とっくのとうに死んでいた

土煙の匂いと死体から出る血の匂い。もはや正常に機能しなくなった鼻を本能的に抑え、口から入る腐臭に胸を押さえて蹲った。こんなところ早く去りたい。久しぶりに村を見つけて、そこで一晩泊めてもらえることになったのだ。冷たい川の水ではなく温かい風呂に入れる。早く探し物を見つけて帰りたいものだ。しかしこの無駄に広い焼け野原に積み重なる死体。探し物の刀は似たようなものが累々と転がっている。幕府や天人が残兵探索に来ないことを祈りながら名前は死体をひっくり返してまわった。見つからない。見つからない。見つけられない。似たような刀を手に取り、ああ、これは誰それのだったな、と持ち主を思い返して胸を重くした。敗戦だ。完膚無きまでに叩きのめされた。鬼兵隊も晒し首。名前が生き残ったのは只、女だったからだ。最後の戦で負傷を負い、寝かされていた彼女を、幕府は鬼兵隊隊員ではなく、戦に巻き込まれた哀れな女としか見なかった。なんという屈辱。連れて行かれる仲間の顔が網膜に焼き付いて離れない。思い通りに動かない身体が憎い。夜着一枚羽織った状態で高杉のいる桂の隊まで這い、転がりこんだ。医者に片目を診察される彼に縋りつく。

どうした、なにがあった。鬼兵隊が、鬼兵隊が。

霞む記憶の中で高杉の胸に縋ったのを覚えている。息を切らした私に差し出された水を飲み干して、後を追うという高杉の後を追った。丸腰の女が何をできよう。何もできなかった。戦に出る以上女を捨てた私に高杉を慰めるような真似も許されなかった。無くした刀を探して戦場めぐり。相手の刀を奪って奪って斬って斬って。いつの間にか大切な父の形見刀までどこかへ放ってしまったようだ。あれだけは取り戻したい。

「おい名前、探しもんはコレかァ?」
「高杉…」

死体の山に座る高杉が名前に向かって一本の刀を投げた。朱色の鞘はあっているが、これは違う。無言で首を振る名前に高杉はそうかい、と返答をした。最後の鬼兵隊隊員ぐらい、守らせてくれや、とこの刀探しに付き合ってくれている高杉だが、いい加減潮時だろう。

「もういい」
「…親父さんの形見だろ。そんな簡単に諦めていいのか?」
「ああ」
「そんなこと言っても、顔には諦めつかないって書いてあるぜ」

そっちからこっちは逆光で見えないはずなのに。黙ってまた天人の死体をひっくり返す名前を高杉は只眺めた。死屍累々。彼女を置いて村に戻る気はさらさらなかった。彼にはやることがあるから。もうすぐ日も暮れる。今日の探索もそろそろ切りあげさせるか。

名前は父親の形見で腹を切るつもりかもしれなかった。そうなったら介錯くらい務めてやろうという心づもりだ。彼女の意志を殺してまで着いてこさせるつもりはない。自由にさせてやろう。それが高杉にできる一番いいことのように思えた。全身から疲労を醸し出してとぼとぼとこちらに向かってくる名前に内心笑みを浮かべる。

「帰ろう、高杉」
「ああ」

歩くのが遅い名前に合わせてのんびり歩く。戦時中では考えられない歩速は違う景色を二人に見せた。高杉の影を踏んで歩く名前。その腰に佩いていた刀は最後まで見つからなかった。
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