神威は上司にあたる阿呆から叱責を受けてふて寝していた。元はと言えば、上がちゃんと名前を始末していればこんなことは起きなかったと元も子もないことを思いながら布団に潜り込む。その不始末を自分はした、と主張し、マナの死体を引き渡してきたのだ。機嫌の悪い神威に阿伏兎は贅沢な食事を持っていったが、それでも機嫌はなおらない。そんな神威がやっとまどろんだ時に枕元のスマートフォンが爆音を奏でだしたのだ。苛立ちを込めて通話ボタンを反射的に押した。もしかしたら、名前かもしれないから。
「誰」
「かわいい妹の声も忘れたアルか」
「俺に妹はいないヨ」
「こっちこそお前が兄貴なんて願い下げアル」
「喧嘩売りにきたわけ?俺今、イライラしてるから切るヨ」
「マナは?」
「うん?」
「マナについて知らないアルか?」
代われ代われとジェスチャーをしていた銀時は神楽の質問に表情を強ばらせた。神楽には、ただマナが行方不明になったとしか言っていない。神楽も自力で調べていたが、たいした情報は得られなかった。銀時は何か知っているようだが、教えてくれない。先ほどの桂と銀時の反応が嫌な予感を増長させるのだ。
「知ってるヨ。じゃあね」
「おい待つアル!名前は?!」
「またにしてくれないかい?俺疲れてんだヨ」
しびれを切らせた銀時が神楽の手ごとスマートフォンを耳に当てた。驚く神楽は目を開き、だが大人しく銀時に従った。
「おい、聞きたいことがあるんだが」
「…誰?」
「神楽の雇い主だよ。マナの保護者でもある」
「お兄さん必死だネ。そんなにあの子が心配?」
「ああ。知っていることがあるなら教えてほしい。無償で情報提供してくれるならありがたいが」
「それはいただけないなぁ。こっちは夜中に叩き起こされてるんだヨ?」
「こっちも緊急なんだよ」
神威は目をこすりながらはめっぱなしの腕時計を見た。時刻は零時三十分。良い迷惑だ。あくびをかみ殺しながら男の声を聞き流す。その声は切羽つまっており、なおかつ藁にもすがるようであった。普段なら揶揄ってやろうと思うのだが、幾分こちらの機嫌も悪いし眠い。
「あの子は死んだヨ。じゃあネ」
簡潔にそれだけ言って電話を切った。久しぶりの妹からの連絡は最低なものになったのは間違いない。笑みを浮かべた神威は今度こそ熟睡できるようにスマートフォンの電源をおとした。ぽいっと絨毯の敷かれた床になげ、枕を抱えるようにして布団に潜り込む。大きなあくびをした後、すぐに睡魔に飲まれた。
■ ■ ■
神威から電話を切られた銀時は沈黙したままだった。それを神楽が心配そうに覗き込む。桂が軽く咳払いをしたことではっとした銀時だが、片手で顔を覆ったきり、再び沈黙した。
「銀ちゃん…」
「悪ィ、ちょっと…外の空気吸ってくる」
桂は察したように目を閉じた。アンダーグラウンドの世界で行きのびるには、彼女は未熟すぎたのだろう。敵をなめていた。二十歳にも満たない少女が春雨に関わって巧くいくわけがないのだ。いや、もとから死ぬ覚悟だったのか。
「ヅラ…」
「すまない」
「なんでお前があやまるアルか…」
「なんとなくだ」
「…マナは銀ちゃんが大好きだったアル」
銀時はそれに気がついていたのだろうか。今となってはどうでもいいことを桂は考える。それぐらいしか、今できることはなかった。
「マナが銀ちゃんを置いてどっかいくわけないアル」
青い大きな目に涙を溜めた神楽は必死で泣くのを堪えていた。桂はそんな少女の頭を軽くなでる。堰を切ったように神楽が大声をあげて泣き出した。神楽の距離では神威の声は微かにしか聞こえない。それでも聞こえたような気がした。やるせなさが腹から胸へと堰上り、そして口から溢れ出す。ベランダで沈黙する銀時にもその泣き声は聞こえていた。彼の手におさまるスマートフォンには名前の名前がある。出ないと分かっていても発信ボタンを押していた。案の定、電源が入っていないか電波の届かないところにあると無機質な音声が流れる。
「すまねェ…約束守ってやれなかった…」
押し殺した声で銀時は名前に謝罪した。その名前ももういないだろう。桂に坂本のところへ行ってもらっている間に銀時は山崎と一緒に名前の足取りを追っていた。伊藤と名前が何を企んでいたのかは分からないが、あの日確かに二人は空港にいた。そして、そのチャーター機は行方知れずになっていた。あれは名前が坂本から手配した機体だ。勝手に消えるはずは無い。体が冷えきったところで銀時はようやくベランダから引っ込んだ。
「神楽、もう寝ろ」
「……」
「俺はヅラとちょっと話があるんだ」
冷たく銀時はそう言った。神楽は乾く事無く涙を流しながら銀時の布団が敷かれている和室に飛び込む。ぴしゃりと襖が閉じられた。それを見届けてから桂はソファーから腰を上げた。歩きながら話そうというのだ。銀時も上着を羽織り、戸締まりをしっかりしたことを確認してから友の背を追った。