13

有刺鉄線を乗り越えた名前は堂々と空港の敷地内を堂々とターミナルに向かって歩きだした。途中の倉庫の陰でスマートフォンを取り出し、電話をかける。空を見上げながらコール音を聞いた。相手は電話に出ない。名前は画面を睨み、周囲を見回した。神経を研ぎ澄まし、スカートの中に隠していたデザートイーグルを取り出した。名前の白いワイシャツに赤いレーザーポイントが浮かび上がった。スマートフォンが振動し、電話の着信を伝える。応答のパネルをタッチした。

「…地雷亜。出てきなさい」

夕日が影を長くする。トーイングトラクタが遠くの道路をゆっくり横切るのが見えた。倉庫の壁に背を預けた名前の目の前に地雷亜が現れる。名前は疲れたような表情で彼を迎えた。

「しぶとい男ね…本当にしぶとい男。私の計画、誰から聞いたの?」
「逆に問おう。誰だと思う?」

地雷亜の問いかけに名前の脳内で公安関係者の名前と顔が廻った。誰もが各当しそうで、誰もしっくりこない。漏れるとしたら公安以外ありえないのに。お手上げとばかりに首を振った。

「その人物がお前に会いたいそうだよ」
「へェ…私も会いたいわ」
「その前に、組織の金はどこに送った?」
「全額寄付したわよ。慈善団体に。いいことでしょ?」
「……」

まさか、と思うと同時にこの女ならやりかねないとも思った。皺のよったワイシャツに少し裾の解れた黒いスカート。羽織っているのは男物のコート。目の下の隈が濃く、彼女の顔を陰険なものに彩っていた。鞄の中から振動を感じる。訝し気に顔を歪めた名前に地雷亜は見るよう促した。プライベート用のスマートフォンではない。携帯だ。自分のなかで蟠っていた疑念が確かな真実と成って踊る。画面にでる名前に名前の胸は少し傷んだ。

「それが答えだよ。名前。俺に情報を流していたのは、そいつだ。」
「……」
「春雨に手をまわしたのも、そいつだ」

電話機が書かれたボタンを押し、携帯を耳に当てた。地雷亜を見る。彼の手に拳銃は握られていないが、油断はできなかった。電話口からはしばらくの沈黙が聞こえる。名前から口を開いた。

「もしもし…?」
「お姉ちゃん」

その声は間違いなく妹のものだった。名前はその声を数時間前にも聞いている。ビルから脱出したのち、銀時へと連絡をとった。だが、彼のスマートフォンで電話にでたのはマナだった。あのときと同じ声が耳から流れ込んでくる。妹が、地雷亜に情報を流していたということは、名前のやっていることを知っているということになる。動揺を無表情という仮面の中に押し止めた名前はマナが話す、その背後でノイズを聞き取った。

「マナ…」
「私をこんな目に遭わせたのは、お姉ちゃんよ」

暗い声でそう言うマナ。だが、名前の意識は妹の声ではなく地雷亜の背後からやってくるスチュワーデス姿の女性に向けられていた。背中の真ん中あたりまでのばした金髪がきらきらと夕日に反射している。勝ち気な瞳に自信が浮かぶその女に見覚えはない。地雷亜の配下だろうかと思い、銃を握る手に力を込めた。

「ねえ、お姉ちゃん、ずっと聞きたかったことが……」

スチュワーデスが流れるような動作で発砲したのと、受話器の向こうからくぐもった銃声がしたのは同時だった。2丁拳銃から薬莢が落ちる。膝から崩れ落ちたのは名前ではなく地雷亜だった。心臓と後頭部を一撃ずつ。恐ろしい精度と腕前に名前は舌を巻いた。いつの間にか胸に当てられていたレーザーポイントも消えている。

「もしもし…?」

名前は受話器に向かって話しかける。しばらく無言の相手に何が起こったのか理解できていない名前は必死で応答を求めた。
スチュワーデス姿の女は拳銃をしまい、名前の隣の壁に凭れ掛かった。敵ではないのだろう。彼女が指差した場所は先ほどまで名前を狙撃で狙っていた男がいた場所だった。始末した、と彼女は告げる。そして自分は伊藤鴨太郎の使いだと言った。

「もしもし……」
「こんばんは、名前」
「……神威」
「君がビルを爆破したせいで俺たちは上から大目玉さ。まあ、間接的原因は君の妹がちくったせいなんだけどネ」
「あの子は?今の銃声はなに」
「答える義理はないけど、俺からさようならの挨拶だ。どこにいようと君は俺が殺しにいくヨ」
「マナは?」
「そのうち会わせてあげるよ。それじゃ、またネ」

そういって神威は通話を切った。足下に転がる少女を踏みつけていた足をどける。マナの胸の真ん中には銃弾によって穴が開いていた。神威が片手で撃ったのはIMIデザートイーグルの.50AE口径だ。当てつけとばかりにハンドキャノンを持ち出した神威に阿伏兎は苦笑を漏らす。阿伏兎に向かってにこりと笑う神威は失血により顔を青くする名前の妹の顔をまじまじと見た。

「うん、大丈夫。似てるネ」
「なん、で…」

いつ神威が現れたのか、どうして神威に撃たれたのかすら理解できていない彼女は胸から溢れる血液を止めようと穴を押さえた。眼前から溢れる死の恐怖からか、単に失血からか、歯がかたかたと鳴りだす。恐怖と悔しさと疑念の目を向ける少女に神威は、死にかけのマナが見とれるほどきれいな笑顔を見せた。

「この世界を舐めるなヨ。君は甘過ぎたんだ。高見の見物なんてできる訳がないだろう?まあ、今撃ったのは完全に俺の都合だから、一応謝っておくヨ。名前を本当に死んだことにしないと都合が悪くなったんだ……今度こそ死体を持ち帰ってネ。あ、そうそう。この件にお姉ちゃんは関わってないから呪ったりしちゃダメだヨ」

神威の自分勝手な理屈で殺されるマナに阿伏兎は同情をあらわにしたが、首を突っ込んできた以上なんとも言えない。覚悟がなかった、なんて言い訳にはならないのだ。自分が姉の身代わりにされると知ったマナは悔し涙を流した。押さえていた堰が崩壊する。昔からそうだ。自分は姉の犠牲にされてきた。欲しいものはすべて名前の手のなかにあって。神威の持つ銃口にマナは最後の力を振り絞って額を押し付ける。ハンドキャノンで額を打ち抜けば顔の原型はとどまらない。神威は銃をしまい、倒れたマナの顔を眺めることにした。

「やっぱりその顔、すごく好きだヨ」

生が消え失せ死に至る瞬間まで、愛しい女の面影を持つ少女の顔を眺め続けた。

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