かせてやると、目の前の五条が白目を剥き吐くような仕草をした。
「イチャイチャすんなよ」
「嫉妬かい?男の嫉妬は見苦しいよ」
「純粋に見苦しいってだけ……おい名前調子に乗るなよ」
夏油の背後に隠れた名前は右目の下瞼を指でさげ、舌を出す。虎の威を借りる狐とはまさにこの事だった。
「傑の趣味どうなってんだ。こんな雑魚のデブス、どこがいいんだよ」
夏油と名前が付き合ってから何十回と聞いた言葉である。
「名前は雑魚でもデブでもブスでもないよ」
夏油のこの言葉も同じ回数だけ聞いた言葉である。このやりとりの回数だけ名前の中で五条への好感度が下がり、夏油への好感度が上がる。
名前はもう一回五条に向けて下瞼を下げた。
「もう絶対に五条の携帯、充電してあげないから」
「は?コンセントの分際で生意気だな。もう一回躾直してやろーか」
手の骨をバキバキと鳴らす五条に再び名前は夏油の陰に隠れた。そんな名前を夏油は仕方ないとばかりに腕の中に囲った。

名前の術式は放電である。一定距離内の対象物を電極とし、電流を流すものである。シンプルで使い勝手の良い術式であるが、無下限呪術や呪霊操術、反転術式を持つ同級生と比較するとどうにも魅力の劣るものであった。
「雑魚じゃん」
六眼を持つ五条がはじめましての挨拶をした名前に返した言葉である。悔しいことに、その言葉に間違いはなく五条と夏油は入学してすぐに1級呪術師に推薦されたにも関わず、名前は未だ3級だった。

そんな名前を五条はコンセント呼ばわりしている。家電のプラグ部分を名前に持たせることで使用ができるからである。
授業中も構わず携帯電話をいじる五条は、電池がなくなるたびに教室の後ろまで行って充電をしていたが、隣の席の名前から充電すればその手間が省けることに気がついてしまった。

充電器と同じように名前が近くにいれば、いつでもどこでも家電製品が使えるのは非常に便利だった。

「俺、無人島に一つだけ持っていくとしたら名前持っていくわ」
「奇遇だね、私もだよ」
ある日の任務帰りの車の中、充電の切れた携帯を持て余しながらボソリと呟いた五条に夏油も同意した。
「まあ私は悟と違う理由で彼女を選ぶけどね」
「違う理由?便利以外にあんの?」
「あるさ。名前は可愛いし。ちょっと馬鹿なところが一緒にいて癒されるし、努力家なのが好ましい」
正気かと五条は隣に座る夏油の横顔を凝視した。
「だから、」
夏油も視線を送る五条の方を向いた。後部座席は広いはずだが、体格の良い二人が座ると自然と距離は近くなる。
「あんまり名前にちょっかいを出すなよ」
「……俺はそんな目で見てねーっつーの」
サングラス越しの夏油の目は冗談なのか本気なのか分からなかった。ただ、夏油の口元は笑いを堪えるように歪んでいる。
もしやと思い、助手席で眠っているはずの名前を見ると、その耳は赤く染まっていた。態とらしく寝息を立てて寝たふりを続行しているが、今の会話を聞いていたのは間違いなさそうだ。
「確信犯かよ。タチ悪ぃ」
車酔いしそうだと五条は胸をさすった。そんな五条に夏油は何も言わなかった。

2人が付き合うことになったと報告してきたのは、その任務の2週間後だった。

「お前、傑のこと好きだったの?」
夏油が名前のことを気にかけていたのは2週間前に知った。だが、名前が夏油に恋愛感情を寄せている様子は見たことがなかった。少なくとも五条は気が付かなかった。
自動販売機でサイダーを買う名前に五条は尋ねた。
「少なくとも五条より夏油くんのほうが100倍は好きだけど?」
「は?」
「なんでキレんの。コワッ」
缶のステイオンタブを開けた名前は飲み口に唇を寄せてゴクゴクと喉を鳴らした。喉仏のない首は滑らかな曲線を描いており、五条は不意に変な感情に襲われた。
「悟、名前、硝子と車が待ってるよ」
「うん」
一息でサイダーを飲み切った名前はゴミ箱に空き缶を捨て、二人を呼びにきた夏油の元へと駆け寄った。先週までとは違う距離感に、この二人は特別な存在に成り合ったんだと五条は思い知った。 
「五条?」
いつまで経っても動こうとしない五条を名前は呼んだ。
「水買ったら行くから先行っとけ」
「あ、そう」
夏油と名前が歩き出すのを見送ってから、五条はペットボトルのミネラルウォーターを買った。別に喉は渇いていない。ただ喉から胸にかけて拡がる不快感を、水と一緒に腹の奥まで押し流したかった。
「悟からなにか言われた?」
「からかわれただけ」
「そう」
夏油は隣を歩く名前の手にそっと指を絡めた。彼女の足の長さに合わせてゆっくりと歩く。遠慮がちに握り返してきた名前の手の体温を感じながら夏油は追いかけてくる五条を振り返った。
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